真選組の名誉が回復し、正式に再発足したとき、屯所はそっくり元のまま返却させたんだそうだ。
 隊士の数にも変わりはなく、だから狭くなった訳ではないらしい。

『一般人にあんま詳しくは言えねえんだ、察しろ』

 土方は困ったように顔をしかめてそう言っただけだった。代わりに沖田が行動で代弁してくれた。
 見慣れぬ最新式らしい戦車みたいな乗り物を街中で堂々と乗り回すドS隊長の後ろを、メカと地味が束になって『それは見廻り用じゃありません』と半べそで叫びながら追いかけていた。討入り用なんだろうな、きっと。
 なるほど、あんなんが屯所にいっぱい詰めるようになったら住居スペースが圧迫されても無理ないわな。今までは当たり前みたいに住み込み一択だったのが、きっと通いの勤務を認めるようになったんだろう。そしてその制度を副長である土方が先頭切って利用して見せている、と。
 とはいえ副長が屯所にいないのも不都合は多いようで、土方が私邸に戻るのは週に一回あるかないかだ。
 それでも、日に何度も土方は連絡を入れてくる。
 携帯電話を持たされた。今は亡き見廻組局長を髣髴とさせるそのカラクリに、土方は朝昼晩と連絡をしてくる。特に用事はない。飯食ったかとか、今日はどこに行くとか。
 実際、特にすることはない。
 万事屋の仕事を取る訳にはいかないから、俺自身は完全に無職だ。もしかして元の部屋の家賃を払うのは俺かもしれないけど、そこは新社長に任せることにしてバックレた。というか、あまりにトントン拍子にここに住むことが決まったので、向こうを出る用意をほとんどしていなかったのだ。新八たちにしてみれば俺は、ある日出かけてそれっきり戻らない家出人になっているのかもしれない。
 そんな負い目があるから、元の部屋の辺りには近寄らないでいる。なんなら外に出るのも億劫で、昼間はずっと寝ていたりもする。ただぐうたらしてるだけなんだが土方は寝ている俺に文句を言うどころか、痛々しそうに眉をひそめる。

『しばらくは寝てろ』

 と土方は言うのだ。

『あっちじゃ全然眠れてなかったんだろ。酷ェツラしてる』

 そして、躊躇いがちに俺の目の下をそっと撫でる。そんなに遠慮する必要もなかろうと思うが、そう言えば土方は俺とのセックスをあまり好んでいなかったのだし、必要最小限の触れ合いを土方のほうからわざわざ持ってくれるのだと思えば、そのわずかな触れ合いも愛おしい。
 それに、実際土方と暮らすようになって、心のどこかがホッと解き放たれて、張り詰めていた糸が一気に緩んだような気がしている。
 緩みすぎて何かをしようという考えが湧いてこないのは難点だ。ただ気ままに寝て起きて、土方が買い置いてくれた食料を消費する。それだけで毎日が終わる。

 一度だけ、土方がぽつりと溢したことがある。

『メガネが、テメェを探してた』

 と。
 そう、と返しただけだった。土方は何か言いたそうにしていたが、何も言わなかった。
 きっと帰らない俺に痺れを切らして、顔見知りの土方に相談したのだろう。そして新八がここに来ないということは、土方がこの場所を教えなかったか、それとも、

(居場所がわかれば用はない、のかもな)

 連れ戻す意図はなかった。それだけかもしれないし、おそらくそっちのほうが真意だろう。新八がその気になれば、ここを割り出すくらいわけはないはずだ。少なくとも俺と仕事していたときは、それくらいの機転は利く子供だった。
 ついこの間まで、街中の人間に声を掛けられるのが鬱陶しくてならなかった。
 今は少しも鬱陶しくない。
 それどころか、俺の存在が消えていく。


「どうした。灯りくらい点けろ」

 ぼうっとしていたらしい。気づいたら土方が帰っていた。

「目ェ開けて寝てたわ」
「総悟かテメェは」

 そっと頭に乗せられる、手。
 躊躇ったのち、おずおずと引っ込められていく。

「飯は」
「あー……忘れてた」
「俺も食ってねえし、外行くか」
「俺はいいや。おめー行ってこいよ」
「……」

 そんな顔してくれるな。
 俺は、どうしたらいい。
 どうすればここでまた、笑って暮らせるのだろうか。




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