変態ではなく、ただの 「旦那がお困りじゃねーかと思ったんでさ」 ドS王子は顔色も変えずに言う。どんな顔すりゃいいのかわからなくて現在進行形で困ってる。だってキミ家族みたいなもんだろ、土方の。兄弟っつか、あからさまに弟分だよね。 そんなヤツに、性の嗜好について詳しく語っていいの。大丈夫なのコレ、土方的に。 俺が何も言えないでいるのを肯定と受け取ったのか、ドS王子は小さな瓶を俺に押しつけて満足げだ。なんだこれ。イヤだいたいわかる。あれだ。アノときに使う、アレな薬だ。パッケージがアヤシイもの。 「要は土方さんにああだこうだ言わせなきゃいいんでさァ。最初っからメロメロでどうにでもしてくれって状態にしときゃあ、旦那の好きにできるじゃありやせんか」 「好きに、って、」 「隠しても無駄ですぜ。旦那、案外ノーマルなんでしょ」 沖田の平然とした顔がかえって恐ろしい。土方ってばもしかして、俺とのアレな内容を逐一報告してんの。マジ勘弁して。そうだったら俺、二度と真選組のヤツらに会いたくない。 「そいつァ微量でバリバリ効きやすから、何回か旦那のペースに持ち込んで、ど変態の土方をノーマルなヤり方に慣らせば、」 「わあああああ! やめて! 昼間だしここ外だし! そんな赤裸々に語らないで!」 「……ほんと、思いの外フツーなんですねィ」 悪魔の子は憐れむような目で俺を見て、立ち上がった。もう休憩終わりかよ嘘だろお前そんなに仕事熱心だっけ。もう少し座れどうすんだこれ受け取っていいの俺。おい待て心の準備が。 でも沖田は俺の準備なんか待ってはくれず、そそくさと仕事に戻った。あれ、休憩場所変えただけかな。 渡された小瓶を前に、俺は途方にくれる。 沖田の言うことにも一理ある。やれ縛ってくれだの玩具はコレ使えだの、土方に要求させる隙を与えなければ俺のヤり方でコトは完了する。これを使えば土方が欲求不満に終わることもないんだろう。誰で効き目を試したんだか知らねーけど効くって言ってたし、ドS王子はその辺の情報に抜かりはなさそうだし。 実際に使うことには大いに躊躇いがある。こういうのは双方の同意の下でジョーク程度に使うもんであって、一方的に仕込むもんじゃない。 だったら捨てればいい。土方に使わないなら用はない。 ――とさっきから思ってるんだけど、ゴミ箱の真上まで伸びた手が、どうしても広げられない。ゴミ箱の真上で握り拳を作るのみだ。 (俺のヤり方で、土方が喜ぶかもしれない) 今までだって土方の要求を却下して、俺のヤり方を通したことは多々あった。 土方のヤり方を拒否したときの、悲しそうな顔。抱いている最中の、物言いたげな顔。可哀想に思わないわけではない。むしろ、こんな顔させるなら俺の主義主張なんてクソ喰らえと思ったりもする。 でも、どうしても振り切れない。 だって女装のまんま抱けとかさ。縛って鞭で叩けとか。いくらせがまれても、俺の本能が躊躇する。理性だって、え、これ何が楽しいの?って冷静になっちゃって、萎えちまうんだよ。文字通り。せいぜいローター突っ込んでくれっておねだりに、しぶしぶお付き合いするのが限界だ。 そんな俺に、土方こそ不満が溜まっているかもしれない。 こういうのは、正しいヤり方なんて決まりはないんだろう。お互いにすり合わせて納得した方法が、二人の間では『普通』になる。それが一般的かどうかなんて、ぶっちゃけどうでもいい。 つまり、どちらかを矯正しなければならない、なんてことはあり得ないんじゃないだろうか。 ゴミ箱の上にかざした小瓶。手のひらを開けば小瓶はゴミ箱に落ちて、なかったことになる。そして俺はこんなもんに頼らずに、ちゃんと土方と話し合えばいい。 「……」 結局俺は、小瓶ごと手を引っ込めた。そしてそいつを懐にしまい込んだ。 会うの久しぶりだな、と土方は嬉しそうに笑った。なんていい笑顔だ。つき合う前は俺にこんな笑顔を見せることはなかった。いつもツンケン突っかかってきて、眉間の皺が取れたことなんかなかった。俺は幸せ者だ。これが見られるだけで本当に幸せなはずだ。 なのに俺は、せっかく会えたんだからゆっくり飲もうぜ、なんて親切そうなこと言いながら、土方のコップに酒を注ぐ。飲み屋に行くのはやめた。二人きりでゆっくりしたいから、とかなんとか言いくるめて宿に直行した。二人きりで酒盛り、という名目だ。 土方の目がなんとなく潤んで見えるのは、俺の心が汚れているせいに違いない。捨てられなかった小瓶は懐にある。 これを使って土方をぐずぐずに溶かし、俺の好きに――つまり、俺が考える『普通のセックス』をしたら、土方はどう思うのだろう。意に染まないやり方でカラダを弄り回されて悲しむのだろうか。 土方にちゃんと断ってから使うべきか。黙って仕込むべきか。 俺の迷いはそこにある。だから、小瓶は未だ懐の中にしまわれている。使わないという選択肢はない。いや、さっきまではなかった。でも今は、正直迷っている。 こんなに綺麗に笑ってくれる土方。