4 それから土方は、再び取調と残務処理に奔走する日々を送った。 対処に困ったのは、それから一週間経った日の早朝、分厚い紙束が正門の隙間に捩じ込まれていたときだった。 『辻斬犯の情報』 と見慣れぬ字で書いた表紙が貼り付けられており、屯所は朝から騒然となった。土方にその書き付けは回され、検証の結果、最後の辻斬りに関する情報であることが判明して、再び屯所は騒然となった。 誰が投げ込んだ文書なのか。それだけが不明であったが、それからさらに数日後、市中で桂が目撃され、沖田が捕縛に走るという事件があった。 「逃げ足の速え野郎でさ。例によって逃げられやしたがね」 沖田は珍しく笑って土方に報告したのだった。 「怒られやしたよ。『俺が代わりに調べてやったおかげで楽したくせに、この恩知らずが!』って」 文書によれば、最後の被害者は初期辻斬りの犯人であった。そして同時に、元鬼兵隊隊士であり、高杉晋助の逆鱗に触れたため本隊から遁走した者であった。 おそらくは最後の辻斬りの下手人は河上万斉。常の武器である三味線仕込みの剣ではなく木刀を使ったのは、今までの事件に紛れて犯人情報を隠蔽させる目的だったのだろうと推察して文書は締め括られている。 つまり、高杉の意に反して事件を起こした男が高杉の制裁を受けて死亡した、というのが真相であると文書の主は暗に示していた。 なにゆえにその男が密輸団の計画を阻害したのか。その点には文書は触れられていない。 これを桂が書いたのだとして、何故真選組に知らせようと考えたのか。 それは桂に聞くしかないが、桂は相変わらず逃亡中だ。 坂田が斬った男は命はあったが重傷で、供述が取れるようになるのに時間が掛かった。 病室でやっと聴取を始めると、その男は商人事件の犯人であることがわかった。 「なんで初回の捕物にはいなかったんでィ」 「殺し専門の部隊だからだ。部隊っつっても一人だがな。荷のやり取りには関わってねえ」 「ウチがやり合ったのは?」 「取引中の護衛部隊だ。腕は立つが、殺し担当には劣る」 「分散させといて、一網打尽を防いだと?」 「そういうことだ。ところが護衛部隊がお前に叩きのめされて首謀者が捕まったんで、俺と取引するために俺を狙ってるあのガキを側に置いてたってわけだ」 「じゃあコイツがいちばんデキる奴だったってことですねィ」 沖田は調書を斜め読みして、無表情に肩をすくめた。 「やっぱり旦那は凄えや。肋砕けて内臓イッてンじゃねえですか」 たった一撃だった。それも、狙い澄ました一撃ではなかった。取り急ぎ退けるために、咄嗟に繰り出した剣だった。 「俺も見てやした。旦那が殺る気だったら即死でしたぜ。アンタを庇うのが先って肚だったから、やっと助かったんでィ」 「……」 庇われたのだろうか。 坂田の腕が身体に絡む感触は今も残る。 撃たれたのかと思った。 局長の二の舞で、今度こそ撃たれたのだと。 碌に呼び掛ける声も出なかった。 それでも坂田は答えたのだ。 土方、と。 「アンタ手こずってやしたね。それをついでの一撃って。さすがとしか言いようがねえ」 「は!? 俺もやれたし!」 「やれてやせんでした。それに旦那の標的はアレじゃねえ。もっと格下の、あのガキでした」 アレですよアレ、と沖田は呟いた。 「俺ァ最初、旦那が狙われてンじゃねえかと思ってた。殺気ダダ漏れでしたからね、最初に屯所に来たとき」 「俺は知らねえっつっただろ」 「あのガキ、いつから上京してたんですかねィ。旦那の狙いが当初からあのガキだったとは思えねえんだが」 「……アレが標的ならさっさと片付けてただろう。生かして江戸から追い出すくらい万事屋なら造作もねえ」 「誰をなんで、あんなにギラギラの殺気丸出しで追っかけてたんですかねィ」 沖田がかすかに笑ったのを確かに見た。だが問い詰めてももう沖田は碌に答えず、アイマスクを下ろしたのだった。 武州出身の新人たちが、進退伺を提出してきた。 土方はそのまま近藤に回した。もちろん、辞める必要はなしと告げるためである。 局長直々に諭され、全員退職を思い止まった。その足で副長室を訪ねてきたので、土方は内心冷や汗を掻いた。 「申し訳ありませんでした」 代表として、いつも土方に呼び出されていた隊士が手を突く。後ろで全員一斉に頭を下げている。 「何がだ」 「その、いっときでも副長を……あの、」 「内通者じゃねえかって疑ったことか」 「あっ、はい、その」 「疑うのは悪くねえ」 「え、」 「無闇に信じていいのは局長だけだ。その他は疑っとくくれえがちょうどいい」 「……でも、」 「ただし、確信するまで口外するな。テメェの腹の中で探っとけ」 「!」 「疑わしい段階でペラペラ喋るから全体に動揺が拡まる。まあ、あのガキにそうしろと言われたのか、上手くそう持ってかれたかってとこか」 「……」 「弔いはしてやったのか」 「ッ、しかし、」 「近藤さんが弔ってやれと言ってたぞ。狙撃された本人が言うんだから仕方ねえ」 局長命令により、今回の件は不問。近々再び各隊へ編成して現場復帰となる。 「……ありがとうございます」 「俺じゃねえ。局長に言え」 「いいえ。副長、ありがとうございました」 土方の進言でもあることを、すでに新人とは言えなくなった彼らも理解したのだろうか。 最後の戦いはどういう経緯で起きたのか。 捕らえた浪士たちへの尋問からわかったのは、あの日の標的は土方だったということだ。 土方の見廻りルートを把握した彼らは、新月を選んで襲撃計画を立て、待ち伏せした。あの日土方があの場所を通り掛かったとき、背後から数で襲うつもりだった。 そうして張っていたところへ、斬り込んできたのが坂田だった。 『イヤ強えのなんのって。たった一人だ、数ではこっちが圧倒的に有利なんだから負ける道理がねえ。それが、あっという間に半分沈められて、嘘だろって』 突然襲撃に遭った驚愕から立ち直ってもなお、まったく歯が立たなかったという。 『何とか囲んで形勢を立て直し掛けたときに、副長サンが助っ人に来てな。俄然やる気出しやがって、もうまるで敵わなかったよ』 『副長にZ?』 『いやいや。あの白髪の侍にさ』 坂田からの事情聴取はできていない。 坂田は相変わらず万事屋に戻らないが、志村新八は出勤してくるようになった。神楽も戻り、留守番をしている。 『銀さんですか。今週中には戻るらしいですよ。なんか借金がどうのって言ってました。居場所なんか言うわけないじゃないですか、あのチャランポランが』 山崎を遣わしたが捗々しい返答はなかったそうだ。 とはいえ、今回は協力感謝である。坂田への事情聴取は後回しになっている。 章一覧へ TOPへ |