勘違いしてはいけない。
 ただ住居を提供しただけだ。それだけだ。
 カラダ、は求められていない。今は。
 回復中だからかも――否。『終わりにしよう』と言われたじゃないか。意味を取り違ったかと思ったこともあったけれど、あれ以来あいつは俺に触れようとしない。だから、やっぱり正しいのだ。俺のカラダにはもう、用はないのだ。
 それでも俺は満足するべきだ。
 今、誰よりもこの男に近いのは、この俺なのだから。


 万事屋の二代目が血相を変えて屯所に駆け込んできた。もう二週間も帰ってこない、と。

『で、テメェは二週間も何してた』

 我ながら冷たい声だと思った。

『二週間もありゃァこの広い宇宙のどこに行っちまったかわかりゃしねえ。この二週間で痕跡なんざキレイさっぱり消しただろうよ。あの野郎ならそんなこと、ワケもねえことだ』

 一気に嫌味の限りを叩きつけると、二代目の蒼白な顔がもっと青褪めた。いい気味だと思った。
 だが同時に不思議で仕方なかった。なぜ地球を捨てる可能性に思い至らなかった。意地悪くも最悪の事態を予想して見せたが、あのとき俺がたまたま居合わせなかったら、これは充分にあり得た事態だ。お前はそうは思わないのか。

『……もしそれを銀さんが本当に望んでいるんなら、見送るしかないです。けど』

 どうして、そんなに簡単に。
 俺にはできない。あの男がいない生活なんて、もう二度と考えたくもない。

『たぶん、銀さんは迷ってるだけだと思うんです。だから、近くにいると思います』

 やっぱりわかるのか。
 もう心など通っていないように見えても、なお。
 お前たちには、あの男の心が見えるのか。

『……所在は把握している。しばらくそっとしておいてやれ』

 俺が唯一誇れるのは、あの男のいちばん近くにいられるという事実だけ。
 物理的な距離なんて、何にもならないのに。


 初めは酷い顔をしていた。目の下の隈も色濃く、目は充血して瞼も腫れ、ただでさえパッとしない目つきがますます覇気なく見えた。そして実際よく寝た。朝昼と連絡を入れてはみても、眠っているらしく出ないことが多かった。たまに見廻りのついでに部屋を覗いてみると、正体もなくぐっすり眠っていた。
 どれほど安眠から遠ざかっていたのだろう。それでも二週間もするとしっかり睡眠を取り戻したようで、顔色も戻ってきた。だが、相変わらずぼんやりとした目だけは変わらない。
 そのうち俺は自分の大変な思い違いに気づいた。
 何もすることがない。
 この男は、正真正銘の無職になってしまったのだ。
 かつてのような冗談半分のノリで『無職』などとは間違っても言えない正真正銘さで、こいつは無職になってしまった。
 実際、何もしていない。この前など夜に帰ったら灯りもつけず、ぼんやり座っていた。空腹すら忘れたらしい。食事に誘っても力なく笑って、いらないと言う始末。
 昼間どうしているのか、と聞いてみたことがある。男は苦笑して、『何も』と言った。それから少し考えて、言葉を継いだ。

『何でも屋はもうあるからな。この街には』

 なんということだ。
 俺はただ住居を提供しただけのつもりだった。腰を落ち着ける場所さえあれば、この男が以前と同じようにこの街に居続けられると思った。
 俺が愚かだった。
 物理的な拠点があっても、今のこの男にはこの街にいる意味がない。存在意義が。街に必要とされ、彼がいなくてはならないと思わせる理由がない。
 だからと言って俺もこの街で他の仕事をしたことがない。民間に就職しようと思ったことがないから、なんの伝手もないばかりか、こうしたらいいのでは、というアイデアすらない。
 真選組に来るか、とは言ってみた。言ったそばからダメだろうなと思いながら、百万が一に何かとち狂って応と言ってくれないだろうかと神に祈った。
 もちろん、否だった。
 なんでだよと一笑に付されて、返す言葉もなかった。
 どうすればいい。
 どうしたらこの男は、再びこの街に定住するようになるのか。
 もう、俺にはひとつしか思い浮かばなかった。

 セックスに誘った。

 男は少し驚いて、でもイヤなんじゃねえの、と言った。
 嫌ではない。肌を合わせるのが嫌なのではない。
 愚かな本心をお前に見られるのが耐え難いんだ。心を通わせたい、俺がお前を想うようにお前にも想われたいなどと、お前に知られるのが恐ろしくて堪らない。
 そんなことは望まないから、この身体に少しでも未練を残してくれればいい。ここではない何処かへ行こうかと思い立ったときに、ここを離れたら気軽に抱ける身体も無くなって不便だな、と思いとどまってくれれば、俺は大役を果たしたことになるのだ。

 嫌なわけじゃない、と答えた俺を、男はじっと見つめた。真意を測るように、長いこと。

『無理にやるこたねえよ』

 男は仕方なさそうに笑いながら、俺の頭にそっと手を置いた。

『大丈夫。そこまでガッついてねえから、心配すんな』

 絶望に、目の前が暗くなった。
 当たり前だった。
 真選組に就職するよりあり得なかった。
 この男がそんな情のないことをするはずがない。俺を抱こうと思いついたのがただの弾みだったとしても、関係を永らえるにはそれなりの情を持っていたには違いないのだ。それは、俺が望むような情ではないとしても、この男はこの男なりに、俺の心情を思い遣ってくれたはずだった。
 カラダだけでいい、なんてそんな非情なことのできる人間ではなかった。

 でも、それなら俺は、他に何を差し出せるというのだろうか。




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