会えて良かったと喜んでくれる土方。そんな土方を、俺は裏切ろうとしていないか。こんなもの使いたくないと、土方は思うのではないか。そうはっきり言われたら、俺はその意をちゃんと汲んでやれるのか。 土方は今や向かい合わせではなく、俺の隣に座っている。座っているなんてもんじゃない。いつのま間にか俺の肩にカラダ半分乗り上げている。これは、俺の邪な心が見せる幻覚かもしれない。首に腕が回り、耳元に吐息がかかる――あれ? 「土方くん」 「なに、」 「お前、熱あるんじゃね」 「ない」 「イヤイヤ。熱いよ? 全体的に」 「ねつじゃない……ぎんとき、」 カラダ半分なんてもんじゃなくなってきた。明らかに下半身をもじもじと俺の脚に擦り付けてくる。これは俺のけしからん幻覚ではない。事実だ。 「ちょ、どした!? おま、またなんか仕込んで、」 「きょう、は、おもちゃ、いれて、な」 「えええ!? じゃあボンテージでも着て……ねえな、なんだ!?」 慌てて土方の身体を探るが、怪しい付属物は見つからない。代わりに土方がビクビクと身体を震わせた。 「あっ、それ、もっと、うあ、」 「フツーに触っただけだろ!? どうしたホント、」 誓ってまだ使っていない。例の薬は。なのになんだ。何が起きた。どうなってんだ。 いや、待てよ。 「土方、正直に言え」 「んっ、なに……?」 「沖田から貰ったもん、なんか飲んだ?」 あのドS小僧が、土方をおちょくるのにまるっと他人の手に委ねる訳がない。必ず自分の手を下すに決まってる。 それならなんで俺に小瓶を渡したのか。自分の手で土方に一服盛るのなら、俺に手の内を見せる必要はなかったはずだ。なんだ。俺はどんな罠にハメられたんだ。 「のんだ」 もはや本格的に目に涙を溜めて、土方は俺の首にかじりつく。髪を撫でてやっただけで、ひく、と身動いでは熱い息を零す。 「飲んだのかよ!? お前、もう少しあの小僧を疑ったほうが……」 「うたがっ、てね、けど、こんかいは、ほ、ホンモノ、ぁう」 「本物? 何が?」 「びやく」 無意識なんだろう、身体を俺に擦り付けて、何とか快感を受け取ろうとしながら土方は、譫言のように呟く。 「おまえに、のませろって、そんですきにヤッてもらえ、って、でもそんなん、のませらんね」 「……」 「おまえに、こんなん、のませ……おまえ、に、ことわりも、なく。だめだろ、そんなん」 「……だからって、何で」 「きょうは、おれ、なんでもキモチからっ、すきにして、いい」 「!」 「おまえの、すきに……すこしくらい、ヘンタイでもおれ、きょ、はっ、へいき、だから……はやく、」 はだけつつある袷から手のひらを滑り込ませ、素肌を撫でる。土方は小さな悲鳴を上げて背中を仰け反らせた。その拍子に突き出された胸の突起を摘んでやると、堪えきれずに泣き声を上げた。 「あ、あっ、きもちっ、ちょくせつ……さわっ、てるのに、きもち、ああっ」 「土方」 「ナカ、もっ、さわって……ゆびで、い、からぁ……あっ、あ、ぁ、」 「直接触られんの、嫌なんじゃないの」 「や、じゃな……へんたいッ、だけど、やじゃ、ね」 「? 変態なのに嫌じゃないの。変態好きなの」 「ぅ……すき、おまえにされるのは、なんでも、すき……はずかし、けど、すき」 「!」 「ぎんとき。ぎんとき、ぎんとき……」 「……十四郎」 俺は、なんて酷い男だろう。 こんな健気な恋人に、なんて酷いことをしようとしていたのか。 俺は飲ませようとしかしていなかった。迷ったのは、土方に明かした上で飲ませるか、黙って飲ませるかだ。その二択でしかなかった。 ドS王子は俺だけでなく、土方にも同じ選択肢を与えたのだ。俺たちのうちどちらかが、または両方が、このアヤシイ薬を飲む。それがヤツの目的であり、二人に薬を渡しておけばその確率は格段に上がる。俺だけではなく、土方にも似たようなことを言って無理やり渡したんだろう。 土方は、俺に飲ませようとはしなかった。迷ったかもしれない。悩んだことがないとは言えない。けれど、結局俺には飲ませないことを選んだ。そればかりでなく、俺が好きにできるよう、俺のために、自分が飲んでしまったのだ。見るからにアヤシイあの薬を。 俺のためにこんなカラダになってしまった土方を、俺はどうしたらいいのか。 「……布団、行こうか」 言うまでもない。 土方が俺のためにしてくれようとしたことを、俺が土方にすればいいのだ。 「今日はどうしてほしい。縛る? バイブとローター、どっちがいい? 鞭は持ってきてないから、叩いてほしいならスパンキングな」 土方の目が大きく見開かれた。綺麗だ、とつくづく思う。この綺麗な男を喜ばせるためなら、俺はなんでもしよう。変態ってなんだっけ。俺の恋人が喜んでくれるなら、それは変態ではない。俺たちにとっては常態であり、ただのノーマルなんだ。やっとわかった。 土方が嬉しそうに綺麗に笑った。心から幸せな気持ちで、俺は土方に口づけた。 前へ/ 目次TOPへ |