誘ってみろ


※酷い土方。銀モブ





 土方が、躰を売るようになったと噂に聞いた。
 スカトロもハードSMもなんでも受け入れる、売り専になったと。
 もちろん俺も土方と別れてからはそっちの連中と寝ていたから、簡単に噂は耳に入った。


「ねえ聞いてよ。すっごい新星現るって感じ」
「へえ。ヤったの」
「当たり前だろ。俺ネコもタチもアリだし。銀時はヤンねーの」

 俺は行きずりと寝るとき、銀時と呼ばせていた。職業柄正体がばれるのは些か不味かった。

「俺はおめーでいいよ」
「上手いこと言うよ。んんッ」
「で? 何してきたの」
「興味、あるくせに……んあ」
「ほら。言わないと、してあげない」

 俺は、他のヤツは土方より優しく抱く。おかげで銀さんなら何度でもシたいってヤツは少なくない。

「すごいのよ。複数プレイとか平気でやっちゃうし、それがね、パイパンなもんだからなんだか妙にいやらしくてね」
「ふーん」
「おっきなおちんちんをここにください、ってね、お尻の穴自分で拡げて、おねだりまですんの……はあッ、あ、そこ」
「気持ちイ?」
「キモチ……そこ、」
「剃ってあげようか」
「やあよ、他の人と出来なくなっちゃう……」
「しなきゃいいじゃん。俺んとこ来なよ」
「あっ、ああ……ぎん、とき」


 ナンパは失敗だった。
 土方はもう、俺以外の男を知っている。俺を誘ったのと同じやり方で男を誘い、その身体に精を受け入れている。
 それを思いながら男を突き上げたせいか、怖れをなしたように逃げられてしまった。これで何回目だ、失敗は。前はほとんど失敗はなかったのに。

 可愛い土方。愛しい土方。
 俺の土方をどこかの誰かが、今日も汚している。あの時までは決して受け入れなかった男の逸物を、土方は受け入れて鳴くのだろう。そしてあの可愛い表情を浮かべるのだろう。キモチイ、キモチいいよ、もっと、と。


 俺が買えばいいんじゃないか。


 恋人として愛してはやれないから、一時の快楽を。それなら誰よりも俺が知っている。土方の愛し方を。
 そんな馬鹿な考えを打ち消し打ち消し、とうとう打ち消し切れず、

「こんばんは。朝までって聞いたけど」

 土方はやってきた。

「脱げ」

 急かすまでもなく、土方はするすると服を脱いでいく。

「あ、これ。ゴム使ってね。ビョーキ怖いから」
「……どーも」
「なんかリクエストある? こうして欲しいとか。シチュとか」
「俺の好きにさせろ」
「いいけど、流血はナシの方向で。明日も商売あるし」

 仕事、なんだ。当たり前だ。
 恋人の土方が欲しいのではない。

「前もって聞いとくけどさ。スカあり? なら臭いつくからちょっと準備すっけど」
「あり」
「大のほうだよね」
「そ。いいからなんでも対応出来るようにしてこいよ。ここに来るまでにしとくのがプロだろうが。早くしろ」

 ふる、と土方の肩が震えた、ような気がした。

「ふーん。ピアスの穴は埋めちまったんだ」
「あ、当たりめえ、っだろ、んッ」
「なんで」
「万人受け、しね、んだよ、ああッ」
「だいぶ乳首大きくなったな」
「うっせ……ああ! 痕、つけんなッ」

 抱いてみれば昔通りの敏感さで、だが反応はスレて可愛さの欠片もなく、思い入れが大きすぎた分、冷めていく。

「なんか決めゼリフあんじゃねえの? あるって聞いたぜ。やってみせろよ」

 いざ挿入の段階になって、面倒くさくなった俺は土方に勝手に挿れさせようと、騎乗位を強要した。
 とろりと意識まで融けた土方は、抵抗なく脚を拡げる。

「ここに、ください。あなたのおちんぽ」
「やり直し」
「ここ、この穴に! とおしろの、やらしくて汚い穴に! お客さまのおちんぽをどうか……奥までください」
「零点」
「とおしろうの、誰でも飲み込んじゃう恥ずかしいケツマンコにっ…….ごしゅじんさまの、おちんぽを、突っ込んで、ぐちゅぐちゅにしてくださいッ、ね、早くぅ!」
「淫乱」
「インランです! 穴、あな埋めて欲しいッ……誰でもいいの、でもっ、あああ! ね、挿れてくんねえの? ならッオモチャ挿れるぅ……」

