10


 土方に気を揉ませているという自覚はある。
 情に厚い奴だから、毎日を薄らぼんやりと過ごしている俺を見て、苛立ちもするだろうし、心配にもなるだろう。
 自分が土方の悩みの種になっている自覚はあるのだが、それを解消する気にならない。
 自分自身どうすればいいのかまるで見えないのだ。
 昔、この街に初めて来たときも大概自暴自棄になっていたけれど、それでも墓場荒らしの真似事をして食い繋ごうとするだけの気力はあった。久しぶりの食糧を恵んでくれた婆さんを先々まで護ろうと思うくらいには、生きるつもりがあった。
 今も死ぬつもりはない。
 だが、どう生きればいいのかさっぱりわからない。
 俺は何をすればいいのか。
 図らずもかつて自分が『何もすることがないから何でもしよう』と始めた万事屋が、今の俺の最後の選択肢まで奪っている。つまり、『何でもする』ことさえできないのだ。
 その役目を担う奴が、すでにこの街にはいるから。
 今、俺が生きていると実感できるのは唯一、土方を困らせているときだけだ。
 土方が何を思って俺を気にかけてくれるのかはよくわからない。わからなくなった。
 好意的だとは思う。
 でも、俺が思うような好意ではなかったようだ。
 初めて抱いた日、俺は土方を内心『俺のもの』呼ばわりして有頂天になっていた。土方の唯一になれたと思い込んでいた。そう思えたのはわずかな時間だった。土方はまるで苦痛を堪えるような悲痛な顔で俺に抱かれた。土方自身は身体の関係を望んでいなかったかのように。それを見てしまっては、いつまでも有頂天ではいられなかった。
 実際土方は身体の関係など望んでいなかったのだろう。考えてみれば俺だって、深い仲になれるとは思っていなかった。ただあの日、土方が遠くなったような気がして、咄嗟に引き寄せるために無闇に手元へと引きずり倒したようなものだ。土方が特に苦情を言わないのを、喜んで受け入れてくれたと思い込んだだけだ。
 とはいえ、土方が心底俺を拒絶しているのなら、今ごろ俺は斬られているに違いないとも思うのだ。
 だから、どういう基準かわからないが、土方は俺にある種の好意は持っているはずだ。その点はおそらく間違いではない。それが知り合いとしての情か、友人としての親密さか。その辺が、わかっていたつもりがわからなくなった。
 俺が土方に対して抱いている感情も、本当のところ何なのか、自信が揺らいでいる。
 でも、俺がここで毎日を無為に過ごすことで土方に心配なんだか苛立ちなんだか知らないが、何らかの思いを抱かせると、その分土方の中に俺の存在が刻まれる。そのことに、妙な安心感を抱くことだけはわかる。

 ああ、そうか。

 かつて松陽と同時に高杉とヅラを失った俺がひとりの婆さんに生き甲斐を見出したように、今、俺は土方に生きるための導を見出そうとしているのか。
 しかも、あの時はババアを護ろうと一丁前に考えたというのに、今度は土方にぶら下がって土方の不快感でもって俺の存在を確認しようという、なんとも他力本願で横着なやり方で。
 土方は呆れているだろう。
 もうそれでいい。
 呆れ果てた甘ったれを囲い込んで、土方もさぞ困り果てているだろうが、それでも俺は土方の中に、『困ったやつとして』であっても、存在できているだろうから。
 そのわずかな存在意義をよすがに、俺はまだここに居られるのだ。

 この前、ものすごく唐突にセックスを提案された。

 その話を切り出した土方の顔が、今にも死にそうだった。思えば土方という男は、困難に打ち克つことに生き甲斐を感じるタイプだった。したくもないセックスをするのも、修行感覚なんじゃないだろうか。ほんと驚くし俺にはさっぱりわからないことだけれども。
 イヤなんじゃねえの、と尋ねたら少し間があって、嫌なわけじゃない、と土方は答えた。
 つまり、是非したいんでもねえわけだ。
 何を思いつめているのか知らないが、さすがにほとんど同意も得ていない相手とそういうことをしちゃいけない、くらいの分別はつく。
 無理にやるこたない、と安心させるつもりで言ったが、真面目の前に付く『馬鹿』の度合いと愛おしさに、つい苦笑を噛み殺し損ねた。
 途端に土方の顔がサッと青褪めた。
 理由はわからない。


 そんな顔をさせるつもりじゃなかった。それは本当だ。
 ああ、でも、確かに俺は、俺のせいで死人みたいな顔をするお前を、無茶苦茶に抱きしめたいと願ってもいるのだ。
 ――だがそろそろ、いい加減にしなければならない。




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