三つ子の魂


 一人で飲みに行ったらゴリラがいた。
 土方はエライ人に呼ばれてまだ帰ってこないらしい。局長だろお前が行けよって文句は言ってみたけど、トシの仕事だからとゴリラは笑って、『そんな文句言うってことは、じゃあ上手くいってんだな。トシと』と言った。
 上手くいってる。何しろ俺は土方とこんなふうにオツキアイができる日が来るとは夢にも思っていなかった。むしろ、天地がひっくり返ったって幸せになるルートないのになんで土方なんだって嘆いてたくらいだ。
 だから土方も同じ気持ちだと知ったときは、最初は半信半疑だった。ドッキリなんじゃないかとか、武州から一緒にいた連中なんかある意味過保護だから、俺のこと土方から引き離すための策略なんじゃないかとか、しばらく警戒してたっけ。

「上手くいってんなら良かった。ほんと良かった」

 ゴリラは一人で頷きながらちびちびと盃を舐める。挙句に一人笑いするから気持ち悪い。

「なんだよ」
「や、あのトシがなぁって思ってさ」
「どのトシだよ、なにその『俺は昔から知ってます』アピール」

 土方のことならガキの頃からなんでも知ってマスと言わんばかりの余裕な態度は、わかってはいても面白くない。

「昔から知ってるのは当たり前じゃん。武州からずっと一緒だったんだし」
「あっそ」
「だからあのトシが誰かと幸せにやってるって思うとさ。嬉しいっつーかホッとするっつーか」
「へーえ」
「やっとトシの理解者ができたんだな。トシのアレに引かない奴」
「ハイハイ、引かな……?」

 ゴリラの顔を改めて見直すと、ゴリラもこっちの様子を伺ってた。目が合う。しっかり合う。

「トシとつき合うってことは……ソウイウコトで、いいんだよな?」
「ソウイウって……アッチの話か?」
「アッチっつかぶっちゃけ、えっち?」
「……あのさ、」

 珍しく俺はゴリラを誘って、個室で飲むことにした。



 土方少年はゴリ……近藤少年と出会ったとき、女の影なんてカケラもなかったそうだ。

「そんなことより強くなりたいって、そればっかりだったんじゃねえかなぁ」
「あの顔なのに?」
「あの顔って言うけどさ、ウチの道場来てしばらくはひっどい顔してたからな。目付きとか顔つきとか」

 基本的に人を信じてはいけないと思っていたんだろう。他人の一挙手一投足に極端な警戒をするので、危なくて近寄れないという門下生も少なくなかったらしい。
 そんな中で近藤にだけは心を許した。初めは近藤だけだった。日を重ねるにつれ、一人増え二人増え、土方が許せる相手が少しずつ増えていった。十代半ばの頃だ。

「そんなんだから、女と親密になんてできやしねえのよ。トシはバリバリ警戒してるし、女のほうもビビって近寄れねえし」
「ふーん……」
「俺なんかさ、畑から大根引っこ抜いて妄想してるっつーのにさ? トシはそういうのナイって言うんだもん」
「へえ……へえ?」

 大根で妄想?

「おめーもアレじゃん。その頃って戦の真っ最中だろ。女なんかいねえだろ。大根もねえかもしんないけど」

 イヤ普通に生身の女のヒトとイイコトありましたけど。一緒にしないでくんない。つーか武州って戦場になんなかったよね。なんでそんなヒサンなことになってるの、股間的に。

「トシはたまに江戸まで出てってたから、もしかすると遊女とか、見たことあるのかもしれんけどな。まあ金ねえし、遊んだことはないみたいだった」
「……」
「でさ、道場の食客連中と飲んでるとさ、やっぱりソッチの話になるわけよ。総悟はまだチビだったから加わんなかったけど、俺の年代の連中なんかとさ」
「……」
「今にして思うとさ、誰もホントの女とアレな関係になったことなかったんだろうな。でもそんなこと暴露したらカッコ悪いじゃん。だからお互い見栄張ってさ」
「……」
「フツーのヤり方なんてもう飽きた、みたいなフリして。あー……ちょっと変わったヤり方したって、自慢話をだな」
「!」
「たぶん、どいつもこいつもウソ話だったんだろうな。それか、エロ本から拾ってきたネタをさも自分の体験みたいに喋っちゃったり」
「……」
「なあ、トシは、ホントは恥ずかしがり屋で一途なんだよ。そこんとこわかってくれてるよな?」