 どこから持ってきたのか、土方はそう小さくないディルドを口に咥え始めた。そして俺の上で腰をくねらせ、乳首を自ら弄りながら痴態を拡げる。

「ああんッ、乳首、おっきくなっちゃうっ」
「あーそうだね、俺は好みじゃねえけど」
「んあぁん! おっきいちくび、なりたい」
「吸引でもすれば? 黒くなりそうだ」
「やだ、黒いのやなの……おれっ、ああ、お客さんの、好み、じゃねえ?」
「チェンジするほどでもねえ。続けろ」
「あ、さわって……ちくび、さわって」
「あ? 一人で楽しめ」

 そうして、俺は自分の物を握る。土方はそれを食い入るように見つめている。

「ね、自分で、すんなら……ここ、ここに欲しい」
「やんねーよ。ちゃんと決めゼリフ言えるまで」
「だからっ! ケツマンコにお客さんのッデケェチンコ、突っ込んでくださいッ早くう! なあっ挿れてくんねーならチェンジして……」
「ダメだ」


「ひでえよ、ぎんぱち……」


 ほろほろ、ほろほろと涙が溢れる。

「何がダメだったんだよッ、おれっ、ケツマンコは嫌だッて言ったのに……あいつらだって糞が出る穴は要らねえって、あんな拡げといて、出ねえわけッねえだろ! 嫌だッて言ったのに、やめろって言ったのに! そこは、ぎんぱちだけだって決めてたのに……」

 俺に、いや客に見せつけるように、ディルドを尻穴に沈めていく。ああ、これじゃないのにキモチいい、これじゃないのに、欲しいのはこれじゃないのに、と涙を流す。

「ね、お客さん……なんでもするから! なにしてもいいから、おちんぽちょうだい」

 そうじゃない。お前はもっと恥じらっていた。そして、そんな下品な言い方をしなかった。

「行儀の悪ィこと。じゃあ小便しろ。ここで」
「……はい、」
「それ入れたままでいいよ。乳首もっと弄れ」
「はいっ……あ、出ない、おしっこ出ない」
「じゃあケツ穴は挿れっぱなしでオナニーし……?」


 見覚えのあり過ぎる、金のリングが。


「おいおい、万人受けしねえからとか偉そうなこと言ってた割に、いちばん変態なのが嵌ってんだけど? 気色わりィから取れコックリング」

「だめ…….取れない、から」
「は?」
「取ろうとしたさ。店にも取れッて言われて……アッ、店の人にも取ってもらったの、でも、外れなくて、んんッ」
「そんなわけ、」
「これっ、おれの、大好きな人に、嵌めてもらっ……おれはその人のだってしるしに……でも、その人ッおれのこと嫌い、なったから、す、捨てられ、て、ああ!」
「……」
「だからっ取れな……あっ、ねえ! あっても、イけるから大丈夫ッ、シて? セックス、してくださいッここに、ここに挿れてください! お願い……お、きゃ」

「ぎんとき。ぎんときって言ってみな」

 土方は首を振った。涙を流しながら首を振った。

「なまえは、呼ばね、の……おきゃ、さ、ね、お願いおねがいイキそう! いっちゃ、いっちゃうぅ偽ちんぽでいくのいくのォォオ!」

 ぴゅ、ぴゅ、と白濁が力なく垂れる。
 土方は泣く。いやこれは……土方ではない。売り専のひとり、とおしろう。俺なんか見ていない、ただのネコ。

 平手で尻をスパンキングした。イッたばかりの身体にはキツイはずだ。なのに反応はない。

「触るな……いてーんだよ」

 さっきとは打って変った地声が這う。

「痛いの嫌い?」
「あたりめーだろ」
「そう。じゃあ痛くするわ」

 乳首を思い切り抓りあげた。あっ、と土方は叫んで、苦悶の表情を浮かべた。

「いっ、た……やめろ、痕がッ」
「痕なんかいっぱい付いてんじゃん。なにこのキスマーク。股んとこ真っ赤だぜ」
「それ、はッ、昨日のヒヒじじいが、ああ! いてぇ、ホント痛いからッ」

 両方の乳首を千切れる寸前まで抓り、引っ張った。

「切れるッ、やめ」
「ヒヒジジイがなんだって? 詳しく喋ったら放してやるかもよ」
「タマにッ傷があるってっ……文句いう、からっ……うぐっ! 見せてやったらッ調子乗りやが、あああ! やめてくれ、痛い! 痛いィィイ!?」
「キンタマにキスマークってわけにゃいかねえしな」
「ンなもんッ、あああ! ちくびいたい!いたい、やめてぇ!」
「痛いの、好きだよな?」
「嫌いッキライ……いたいのイヤだ……痛くする奴もッキライ、だッ」

 ねじり上げた箇所に異変を感じる。ぬるりと粘つく。ローションなんか仕込んでたか?

