「写真撮って近藤に見てもらう?」
※ビッチ土方の懺悔







 そのまま放置して帰るつもりだったのに。



 生々しい異臭に、人は案外気づくものだ。そんなのは俺たちみたいな無頼者だけかと思ってたけど。
 ざわめきが近づいてくる。

「ったく派手にぶちまけやがって」

 苛立ちを遠慮なく口に出しても、土方は反応しなかった。

「さっさと立って壁に手ェつけ。ケツこっちに向けろ」

 汚れた土方に触るのは嫌だった。
 土方はぽかんと俺を見上げ、素直に従った。
 太股を伝う茶褐色の液体。
土方の尻の割れ目から、今もだらだらと垂れ 続けている。
 ペットボトルの水をぶっかけた。
 土方は息を飲んで肩を縮めたが、二本、三本とぶちまけた。

 汚れた肢体から顕れる、白い肌。
 それは、俺が抱き潰したときには決して汚れることはなかったのに、今は異臭を放つ汚物に成り下がった。

「俺の着物は貸さねーぞ。テメーの糞なんぞつけられちゃたまんねえわ」

 言われて土方は、きょろきょろと辺りを見回す。
 丸めて放り投げられた下着の、更にその先に、わりと整えた置き方でこの男の着流しが打ち捨ててあった。

――こいつ、自分で脱いだのか

 下着は剥ぎ取られたのだろうが、着物の状態から見て、自ら躯を見せて抱いてくれとせがんだのは明らかだった。

 髪の毛を掴んで路地の奥に引き摺った。
 抜け道があるのは知っている。
 こんな男と関わり合いになったと、人に知られたくなかった。

 土方が俺の手を掴み返したのがわかって、ぞっとした。
 触るな。
 テメーは俺に触るな。

「何人咥えた? あと何人咥えるつもりだったよ? あァ?」
「きょ……は、あの三にん、だけだ……」
「はァ!? 今日は? じゃあ昨日は何人だ。明日は何人しゃぶるつもりだったんだ?」
「きの、は……五にん……、あしたは、四にん、やくそく……」
「もういいわ」

 予約までしてたのか。
 この男のカラダを買う男が、明日まで順番待ちしてるってことか。

 苛々の原因なんかわからない。知りたくもない。
 とにかくこの汚らしい男をなんとかしたくて、手近なホテルに引き摺り込んだ。

 突き飛ばすように風呂場に押し込んで、音を立てて扉を閉めた。


 案の定、土方の汚物で俺の手も、着物も汚れていた。


「……ははっ、」


 笑えてくる。
 あの男を貶めたくて酷くしてきたのに、いざ堕ちると腹立たしいなんて。
 俺のところまで引き摺り降ろそうとしたのに、俺は更に汚れている。

 永遠に、あいつは俺と同じところには堕ちてこない。


 汚れた服を脱ぎ捨てて風呂場に行く。
 土方は裸のまま、湯も出さずに宙をぼんやり見つめていた。

「……ケツ出せ」
「?」
「きったねえケツ出せっつってんの。聞いてろよ」
「……ひッ、」

 突然捻ったシャワーの冷たさに、土方の体はまた縮こまった。
 構わず尻を割り、汚物を洗い流し、臭いを消すように石鹸を塗りたくった。
 尻の穴をめくると、裂けた痕がいくつもあった。

「痛くされて癖にでもなった?」
「あ……、」
「情けねえ声上げて、いっちょまえにヨがってよぉ。知らねえオッサンの前で糞漏らした気分はどうよ?」
「……ぅ、」
「予定どおり、明日も酷くしてもらえよ。見ててやっから」
「!」
「ドMちゃんにはちょうどいいだろ? 大っ嫌いな男に見られながら、オッサンどもにいいようにされちまうなんざ、最高なんじゃねーの?」
「……」
「ヒィヒィ鳴いて見せろよ。せいぜいサービスすんだな、真選組がなんつーか知らねっけど」
「……」
「あ、明日も糞まみれになる? 写真撮って近藤に見てもらう?」


「したきゃ、しろよ」


 壁に手を付いたまま、土方はやっと意味のある言葉を吐いた。

「テメーがそれで満足なら、写真でも何でも撮れよ。近藤さんだって総悟だって……山崎にも、見せたらいいだろ」

 まただ。

 落としても落としても、この男は。
 何故。

「テメーがそれで喜ぶなら、もう……なんでもいいよ」
「……っ、は?」
「俺を嫌いなのはテメーのほうだろうが。俺を甚振って、それ見て喜んで、厭きたら棄てて、他の男に振られたんでまた思い出して……、その間こっちゃァ大人しく待ってたってのに」
「なん……、」
「靡いて見せなかったのがいけなかったのかもしれないとか、山崎みたいにしおらしくすりゃよかったのかもしれないとか、甚振り甲斐のある躯だったらとか、いろいろ考えて、」
「……!!」
「気がつきゃ知らねえ男に股開いてた。テメーならどうされてえだろうって考えながら、男のモン必死でしゃぶってた」
「……」
「キモチ悪ィだろ。悪かったな……どうしたってテメーの好みにゃなれねえよ、俺ァ」
「……」
「あとは、テメーの好きにさせるくらいしか、俺はッ、思いつかねえ……!!」


「オメー、俺が好きなの?」


 とても馬鹿馬鹿しいお伽噺に聞こえた。


「……だからっ、悪かったッて、言ってんだろ!?」

 こういう関係になってから初めて、土方が声を荒げた。

「もっと言ってやらァ。テメーがほっぽり出したあと、幕府のおエライさんにも抱かれたわ。妙な薬使いやがって、足腰立たなくなるまでヤりまくったわ。そんときに開発されちまって、ケツじゃねえとイけなくなって、こっちから頼んで抱かれに行ったわ。あいつ俺がハマッたの見てビビって、もうしねえとか泣き言いいやがってよォ。仕方ねえからあの界隈で、金払って頼み込んで抱いてもらったんだよ。糞漏らせ? 上等だ。てめえでケツ開いて中まで見せたんだ、中身くれえどうってことねえッ、誰に何見られたってッ、もう、知ったこっちゃねえッ……」


「……おまえ、気は確かか」


「知るかッ!! 狂ってたって、テメーにゃ関係ねえだろうがよォ!?」

 かっ開いた瞳孔を久しぶりに見た、と思った。
 でも、何に?
 こいつはこんな投げやりなキレ方をしない。
 少なくとも、俺の知ってる土方は。

「オメー、いつから俺が好きだったの」
「……端っからその気がなきゃ、こんなこと、しねえ……」
「もしかして、俺が好きだから、セックスしてたの」
「テメーが、んなこと知る、必要はねえ……」
「山崎くんと俺がそーいうことしたのに、テメーは黙って見てたの」
「……だからッ、テメーに、関係ッ」
「好きな男が他の男と寝たもんで、腹いせにいろんな男に脚開いた、と」
「ッ、そうだッ、もう、いいだろ……」


 ぷっつりと糸が切れたように、土方はその場に崩れ落ちた。
 シャワーが黒髪を容赦なく叩く。
 湯を無防備に浴びながら、土方は声を上げて泣いた。


 この誇り高い男がこんなに泣くのを、俺は初めて見た。




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