6 「写真撮って近藤に見てもらう?」 ※ビッチ土方の懺悔 そのまま放置して帰るつもりだったのに。 生々しい異臭に、人は案外気づくものだ。そんなのは俺たちみたいな無頼者だけかと思ってたけど。 ざわめきが近づいてくる。 「ったく派手にぶちまけやがって」 苛立ちを遠慮なく口に出しても、土方は反応しなかった。 「さっさと立って壁に手ェつけ。ケツこっちに向けろ」 汚れた土方に触るのは嫌だった。 土方はぽかんと俺を見上げ、素直に従った。 太股を伝う茶褐色の液体。 土方の尻の割れ目から、今もだらだらと垂れ 続けている。 ペットボトルの水をぶっかけた。 土方は息を飲んで肩を縮めたが、二本、三本とぶちまけた。 汚れた肢体から顕れる、白い肌。 それは、俺が抱き潰したときには決して汚れることはなかったのに、今は異臭を放つ汚物に成り下がった。 「俺の着物は貸さねーぞ。テメーの糞なんぞつけられちゃたまんねえわ」 言われて土方は、きょろきょろと辺りを見回す。 丸めて放り投げられた下着の、更にその先に、わりと整えた置き方でこの男の着流しが打ち捨ててあった。 ――こいつ、自分で脱いだのか 下着は剥ぎ取られたのだろうが、着物の状態から見て、自ら躯を見せて抱いてくれとせがんだのは明らかだった。 髪の毛を掴んで路地の奥に引き摺った。 抜け道があるのは知っている。 こんな男と関わり合いになったと、人に知られたくなかった。 土方が俺の手を掴み返したのがわかって、ぞっとした。 触るな。 テメーは俺に触るな。 「何人咥えた? あと何人咥えるつもりだったよ? あァ?」 「きょ……は、あの三にん、だけだ……」 「はァ!? 今日は? じゃあ昨日は何人だ。明日は何人しゃぶるつもりだったんだ?」 「きの、は……五にん……、あしたは、四にん、やくそく……」 「もういいわ」 予約までしてたのか。 この男のカラダを買う男が、明日まで順番待ちしてるってことか。 苛々の原因なんかわからない。知りたくもない。 とにかくこの汚らしい男をなんとかしたくて、手近なホテルに引き摺り込んだ。 突き飛ばすように風呂場に押し込んで、音を立てて扉を閉めた。 案の定、土方の汚物で俺の手も、着物も汚れていた。 「……ははっ、」 笑えてくる。 あの男を貶めたくて酷くしてきたのに、いざ堕ちると腹立たしいなんて。 俺のところまで引き摺り降ろそうとしたのに、俺は更に汚れている。 永遠に、あいつは俺と同じところには堕ちてこない。 汚れた服を脱ぎ捨てて風呂場に行く。 土方は裸のまま、湯も出さずに宙をぼんやり見つめていた。 「……ケツ出せ」 「?」 「きったねえケツ出せっつってんの。聞いてろよ」 「……ひッ、」 突然捻ったシャワーの冷たさに、土方の体はまた縮こまった。 構わず尻を割り、汚物を洗い流し、臭いを消すように石鹸を塗りたくった。 尻の穴をめくると、裂けた痕がいくつもあった。 「痛くされて癖にでもなった?」 「あ……、」 「情けねえ声上げて、いっちょまえにヨがってよぉ。知らねえオッサンの前で糞漏らした気分はどうよ?」 「……ぅ、」 「予定どおり、明日も酷くしてもらえよ。見ててやっから」 「!」 「ドMちゃんにはちょうどいいだろ? 大っ嫌いな男に見られながら、オッサンどもにいいようにされちまうなんざ、最高なんじゃねーの?」 「……」 「ヒィヒィ鳴いて見せろよ。せいぜいサービスすんだな、真選組がなんつーか知らねっけど」 「……」 「あ、明日も糞まみれになる? 写真撮って近藤に見てもらう?」 「したきゃ、しろよ」 壁に手を付いたまま、土方はやっと意味のある言葉を吐いた。 「テメーがそれで満足なら、写真でも何でも撮れよ。近藤さんだって総悟だって……山崎にも、見せたらいいだろ」 まただ。 落としても落としても、この男は。 何故。 「テメーがそれで喜ぶなら、もう……なんでもいいよ」 「……っ、は?」 「俺を嫌いなのはテメーのほうだろうが。俺を甚振って、それ見て喜んで、厭きたら棄てて、他の男に振られたんでまた思い出して……、その間こっちゃァ大人しく待ってたってのに」 「なん……、」 「靡いて見せなかったのがいけなかったのかもしれないとか、山崎みたいにしおらしくすりゃよかったのかもしれないとか、甚振り甲斐のある躯だったらとか、いろいろ考えて、」 「……!!」 「気がつきゃ知らねえ男に股開いてた。テメーならどうされてえだろうって考えながら、男のモン必死でしゃぶってた」 「……」 「キモチ悪ィだろ。悪かったな……どうしたってテメーの好みにゃなれねえよ、俺ァ」 「……」 「あとは、テメーの好きにさせるくらいしか、俺はッ、思いつかねえ……!!」 「オメー、俺が好きなの?」 とても馬鹿馬鹿しいお伽噺に聞こえた。 「……だからっ、悪かったッて、言ってんだろ!?」 こういう関係になってから初めて、土方が声を荒げた。 「もっと言ってやらァ。テメーがほっぽり出したあと、幕府のおエライさんにも抱かれたわ。妙な薬使いやがって、足腰立たなくなるまでヤりまくったわ。そんときに開発されちまって、ケツじゃねえとイけなくなって、こっちから頼んで抱かれに行ったわ。あいつ俺がハマッたの見てビビって、もうしねえとか泣き言いいやがってよォ。仕方ねえからあの界隈で、金払って頼み込んで抱いてもらったんだよ。糞漏らせ? 上等だ。てめえでケツ開いて中まで見せたんだ、中身くれえどうってことねえッ、誰に何見られたってッ、もう、知ったこっちゃねえッ……」 「……おまえ、気は確かか」 「知るかッ!! 狂ってたって、テメーにゃ関係ねえだろうがよォ!?」 かっ開いた瞳孔を久しぶりに見た、と思った。 でも、何に? こいつはこんな投げやりなキレ方をしない。 少なくとも、俺の知ってる土方は。 「オメー、いつから俺が好きだったの」 「……端っからその気がなきゃ、こんなこと、しねえ……」 「もしかして、俺が好きだから、セックスしてたの」 「テメーが、んなこと知る、必要はねえ……」 「山崎くんと俺がそーいうことしたのに、テメーは黙って見てたの」 「……だからッ、テメーに、関係ッ」 「好きな男が他の男と寝たもんで、腹いせにいろんな男に脚開いた、と」 「ッ、そうだッ、もう、いいだろ……」 ぷっつりと糸が切れたように、土方はその場に崩れ落ちた。 シャワーが黒髪を容赦なく叩く。 湯を無防備に浴びながら、土方は声を上げて泣いた。 この誇り高い男がこんなに泣くのを、俺は初めて見た。 章一覧へ TOPへ |