ありのまま


 驚愕のバイト(土方くん乱入)から一週間。
 あの後同伴出勤したがる土方を振り切って普通に出勤し、二度とあいつをこの店に入れんじゃねえと青ヒゲどもに念を押した。ニヤニヤしながら請け合うオカ……オネエサマたちは、ムカつくけど信頼はしていた。奴らが二度と入れないと言ったら、土方は決して入店なんかできず、従ってソッチの世界との関係はひとつもないはずなのだ。
 なのにこれはどういうことだ。俺は今、内心絶叫している。

「絶対似合うと思う、から」

 ラブホの一室。
 土方くんは恥ずかしそうに俯いて、モジモジしてはチラッと上目遣いに俺を見る。向かい合った俺はさっきから文字通り開いた口が塞がらない。
 そんな俺たちの間には、ミニ丈の振袖。
 それだけじゃない、ちゃんと襦袢やら帯やらなんやらかんやら、とにかく一式きちんと揃っている。いや違った。
 このスタイルのギャルが大抵履いてる、ニーハイソックスがない。
 俺はもう十回くらい、土方の顔と女物の着物を見比べている。それでも、何が起きているのかイマイチ理解できない。仕事はとっくに終わったはずだ。そして俺は仕事でもなければ女装する趣味はない。ではこれは一体どうしたことだ。

「えっと……俺が着るの? これを?」

 いつまでも精神的に気絶してるわけにはいかないので、恐る恐る聞いてみる。土方くんはこっくりと頷いて、恥ずかしそうに口許を緩めた。照れてんのかこいつ。なんでだ。

「あの、知ってると思うけど俺、男なんだけど」
「知ってるに決まってんだろ。何言ってんだ」
「うん……女装する趣味のない男なんだけど」
「それも知ってる。バカにしてんのか」
「してない。けど、じゃあなんで」

 一抹の不安はある。
 土方も今までの恋愛対象は女だった。やっぱり女のほうが、みたいな。じゃなかったら女役が実は気に入らなくて、俺が女役やれっていう遠回しのアピールかも、とか。
 土方くんはますます照れたみたいに目を伏せた。口許は相変わらず幸せそうに緩んでる。かわいい。そのかわいい口が開いて、

「お前、変態だろ」

 酷い。酷すぎる。断固抗議したい。

「そこについては今度良く話し合おう」
「話し合うまでもねえよ。変態だろ」
「……そういうことにしねえと話進まなそうだから、とりあえずそれでいいわ」
「お前が変態なんだから、俺も少しは、あれ、その、」

 とうとう土方くんは恥ずかしそうにプイと横を向いてしまった。おかげで真っ赤に染まった顔が少し見えた。

「俺も、い、イレギュラー、たまには……やってみてえ」
「……」

 たまには。たまにはって言ったか今。
 いつもノーマルみてえな顔してるけどキミ、かなりマニアックだからね。

「イレギュラーって俺に女装させることかよ。なに、気に入っちゃったの。こないだの」

 頭掻きむしりたい、イヤ掻きむしった。たった一回のアヤマチじゃねえか勘弁してくれ、忘れろあんなん。ほんと後悔したんだからな。エクステこそ取ったけどメイク取るヤツがねえから適当に顔洗っただけで、結局半分女みてえなカッコで致す羽目になったんだからな。お前のせいで。
 おまけに翌日もオカマスタイルが見たいって駄々捏ねて、アレは店で着付けするんであって万事屋からあのカッコで出勤するわけじゃねえと飲み込んでもらうのにひと苦労したんだ。ああ、あの時釘刺すべきはかまっ娘のキャバ嬢たちじゃなかったのか。土方か。土方にこそ釘を刺すべきだった。
 でもなんて? この界隈に近寄るなって? イヤイヤ、もっと根本的な何かだ。何かってなんだ。知らねえよ。

「俺がいくら化粧しても女の子っぽくはならねえだろ? おかしいだろコレ、だいたい脚が出過ぎ! 俺オトコだからね! すね毛生えてるから!」
「知ってるっつってんだろ。女みたいになれってんじゃねえ。当たり前だろ」
「イヤお前の当たり前なんて俺にわかるか! 俺が女でもオカマでもねえのはわかってんのね!? そこんとこ大丈夫!?」
「女でもオカマでもねえからこそ着て欲しいんだ、お前だから」

 土方は、今度はこっそり俺の袖なんか握ってきた。チクショウかわいいな。

「男のお前が女のカッコして、そんで、そのお前が俺を抱く、のが……良かった」
「……え?」
「ちょっとへん、変態っぽいってわかってるけど! お前も変態だから、これくらいなら受け入れられるんじゃねえかって、」
「これくらい!?」
「お前よりノーマルだろ」
「ノーマルって、ノーマルってさ、」
「男のお前に女のカッコしてほしいんだ。だから脚は男のまんまにしとこうと思って」
「ああ、着ねえのは足だけなのな」
「だから何度も言ってるだろ、マッパでヤるのはド変態だって――脱がないで、女のカッコのお前にお、押し倒され、」

 なに頬染めてんだ、オカマに押し倒されんのがツボだったのか。オカマに突っ込まれてアンアンするのがイイのか。それが『ちょっと』変態っぽい程度なのか。ナイ。ナイわ。あり得ない、俺的には。

「イヤだ。しません」
「えっ」
「お前はありのままの俺じゃ不満なの。女のカッコしてないと俺とえっちしたいと思わなくなっちゃったの」
「そうじゃねえけど」
「じゃあいいよね。これは却下。いつも通りで」
「ええ……」
「言っとくけど女装が見たいからって用でもねえのにかまっ娘行くんじゃねえぞ」
「女装なら誰でもいいわけじゃない。おまえの女装だから見」
「俺の女装も見なくてよろしい」

 しょんぼり肩を落とした土方くんはとても可哀想で、できることなら喜ばせてあげたいと心から思う。でもダメだ。これは譲っちゃいけない一線だ。ここは気を確かに持たなければ。
 そうでもしないと、俺は土方を際限なく甘やかしてしまいそうだ。今だって悲しんでいる土方くんを抱きしめてワガママ聞いてあげたくて仕方ない。でもしない。ひとつ譲ったらなし崩しだ。なし崩しに、俺はド変態にどっぷりハマってしまう。

「普通でいいから、普通で」

 土方に言い聞かせる。土方は不満そうに、それでも小さく頷いた。
 今日のところはなんとかなりそうだ。土方の普通は普通じゃないと思うけれど、そんな難しい話はまた今度にしよう。




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