 近藤は懇願するような目で俺を見て、俺の盃にやたらと酒を注ぐ。接待みたいだ。接待っつか、土方を頼む、みたいな。
 ああわかった。だいたいわかった。
 耳年増のホラ百パーセント話を、純真で初心な土方少年は丸ごと信じてしまったのだ。しかも他人に対する警戒心が捨てきれなかったのだろう当時の土方少年は、誰かにその話が本当かどうか確かめる術もなかった。唯一心を許した近藤は大根でも発情できるカワイソウな境遇(たぶんコイツの場合カワイソウなのは性癖じゃなく境遇だ)なのに、近藤の言うことは無条件に正しいと信じて疑わないもんだから、あいつの性知識は歪む、というより横道に派手に逸れてしまったのだ。
 大人になって、近藤も気づいた。土方が特殊なヤり方を普通だと信じていることに。仰天しただろう。責任も感じただろう。それでも軌道修正できなかったのは、土方が極度な照れ屋で恥ずかしがり屋だったせいだ。そのテの話が、すでにまともに出来なかったのだ。思春期の他愛ない猥談ではなく、実践を伴う体験となり得る年齢になってしまったせいで。
 トシを頼む、と近藤は何度も頭を下げた。頼まれなくても大事にするって言ったら、そうか、そうかと嬉しそうだった。


 家に着いたら扉が開いていた。また閉め忘れたかな。神楽は今日はそよ姫んとこにお泊まり会だし、ウチに盗られるもんねえし、まあいいんだけど。
 自分の部屋に入ったら、他人の気配があった。でも、これは警戒する必要がない。なんなら湿った呼吸まで聞こえるしね。

「何やってんの、土方くん」
「はあ、はあ……っ、お、遅いっ」
「だって来ると思わなかったもん。言ってくれよ、そしたらウチにいたのに」

 このクソ暑いのに俺の布団に潜り込んだ土方くんは、咎めるような目で俺をじっと見つめた。

「急に仕事、終わって……っ、屯所に連絡、したらっ、近藤さんがお前と飲んでるって、」
「うん。たまたま会ったから飲んでた」
「近藤さんはお前に会えたのにっ、俺が、あ、会えないのは、ふ、不公平だッ、て、はう、」
「だからココ来て俺の布団に潜ることにしたの?」
「ここならっ、俺しか、入れな……あっ」
「まあね。普通は布団に他人入れないからね。土方くんだけだね」
「ここ、お前の匂いがするぅ……んんッ」
「そりゃ俺の布団だからね。で、土方くん」
「ひゃん!?」

 俺は強制的に掛け布団を剥ぎ取った。
 予想通り、土方くんは自分の息子さんを握って一心不乱に擦っていた。

「あのね。布団の中で……あの、片付け大変だから」
「ええっ、じゃあ外でヤれってのか!? そんな恥ずかしいコト、」
「恥ずかしいならヒトの布団の中でヤんないでくんない!?」

 びっくりして手を離してしまった土方くんは、慌てて俺から掛け布団を取り返した。中でゴソゴソしているのは、どうやらパンツを履き直しているようでちょっとホッとした。
 武州の耳年増たちは、ファンタジーなえっちしか知らないからヤった後に出たいろんな汁の始末とか、匂いがついて取れねえとか、そういう夢のない部分については語り合わなかったのだろう。土方少年は今でもそれを鵜呑みにして、ファンタジーとリアルの区別がイマイチついていないようだ。
 これは俺がきっちり教えなければならない。保護者であるゴリラには頭を下げられたし、少しずつ正しい知識を――あれ。

「ねえ、土方くん」
「なんだ、」

 イけなかったせいか土方くんは不機嫌だ。ムスッと口を尖らせて、それでもなんとなく俺に寄り添ってくる。その肩を思わず両手で掴んだ。

「屯所でもこうヤってんの」

 愛しい土方くんがきょとん、と首を傾げるのを見て、俺は屯所に住み込むことを真剣に検討した方がいいかもしれないと思った。


「誰が! お前の! 布団! 手入れしてんのーーーッ銀さん許しませんからね!」




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