3 土方、喧嘩を許す 銀時は急いで帰りの支度をして、園庭に飛び出した。 目当ての長身を見つけて、顔が緩むのを止められない。 「ひじかた!」 銀時は、相変わらず先生たちを怯えさせているカッ開いた瞳孔の男に駆け寄った…… 「へんなの。ひじかた、だって」 「晋助」 「だって『ひじかた』だぜ? おれはちゃんと『ばんさい』っていうだろ」 「人それぞれでござるよ。そういうことは口を挟んではいけない」 「なんでだ」 「晋助は、拙者のことを『万斉』と呼んで可笑しいと言われたら、嫌でござろう?」 銀時は土方の手をぎゅっと握った。自分を悪く言われたことはたびたびある。銀髪なんて年寄りみたいだの、目が紅いのが気持ち悪いだの。 そんなのは無視してきた。少し胸は痛んだが、そういうものだと思うようにしてきた。そして、慣れた。 でも、土方を悪く言われることには慣れていない。いつもの胸の痛みがいつもより激しく、銀時をぎゅう、と押し潰す。 土方が握り返してくれた。珍しく。 見上げると、土方は笑っていた。 「腹立つか」 「うん」 「なら、自分はすんな」 「なんで?」 「テメーが今思ってるようなことを、相手もやらかすからだ」 「!」 どうしてわかったのだろう。 あのチビをぶん殴ってやろうと思った。そっちのくろめがねにあたまツンツンのヘッドフォンやろうより、ひじかたのほうがカッコイイ。ひじかたをわるくいうな。そう怒鳴ってやりたかった。 土方は呆れたように溜め息をついた。 「殴られたら、痛ェぞ」 「……うん」 「テメーの想像なんか吹っ飛ぶぞ」 「うん」 「仕方ねェ。だったら行ってこい」 土方をもう一度見上げると、ニヤリと笑ったように見えた。 銀時は『チビ』に飛びかかった。 『チビ』は驚いたようだったが、立ち向かった。喚きながら手を振り回してくる銀時に頭突きを喰らわして、自分も痛かったのか涙目になりながら、やっぱり盲滅っぽう手足を振り回してきた。 教諭たちが慌てて駆け寄った頃合を見計らって、土方と黒ツンツンは悠然とそれぞれの子どもを抱き上げた。 「申し訳ありません」 「いいえ、こちらこそ」 「怪我は……あるでしょうね」 「お互い様です」 そして二人の大人は教諭にも丁寧に謝って、帰路に着くのだった。 「な。痛ェだろ」 帰ると土方は、銀時を抱き上げたまま風呂に直行した。銀時の泥だらけの服を脱がし、腕まくりをして銀時に温めの湯を掛ける土方は、やっぱりカッコよかった。 「でも、ありがとうな」 土方が笑ってくれた。 いつもみたいな、ツンツンしたわらいかたじゃなくて。あったかいわらいかた。 銀時の我慢がふっつり切れた。ぶわっと涙が噴き出して、あっという間に喉がひくっひくっと言うことを聞かなくなり、 「ひじかたあぁぁ……!」 その首にかじりついて銀時は泣いた。 土方は自分が濡れるのも構わずに、黙って銀時の小さな体をしっかり抱いた。痛いのは体だけではなく、小さな胸の中だと、それを癒すのは銀時一人ではないのだと、教えるように。 翌朝、土方の手を握って銀時が登園すると、黒ツンツンと『チビ』が、園門の前で待っていた。 『チビ』の背中を黒眼鏡がそっと押す。土方もまた、銀時を見下ろした。 「なんて言やァいいか、わかってんな」 「……うん」 『ごめんなさい』 銀時に友達ができた。 銀髪と紅色の瞳を揶揄うと、銀時よりも怒ってくれる友達が。 高杉晋助、そしてその世話係の河上万斉。 土方と河上はあれっきり話をすることはなかったけれど、銀時はそのことに少しほっとしていた。 「やれやれ。まだしばらくは、いられそうだな」 土方が目を細めて小さな背中を見守っていることに、まだ銀時は気づかない。 前へ/次へ 目次TOPへ |