「おまえ……これ、」

 乳首を見ると、膿のような黄色い液がまとわり付いていた。

「おい。ビョーキ持ちじゃねえだろうな」

 土方は答えない。今度こそ体が震えている。そして、再び涙が溢れる。

「これ、もしかして」
「上手く消毒できなくてっ……こっちだけ、膿んじゃッ……だから言ったのにっ」
「早く言えよ!? そんならそれなりに」
「お客さん、は、触っちゃだめ……ごめんなさいっ、店には、言わねえで……」
「……土方」



 ああ、これは土方だ。
 俺が愛した土方だ。土方の、成れの果て。



「下は? ちゃんと出来てんのか」
「……わかんね、」
「そうか! だから昨日の客に、」
「そうかも、しんねえ……痛いんだ、凄く」
「どこが。言ってみろ、酷くしねえから。見てやるだけだから」
「リング」


 見れば嵌めて放置したせいで擦れ、赤く爛れていた。擦れ方が酷いのは、

「おきゃ、く、が、面白がっ……引っ張ったり、無理やり取ろ、としたり……痛くて、やめてッて言っても、やめてくんねっ……」
「なんでこんなこと、始めたの」
「いつか、俺の好きな人が……うっかり買ってくれたらいいなって。でも、やっぱりダメだった。やっぱりもう、大事にしてくれねぇ……」
「……俺か」

 土方は、笑った。昔の笑顔とは程遠い、空っぽな顔で笑った。


「当たり前だよな、ケツマンコにチンコ突っ込まれなきゃセックスじゃねえなんて、嘘だよな。ンなの俺だってわかってんだ。当たり前に最初っからわかってたんだ。でも、知らねえ振りしなきゃ指でしてハイ終わりってなるから、馬鹿の振りして、ケツにぶち込まれるまで帰んねえなんて我儘言って、やっともぎ取ったと思ったら……」

 俺の腕に抱かれながら、土方は寄り添おうとはしなかった。甘えようともしなかった。
 最初から、俺の土方はこういう人だった。


「逆手に取られて。ケツで繋がっちゃいねえから浮気じゃねえ、最後までしてねえからこの人はまだ俺のもんだッて自分に言い聞かせた。でも違うなんて、知ってた。他の男抱いて、それがどんな抱き方でも、俺以外の男も必要な人なんだってわかってた。だけど、欲張った。最後には俺に帰ってくるって、思い込もうとして。だからあの日、俺から誘って、あの二人を」


 ――なあ、俺のカラダ、見てみねえ?

 あの日男たちを誘ったのは土方だった。土方は初めて俺以外の男の前で脱いだ。煌めく金を纏った肌を他人に晒した。
 男たちは良心を持って、土方の枷を外した。土方のために。だが当の土方がそれに抵抗した。

 ――それは、大事な人に貰った大事なヤツなんだ。返して。なんでもするから

 裸の土方が懇願すれば何が起こるか。
 同性ならわかる。なんでもする、と言われては歯止めも聞くまい。

 土方は二人に犯された。無論行為は最後まで及んだ。そこはダメだと何度も叫んだ。だがなんでも、の言質を取った男たちは許さなかった。そして異物プレイに及び、土方が粗相したのを見て逃げ出した。
 そして俺はその土方を酷く折檻し、罵り、追い出したというわけだ。


「ごめんなさい……痛いのはムリ。他のことはする、から」
「まだ懲りねえのか」
「小便、だっけ、ちょっと待って……もうすぐ出るから」
「無理に出してもつまんねえんだよ、もうやめろ」
「脱糞プレイも、してえんだろ……ちょっと待ってて、おきゃく、」
「客じゃねえ。俺だ、みろ土方」
「おきゃくさん、痛くするのは、もうナシでもいい?」


「なあ土方……もう二度と痛くしないって言ったら、帰ってきてくれるか」


 土方は初めて俺を見た。それから、少し間があった。


「前はね。痛いのが、嬉しかった。すごく、嬉しかった。おれ、変態だから」

 その性に目覚めさせたのは間違いなく俺だ。

「ピアス開けてもらった時も……痛くて泣いたけど、幸せだった。ぎんぱちと俺だけの秘密ができたから、痛いの我慢するんじゃなくて、この痛いのも俺たちだけの秘密だって思えて、いくつでも穴開けて欲しくて、」

