3. 仕事


 坂田は大学にいる間から、何でも屋のような仕事を引き受けていた。
 案外器用な質だったと知ったのは、同居してからだ。生徒だったときはそんな素振り見せたこともなかった。
 初めは講義のノートを売り捌いていたらしい。それが、レポート作成の手伝いや作成そのものに広がり、果ては引っ越しや、家電の簡単な配線、掃除、飯作りに至るに及んで、料金表を作り、商売にすることにした、と本人が言っていた。

「大学卒業しちゃったら仕事半減どころじゃねえかと思ってたんだけど、案外入ってくるわ、仕事」

 坂田自身がいちばん驚いていたようだった。
 卒業した後も、在学中の噂を聞いた後輩からレポートを頼まれることもあった。引っ越しやらアパートの水道管の簡単な修理、PCやアプリの設定、と細々した仕事が途切れず続いて、そのうち近所の主婦から粗大ゴミの搬出依頼、老人から買い出しの手伝いなど、少しずつ友人後輩以外の依頼者が増えている、というのが坂田の言だ。

「でも単価安いからよ。あんまり儲かりはしねえかな」
「上げりゃいいだろう」
「うーん」

 坂田はほんのり苦笑した。

「そうすっと、頼めなくなっちゃう客もいるだろ。もうしばらく、このまんまやるわ」

 なぜ就職しなかったのかと聞いてみたことがある。
 坂田はわずかに眉を顰めて考えるようだった。しばらく間があって、歯切れも悪く言ったのが、

『やりたいことがわからなかった』

 まったく。誰もがそうなのに。
 この仕事に一生を費やそうと、そんな一大決心をして職に就く者は少数派ではないだろうか。多くの学生が妥協して就職し、理想の職場ではないがまあこんなものだろうと自分を納得させて毎日出勤するのではないか。

『え、先生は? 教師になろうと思ってなったんじゃねえの?』
『いや、俺は一度企業に就職したから』
『だからさ。なんでわざわざ教師に転職したの』

 なんとなく、だよ坂田。
 大学の先輩が、体育を教えていた。尊敬する先輩で、よく飲みに連れ出された。互いの仕事の話になると、その人はいつも溌溂と、自分の仕事について熱く語るのが常だった。
 トシは案外教師に向いてると思う、なんて煽てられて、実際教職課程の単位は大学で取っていて、この人みたいに情熱を傾けられる人生が、ほかにあるんじゃないかとうっかり思い描いてしまって。
 たまたま同じ学校に赴任することが決まり、その頃にはすでに現実と理想の違いに打ちのめされていた俺は、先輩の変わらぬ情熱に憧憬こそ抱いたが、さりとて自分にそれが出来るとはもはや到底思えず、

『大した理由はねえよ』

 俺は坂田に誇れる答えを持っていなかった。せいぜい言葉を濁すのが精一杯だった。

 坂田の店は『万事屋』という。
 万事屋で人手が欲しいときは、坂田の高校時代の後輩が手伝いに入る。志村新八と神楽は、俺も教えたことがある。

「バイト代は?」
「神楽は飯ゴチのほうがいいっつーから。新八は、まあ、多少は」
「ちゃんと払ってやれ」
「そしたら俺の生活がさァ」
「……」

 そんなもの、俺に任せておけ。
 言いかけて、言葉を飲み込む。
 俺は、坂田の人生を抱え込める自信がない。坂田の未来に向けた選択肢を、俺は減らさずにいられるほど懐は広くない。
 昨日今日に同居し始めたわけではないのに。同居してもう数年経つというのに、俺はまだそんな覚悟すら決められない。

「じゃあ人手なんざ頼らないことだな」

 そんな冷たい言葉しか、俺は坂田に贈れない。中身のない俺は、坂田の力になることすらできない。俺の言葉はなんて空っぽで、無駄なんだろう。
 それでも坂田はふわりと笑顔を浮かべた。

「さすが先生。まさに正論だけどさ」

 グズグスと胸の奥が痛む。坂田の腕が回ってきて、俺は引き寄せられるままに坂田の肩に頭を寄せた。



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