3 志村新八と神楽の注進を受け、真っ先に増援に駆けつけたのは沖田総悟率いる一番隊だった。 その中には、一番隊隊長の命により、急遽編入した新人隊士たちの顔があった。 そんなことは、土方の知るところではない。 だが、瞬時に理解できたのだ。 ここしばらく、沖田が珍しく隊士の稽古を熱心につけていた理由を。 「坂田、手を出すな」 坂田の耳に届くとは思えなかった。それでも知っていた。坂田には、きっと届くと。 果たして坂田はピタリと足を止めた。 そのまま正反対に向きを変え、土方目掛けて全力で走ってくる。みるみる近づくのを、ただ見守るしかない。 再び、今度は両肩を痛いほど強く掴まれた。 「無事か」 「……ああ」 「全部返り血か」 「ああ、」 「撃たれてねえ、よな?」 「ああ」 「……」 坂田はそのまま目を閉じた。 肩に食い込む指が痛い。 無言の時が流れる。 しばらくして、掠れた声がした。 「残りは総一郎くんに任せていいんだよな」 「もうとっくに片付けた」 「じゃあ、アレが片付けば終わり、でいいんだな?」 「アレってのは、あのガキのことか」 「それ以外いないよね」 「アレよりそこの……テメェが最後にぶっ倒した奴。そっちのが重要参考人だ。テメェの一撃で死んだかもな」 「あのガキは」 「総悟め。失敗したら切腹だ」 その男は、真選組一番隊に囲まれていた。 隊士たちの顔を睨みつける。憎々しげに、一人一人。 「お前ら、俺を斬れるのか」 「我々は元より真選組隊士である。真選組に仇なす者は、斬るのが務め」 異様なのは、囲んだ隊士たちが全員涙を流していたことである。 剣を正眼に構え、たった一人の敵を中心に囲んで、彼らは泣いていた。 「剣を取れ。俺たちと最後に戦え」 「もうお前らに教わってた頃の俺じゃない」 「我々も、お前の知る我々ではない。いざ尋常に、勝負」 男は銃を捨て、剣を拾った。取り囲む男たちは、敵が剣を構え、戦う準備が整うのを待った。 男が吠えた。 輪の一角を崩すべく、男は斬り掛かる。その先に居たのは、 「参る」 四番隊にいた隊士。土方とともに西道場に赴き、自分より目端が利く者がいたと語っていた男。 浅い撃ち込みを力強く跳ね、上段から斬り下げる。が、相手は剣を跳ねられた衝撃でよろめき、横へ逸れていた。 隊士たちは素早く移動する。再び男を囲み直す。 迷いのある剣は、一つもない。 逸れた先で対峙するのは、土方にたびたび呼び出された、あの新人隊士。 かつての友人を疑うことなく、ともに真選組で戦うことを夢見ていた。 男が体勢を整えるのを、彼は待たなかった。 たった一刀。左上段から右へ。 あっけなく勝負は決まった。 局長・近藤勲狙撃犯は、一番隊によって誅殺された。 一番隊の後から駆けつけた護送犯により、残党は全員捕縛された。 坂田銀時に倒された容疑者たちは全員重傷で、その場から屯所ではなく病院へ送られた。自らを辻斬りの犯人と匂わせた男も、意識不明のまま病院へ運ばれた。土方に斬られた容疑者たちももちろん重傷で、事情聴取はずっと後になりそうだな、と土方は煙草に火をつけながらぼんやりと考える。 坂田が消えていた。 あれほど通じ合ったように感じたのに。 終わった途端に坂田は姿を消した。そしていなくなったことに、土方は気づかなかった。 所詮、一時の繋がりだったか。 ふう、と煙を吐き出すと、漆黒の闇に白い煙が消えていった。 もう、思い残すことはなかった。 捕縛した容疑者を取調べて、さらには警察庁経由でそもそもの首謀者を捕らえる。辻斬りは、そちらから聞き出した情報を元に捜査すれば良い。 今回の協力者として、坂田はこの事件では完全に潔白となる。 終わったのだ。すべて。 坂田の疑惑を晴らすことも。 土方の、坂田への想いも。 それでいい。 土方は思う。 明日からは、赤の他人に戻る。 もともと他人だったのだ。元に戻るだけだ。 このタバコの煙より儚い関係だった。 ほんの一時間足らずの繋がりを、生涯忘れることはないだろう。 言葉は要らなかった。ただ呼吸をするだけで、通じ合えたあのひととき。一生分の愛情を受け取った気がする。 それが心安らぐ場所ではなく血みどろの戦場であることも、如何にも『鬼』の自分らしい。 坂田が二度と土方の前に現れなくても、あのひとときの記憶があれば生きていけると思った。 時間にすれば僅かだったとしても、坂田への想いは確かにあのとき形になったのだから。 これで坂田銀時が明日から平穏な日々に戻れるのなら、もう何も望むことはない。 副長、と呼ぶ声がする。 土方は煙草を投げ捨て、火を踏み消した。 残った煙が風に流れ、完全に消えた。 章一覧へ TOPへ |