 ピアスホールを開けるたびに土方は泣いた。いたい、こんなところにピアスなんて、誰かにバレたら恥ずかしい、と。

「パイパンもね、銀八が他の男と寝たから羨ましくて、悔しくて、そいつになりたくて、半分じゃなくて全部剃ったらもっといやらしく誘えるかなって、そいつよりお前のほうが可愛いよって言ってくれないかなって思って」
「……」
「好きでしょうがなくて、なんとかウザいって思われないように、卒業記念とかアナルセックスとか売り専とか。考えてみたけど、ダメだったみてえ」
「……」
「どうしても、ばれちまう」
「……」
「どうする? 朝までって言ってたよな。チェンジする?」
「……」
「それとも俺でいい? 銀時とは呼べないけど……いたいの以外なら、なんでもしていいよ」
「……」
「何したい? あ、縛ったりしたかったら、店から持って来させるけど。ほんと、なんでもいいよ」
「……」
「ごめんな、ただ痛いのだけは、もう」
「わかった。ベッドに寝ろ。んで、股開け」

 土方の笑みが少し、ほんの少し強張った。それでも土方は言う通りにした。

「消毒キット出せ」
「え、今持ってない、っていうかそれ」
「なんで持ってねえんだ! いつでも持ってろって言っただろうが!」

 不覚にも、声が詰まった。

「普通じゃねえとこに穴開けたんだ、なんかあったらすぐ消毒できるようにしとけって、言ったろうが……馬鹿が。こんなに、傷付けて」
「ちょっ、」
「こんな傷つけるために嵌めたんじゃねえ。痛めつけるためにくれてやったんじゃねえよこのリングは。そんな意味じゃねえんだ」


 たとえば、女の恋人なら。
 素直に薬指に飾るリングを贈っただろう。女はそれを人に見せ、幸せを語るだろう。
 俺はそんなことをしたくない。
 土方には人知れずリングを贈り、俺しか知らない箇所にそれを嵌め、見られるか見られないかのスリルを二人で楽しみ、万が一にも見られたときには二人で恥を分かち合いたかった。もちろん普通の嗜好ではない。そんなこと、わかってる。

「外し方、教えたよな」
「……」
「外せ。もう、すんな」
「いやだ」
「土方……!」
「とおしろうって呼べ。ここではとおしろうだ」
「違う」
「だって、本名だ」
「……」
「アンタが呼んでくれない名前なんか、源氏名で十分だ」
「土方ッ」
「どんなオッサンだってとおしろうって呼んでくれる。ケツ穴拡げて媚びて見せれば、すぐキモチくしてくれる。とおしろう可愛いって何度も言う。それが似合いだけど、」
「……」
「このリングは、大事なんだ。呼んでもらえなくても」

 そっと、土方を抱き締めた。
 傷つけてしまった。損なってしまって、この人はまだ底を目指している。まだ堕ちたりないと泣く。自分の持てる全てを穢して、奥底まで堕ちるつもりだ。
 せめて、俺のところで止まって。

「俺も、大事にして欲しくてあげたんだ。そのリング」

 戻ってきてくれ。お願いだ。

「欲しくて欲しくて。最初は正直、数いる男の一人だったけど」

 大切にしようと思った。中でも一番のお気に入りだった。けれど、

「あれ聞いて、許せなくて。俺が同じことしてるのに、最後までしてねえから浮気じゃねえとか馬鹿なんじゃねえかこいつ、どこまでヤッたかが問題なんじゃねえ俺とお前の秘密を他のヤツに見せて弄らせたのが許せなくて……アクセじゃねえ。お前の身体を、触らせたのが」

 目の前が真っ赤に染まった。殴って蹴って、汚いと罵った。愛しさが余って、その愛しさのぶつけ方を間違って、

「帰ってきてくれ。土方……いや、十四郎」

 びく、と身体が跳ねる。それをそっと、囲い込むように、できる限り柔らかく抱きとめる。

「帰りたくないなら、今日だけ。お前がして欲しいこと、全部する。優しく抱かれたい? 挿れて欲しい? それとも風呂入りたい? 眠ってもいいし、なんでもいい。ここにいてくれれば、なんでも」


「じゃあ、まず風呂に入りたい」


 歌うように、土方は言った。

「あなたに洗ってほしい。全身洗って、綺麗になったねって言ってほしい。鏡で確かめて、そうしたらお湯に浸かって、もちろん二人で……それから、お尻の中洗ってほしい」

「あっ、もう下のお口で上手にお湯も飲めるし出せるから、キレイにしたらアソコの毛をつるつるにしてほしい。お尻の穴の周りも、タマの毛も、全部つるつるにしてほしい」

「それから、それから……それからベッドで抱きしめて、いやらしい衣装着せて」

「好きって……言って」

「お前だけだよって、他の男なんか、だいて、ない、って……」

「なまえ呼んで、誰よりも可愛い、愛してる、って……言って」

「言えないだろ」


 最後に土方は、小さく囁いた。

 せんせい。おれ、ビョーキもらっちゃった。せんせいのは、挿れてもらえない。


「だから、言わなくていい。今日も、もしするならゴム付けて。おれに触ったら良く手を洗って。フェラはナシな」



 ああ、なんてことだ。
 おれは、なんということを。




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