翌朝は完全に寝不足だった。
 理由は言うまでもない。そのまま深夜テンションで忍と二人でモ●ハン4を始めたら、なかなか終わらせられなくなって結局寝たのが空が白み始めた頃だったから、だ。
 実質的な睡眠時間は二時間も無いと思う、たぶん。

「くあああ……」

 下駄箱に外靴を放り込み、上履きへ足を突っ込みながら大きくあくびする。視界が涙で滲んだけれど、それを拭うのさえ億劫だった。
 ああ、早く帰って寝たい。そしてゲームしたい。背後から声をかけられたのは、ぼけーっとした頭でそんなことを考えていた時のことだった。

「八木君、ワイシャツの裾はちゃんとしまってください」

 冷たい声にかたい口調。厳格そうなそれに自然背筋が伸びる。
 やばい、君島風紀委員長だろうか。今更遅いとは知りながらも、だらしなく出しっぱなしなワイシャツの裾に手を伸ばして慌てて振り返る。

「うわっ、すいません委員……ちょ、う……?」

――あれ?

 振り返った先にいた人物が想像と違っていたことに、俺は首を傾げる。

「うっそぴょーん!」

 その人……オレンジ色の髪を揺らしてにっかと笑ったうーたんは、バチンとウィンクしながら心底愉快そうに言った。

「めーちゃんったら、もー、こんなヘッタクソな物まねなんかで簡単にだまされちゃってぇ。かーわいー!」
「……もー、おどかすなっつうの。マジで君島委員長かと思って焦ったじゃん」
「あはは、ごっめーん!」

 いや、別に君島委員長だったとしても、ワイシャツの裾だしっぱだったくらいでそんな大変なことにはならないだろうけれど。なんというか、気分的に。
 はあ、と溜息をついて肩を落とす俺に、うーたんはケラケラ笑いながら全く反省の色が見えない謝罪を述べる。

「あ、ていうか。そんな話をしにきたんじゃなくって〜」
「うん? うーたん、俺になんか用あったの?」
「うん!」

 なんだろう。うーたんが俺に用事なんて珍しい。例えなにかあったとしてもリプライやメールでだって連絡できるだろうに、よっぽど重要なことなんだろうか。
 それにしてはやたら笑顔なうーたんに首を傾げかけたとき、うーたんは口を開いた。

「めーちゃん、お誕生日おめでとー!」
「!?」

 まさか、うーたんまで?
 去年のこともあり俺の誕生日を知っていた忍はともかく、それよりもっと後にツイッターで知り合ったうーたんが、どうして俺の誕生日を知っているのだろう。
 そんな俺の疑問が表情から見て取れたのか「あのね」とうーたんはタネ明かしする。

「実はね、めーちゃんが転入してくる前に人物情報? みたいな書類が風紀に回ってきてねー。それに誕生日のってたから、見ちゃった!」

 それで覚えてたんだー、とうーたんは軽く言うけれど。
 えっ、なに? 人物情報みたいな書類、って。怖すぎなんだけど。一体俺はうーたんや君島委員長にどこまで知られてるんだろうって、怖すぎなんですけど?!

「まあ、そうじゃなくてもめーちゃん夜中に呟いてたしね〜。誕プレがどうの〜って」
「っあ、ああ!」

 そうだった。モン●ンが楽しすぎてすっかり忘れていた。
 ていうか、なんか、駄目だな今日。寝不足すぎて頭が回っていない感が酷い。

「ほんとは俺もプレゼントとか用意したかったんだけどね〜。めーちゃんが何好きかよくわかんなくってさぁ」
「いやいや、いいからそんなん! 祝ってもらえただけで嬉しいから!」

 まじでありがとう、と感謝の言葉を繰り返す。こういうときどんな顔すればいいかわからないの、じゃないけれど、こういうときってどんな風に感謝を示したらいいのだろうか。家族以外に誕生日を祝われたことがあんまりないから、正直、嬉しさはもちろんのことながらもちょっぴり困惑してしまう。

「ほんとに、……ほんとに、ありがと。うーたん」

 感謝の気持ちが伝わるように、と一音一音噛みしめながら繰り返せば、うーたんは一瞬きょとんとしたのちに、ふわりと微笑みを浮かべた。

「あはは、どういたしまして」

 言葉と同時に、うーたんの大きな掌が頭上に下りてくる。さわさわと髪を優しくおさえつけるように撫でられる感触を、俺はじわじわと身体中に染み込んでくる喜びを噛み締めながら、黙って受け入れた。

「喜んでるめーちゃん、ちょーかわいい〜!」

 うーたんのその言い方と笑顔のほうが可愛いと思うけど、と俺は心の中だけで返した。





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