2 土方、珈琲を飲む


 銀時は今、皿の上を睨んでいる。
 宿敵・かぼちゃの煮付けが小鉢に一つ残っている。というか最初から一つしかない。それが食べられない。嫌いだからだ。あの半端なボソボソ感が。

 ベビーシッターの土方は銀時など全く眼中にない様子で、黙って食後の珈琲を飲んでいた。
 銀時も負けじと黙ってかぼちゃを睨む。きっとこうしていれば、『もういいから』と下げてもらえることを子どもながらに知っている。しょうぶだ、かぼちゃめ。それと、ひじかた。

「睨んでたって、かぼちゃが勝手に口ん中入ってくるはずねえだろ」

 ちっともこっちをみないくせに、ひじかたはえらそうにいう。
 みてないんだから、つくえのしたに……

「捨てたらテメーのケツ引っ叩くぞ」

 なんでわかったんだコノヤロー。

 銀時は恐怖半分、尊敬半分でこっそり土方を見た。相変わらず珈琲を飲み続けていて、ついでにいつの間にか新聞も読んでいる。いつ持ってきたんだろう。それにずいぶん長いこと珈琲を飲み続けているが、料理長がおかわりを淹れに来たことは一度もない。

 かぼちゃを忘れて、銀時は土方のコーヒーカップをまじまじと眺めた。もう、ほとんどない。そうだよな、ずうっとのんでるもの、こいつ。

 と思ったら、カップの底から琥珀色の液体が湧き出てきた。
 溢れる! と銀時は慌てて抑えようとしたが土方はやはり全く見ていない。そして珈琲はちょうど良いところで、勝手に止まったのだ!

「あー、ありがとう。これで止めとくわ」

 土方は新聞を読みながら呟いた。カップがカタン、と音を立てた。
 銀時は目と、自分では気づかなかったが口も全開でテーブルを見つめた。それから、新聞の向こう側の土方を。

「なんだ。かぼちゃ増やして欲しいのか」

 ばさばさ、と新聞が畳まれ、眉を寄せた土方の顔が現れた。かぼちゃ。かぼちゃを、ふやす?
 銀時は慌てて首を横に振る。

「何が気に入らねえんだ。美味かったぞ。テメー好みに甘いし」
「……なんかボソボソする」
「そんだけか」
「甘いけど……、つーんってする」

 土方は眉を寄せたまま銀時を睨んだ。

「言っとくけど甘くしてあるのはな、料理長がお前の舌に合わせようと思って工夫してくれたからなんだぞ」
「……」
「俺のは甘さ控え目だった。ちゃんと人見て作ってくれてんだ」
「でも……」
「でも、じゃねえ。その気持ちに文句付けるんならテメーが自分で作れ」

 自分で作れたらかぼちゃなんか一生食べるもんかと思った。でも、大好きな料理長が銀時のためにあれこれ考えてくれたのは、嬉しかった。
 らすぼす・かぼちゃをたおすちゃんすをくれたんだ、りょうりちょうは。ありがとうっていわなきゃ。かぼちゃはキライだけど。

「一回だけだぞ」

 土方はまた新聞に目を落とした。そして最後の珈琲を綺麗に飲み干した。

「それは残すな」

 銀時の目の前には、かぼちゃムースが小鉢に半分。
 
「えっ……、これ」
「あと、おやつ減らすから。今日は」
「ええええ!?」
「食事中に騒ぐな」

 ひと匙掬って口に入れると、苦手なボソボソ感はなく、砂糖漬けの極端な甘さもない。
 おいしい、と銀時は思った。

「えっと、……さっきカップにありがとうって言ったよね?」

 嬉しくなって銀時は土方に尋ねる。土方は聞こえないふりだ。

「あの、これってさ、俺は皿に言えばいいの? 土方に言えばいいの?」

 みるみる土方の頬が赤くなるのを、再び銀時はぽかんと口を開けて眺めた。
 見られているとわかったのだろう。土方は舌打ちして、また新聞を顔の前に広げた。



 「……料理長だ、馬鹿」



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