1 土方、来る 坂田銀時はごく幼少に両親を亡くした。 引き取ってくれたのは寺田綾乃という老人で、銀時の遠い親戚だった。 だが彼女はスナックを経営しており、時には店にも出るし昼間は支店の視察にも行かねばならず、銀時と滅多に顔を合わせることがなかった。 銀時としてはそういうものだろうと納得していたのだが、綾乃は違った。 「人並みの幸せってやつを味わわせてやりたいんだよ、私は」 考えた末、ベビーシッターを雇うことにした。ただし面接は綾乃が厳格に行い、何人もの志望者が面接で落とされた。最後に応募してきた人物の履歴書を見て、綾乃は密かにこれもダメだと思ったが、会うだけ会ってみようと日時を指定した。 それが、土方十四郎だった。 日中は銀時がほとんど一人でいること、朝の支度、幼稚園の送り迎えのみならず、帰ってきてから寝かしつけるまでの銀時の生活すべてを面倒見てほしい。 それが、寺田家の主な要求だった。 大抵ここで話が頓挫する。住み込みでなければ務まらないからだ。 土方は口数の少ない男であるようだった。 「了解しました。お受けします」 極めて事務的にそういうと、今銀時様はどちらですか、と早速仕事に取り掛かる気でいる。綾乃は慌てた。 「幼稚園だよ。今日は迎えはこちらでする。何より銀時がアンタに懐くかどうか、最後にみせてもらうから」 「まあ、心配ないでしょう。それに、」 土方は営業用の笑顔を口元に浮かべた。 「私が断ったら、あとはない。違いますか」 それではと、半ば腹を立てながら綾乃は土方を伴って幼稚園に出向いた。他の子どもたちが親元に駆け出す中、銀時は教室からぼんやり外を眺めているだけだった。彼の迎えは、いつも人より遅い。 「銀時くん、今日はお迎えにきてくださったわよ」 先生の顔がなんだかひきつってるなぁと銀時はぼんやり思った。そこでその後ろに目をやると、ただでさえ宇宙戦艦みたいな顔をしている養母が目を吊り上げていたし、その隣には黒髪の、これまた目つきの悪い男が突っ立っているのだった。 「……だれ?」 というのが銀時の第一声だったのは致し方ない。 だが土方は怒るでもなく、これまた事務的に答えたのだ。 「今日から銀時様専属のベビーシッターを務める、土方十四郎です」 「おれ、ベビーじゃねえんだけど」 「あなたが如何にベビーであるか、これからじっくり教えて差し上げますからとっとと帰りの支度をなさってください」 いつもだるそうな銀時がてきぱきと身支度を整えて、姿勢も正しく土方の手にぶら下がったことに綾乃は目をカッ開くしかなかった。 その後も銀時は土方の言うことをよく聞いた。 普段聞き分けが悪いわけではない。ただ銀時は何をするにも面倒くさそうで、およそ子どもらしくない死んだ魚のような目で周りを見ていた。境遇のせいかどうかは誰にもわからない。 しかし土方がひと睨みすると、銀時はきちんと手を洗い、うがいした。それから土方が出してやった服に着替える。どうして服の在処がわかったんだろう。銀時は少し首を傾げたがすぐに忘れ、おやつを食べにダイニングへ走っ…… 「家ん中走るんじゃねえ」 走らずに歩いていった。そして行儀よくテーブルにつくと、スプーンを握る。 「持ち方違ってんぞ」 土方に直してもらって、大好きなプリンを口に運ぼうとするが、いつものように握れないので零してしまった。 これは叱られるだろう。銀時は首をすくめた。 だが土方は笑っただけだった。 「練習すんだな。初めはしかたねえ」 そして銀時の口元を綺麗に拭ってくれて、ベタベタの指を濡れタオルで一本ずつ拭いた。 「どっからタオル出したの」 持ってるように見えなかったのに。 すると土方は鼻で笑うのだ。 「赤ん坊に物食わすんだ。当たり前だろ」 悔しかったけれど、カッコイイと思った。目つきは相変わらず怖いけど、笑ったときは優しい色に変わるのも、気に入った。 もはや綾乃に、土方を不採用にする理由はなかった。 こうして土方十四郎は、坂田銀時の専属ベビーシッターに採用された。 目次TOPへ |