ラブユー・ベイビー


 ベイビーがいる間は、金時を俺の部屋に住まわせることにした。


 それでも大した変わりはないだろうけれど、せめてウチと金時んちの往復時間だけでも切り詰めて、ゆっくり出来ればいいと思って。
 その分金時の職場から遠くなっちまったからプラマイゼロなのかもしれない。でも、金時にばかり甘えてちゃ俺は保護者とは言えない。
 金時に助けられるなら、俺もまた金時を助けたい。

「とっとー」
「いっぱいお話するようになったねぇ。金時だよ、き・ん・と・き。言えるかな?」
「と、とー」
「ふふ、上手だねえ」

 金時にばかり食事の用意を任せてたけど、交代制にした。そうすれば金時が仕事明けにそのまんま飯を作るなんてことにならないし、昼は頼むとして、夕食は金時の出勤前に手早くつまめる物を、ベイビーのおかずに合わせて作れる。こっちは交代制。金時は作っただけで出掛けることもあるし、ちょっと食べてベイビーに構ってから出て行くこともある。



「と、とーお」
「ん? 金時行っちゃったな。また明日、だな」
「あーあ?」
「そう、明日。ここにいたら、帰ってくるぞ」

 託児所はダメになった。
 戸籍も怪しい、保険証もない、名前もない子どもは預かってもらえなかった。俺も食い下がれなかった。
 通報されたらどうしよう。
 そんな恐怖が、ぐるぐる渦巻いて。


 坂田金時の姓は里親の姓だ。元は別の姓で、金時という名前は市長がつけたそうだ。
 『坂田金時』のままでいいのかと親御さんは悩んだらしいが、名前があまりにぴったりで、変えるのが躊躇われて、大きくなって嫌がったらそのとき考えようってことになったらしい。案外『坂田金時』が歴史上の人物だって知られてなくて、金髪だから金時なんて安直だなーと笑われることはあっても歴史方面で絡まれることは少なかったって金時は言ってた。

 ただひとつ金時が恐れたのは、目立つ髪色と珍しい名前のせいで、生みの親に見つかってしまうことだった。
 俺は知ってる。
 人当たりのいい金時が、本当は知らない人に極度に緊張することを。だからこそ人当たりよく接して、それとなく相手の正体を知ることに長けてしまったことを。
 同年代なら大丈夫なんだけど、と金時は困ったように笑ってた。

『もしかして連れ戻しに来るんじゃないかって、どっかで思ってんだろうな』

 こんなの気づいたの、十四郎が三人目だよって金時は笑った。
 なんとなく初めてじゃないのが悔しくて、一人目と二人目は?って聞いちまったんだが、『今の両親』て言われて恥ずかしくなった。当たり前だった。


 ベイビーを人に渡したくないという金時の気持ちは、遠い昔の自分にベイビーが重なるからだろう。
 それに、何と言っても可愛い。
 膝立ちの後はどんどん成長して、ちょっと前まではハイハイさえ目的地に辿り着けなくて大泣きしてたのに、この頃は目を離した隙に隣の部屋まで行っちまってて慌てさせられる。よく食べ、よく動き、喃語を喋り、よく笑う。
 もちろんめちゃめちゃ泣くし頑固なトコも出てきた。ああ、そういえば初めて来島と高杉に預けた日。爆泣きされて来島はけっこうヘコんでた。高杉はうんざりって顔してたけど俺が迎えに行くまでちゃんと居て、スマホで動画見せたり音楽聞かせようとしたり、地味に奮闘してて笑えた。その後四人でファミレス行って、気持ちばかりの礼としてケーキ奢った。別れるときには来島も立ち直って、次は大丈夫ッス!と元気よく請け合ってくれた。だから今も金時がへばる前に、たまに大学に連れてって、来島たちに遊んでもらってる。

 母ちゃんの言うとおりだったのかもしれない。
 俺はこの世にベイビーと二人っきりになったみたいな気になって、一人でテンパってた。金時だけじゃなく、他にも手伝ってくれるやつがいるって思ったら気が楽になって、そのせいかベイビーはあまり夜泣きしなくなった。
 金時に言わせれば、たくさん動くようになったから疲れてよく寝るんだそうだけど。高杉が面倒見たことが相当悔しかったらしい。

 このまんま俺んちの子になればいいのに。

 こんなに可愛いちびを置き去りにする母親なんて、いらない。
 俺たちが可愛がって、一生傍にいてやるから。

 ベイビーはあくびをした。
 ちっせえ口だなぁ。
 弾力ハンパないほっぺたと、なぜかいつもトンがってる唇。輪ゴムはめたみたいな手首。ちっさいのにちゃんと関節がついてる指。


「俺たちんとこ、ずっと居ろよ」


 叔母なんか見つからなきゃいいのに。
 見つかっても、こいつは俺と金時にしか懐かなくて、今さら他人の家で寝られなかったり食欲なくなったりして、やっぱり十四郎と金ちゃんじゃないとダメねって、ここに帰ってくればいい。


 そんなこと思っちゃいけないと戒めつつ、どっかでそんなことを願う自分を、俺は持て余す。


 ベイビーは俺の腕の中で微睡みはじめる。
 高めの体温が心地よい。

 俺たちの子になれよ。
 なあ? きっと幸せにするから。


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