05
ぽっかーんと、大口開けて何も言えなくなってしまう俺たちをよそに、大鳥悠里はまだまだ続ける。
この俺を無視するだなんて信じられないだとか、左利きを直さないなんておかしいだとか、お前ら美的感覚おかしいんじゃねえのとか、とかとかとか。
正直、わめく声が煩すぎてほとんど聞き流してたから解らないけれど、たぶん、そんな感じのことを言っていたのだと思う。
一通り言い切ったらしく、どうだわかったかと言わんばかりの顔をする大鳥悠里。俺はなんだか、こんなわけの解らないやつのせいで左手を負傷する羽目になって、更にはせっかくの夕食タイムを邪魔されたのかと思うと、腹立たしくて仕方なかった。
そうして、気付けば。
「――じゃあ、」
しいんと静まり返った食堂のなか。がたりと一際大きな物音を立てて椅子から立ち上がると、スッと、大鳥悠里のすぐ後ろに立っていた生徒会長を指差した。
「俺の生まれつきの左利きがおかしいっていうんなら、そこの生徒会長サマはどうなんですか?」
その金髪、生まれつきなんですよねと続ければ、突然引き合いに出したことに戸惑いつつも、こくりと頷く生徒会長。生徒会役員はみんな大鳥悠里の信者だと聞いていたから、どれだけひねくれたやつなのかと思っていたけれど、案外素直らしい。
そのギャップというかが可笑しくて薄く笑う。
「だったら、会長サマだっておかしいんじゃないんですか? 日本人なら普通は黒髪でしょう。そりゃ、多少色素の濃い薄いで違いはあるかもですけど、普通は黒髪じゃないんですか?」
普通は、と強調するように再度繰り返す。
「なら、生粋の日本人だってのに生まれつき金髪な会長サマは、君風に言うと『おかしい』んじゃないんですか?」
「あっ、葵は良いんだよ!」
「どうして。俺と会長サマじゃなんか違うの?」
ああ、葵っていうのは生徒会長のことだったのか今更納得しながら、純粋に疑問に思ったことを言えば、ぐっと押し黙る大鳥悠里。
とどめとばかりに、もう一押し。
「君が俺に言ったのは、会長サマに向かって『日本人なのになんで金髪なんだよおかしい黒染めしろよ!』っていうのと同じなんだけど」
そこら辺、自覚した上で彼は言っているんだろうか。もし無自覚だとしたら、タチが悪すぎる。
「……ていうか、こんなかにも他にも左利きの人くらいたくさんいるでしょう」
バツが悪そうに目を泳がせる大鳥悠里に更に言えば、食堂内がざわざわと騒がしくなる。僕左利きなんだよね、俺も、というような賛同の声が、あちらこちらから聞こえてきた。
それは、大鳥悠里の耳にもちゃんと入っているらしい。どんどん顔色が悪くなっていくのがおかしかった。
そこで、突如ゴホンと咳払いの音。見れば、いつのまにやら大鳥悠里の隣に立っていたあの爽やか系イケメンが、神妙な顔つきで片手を上げていた。
「どっ、どうしたんだ?! 航平!」
こうへい、というらしい彼は、あのさ、と心底気まずそうに口を開く。
「悠里には言ってなかったけどさ、俺も矯正して両利きになったけど、元は左利きだぜ」
普段は右ばっか使ってるけど、との言葉に、大鳥悠里はハッと目を見開く。
その表情に俺は、知らなかったとはいえ、実質的には友達だろう彼まで貶したことになってしまったことを後悔しているのだろうか、と思った。
――が、その考えは甘かったらしい。
「〜〜〜っ、なんだよ!!!」
「へ、」
「なんなんだよ、みんなして、俺のこと仲間外れにしやがって! そういうの、良くないんだぞ!!!!」
いやいや、仲間外れって。良くないんだぞ、って。言うに事欠いてそれか。と、もはや呆れを通り越して笑ってしまいそうになる。
「なんだよっ、なんなんだよ! もう!!!!」
まるで癇癪を起こしたこどものように――いや、まるでというよりはそのものかもしれない――ダンダンと地団太を踏むと、大鳥悠里は自分をかばってくれる人がいないことが嫌になったのか、逃げるように走り去ってしまった。
バタン、と乱暴に食堂のドアが閉められたところで、隣の真生さんがポツリと呟く。
「なに、あのガキンチョ」
その言い方が容赦なさすぎて、俺は今度こそぷはりと笑ってしまった。
・
・
・
「あーあ、どうしますか。これ」
しばらくの間の後。
大鳥悠里を追うように生徒会連中が食堂を去ったところで、俺は倒されたテーブルを指差して言う。付近には、俺のハンバーグやら真生さんの和食御膳やらが割れた食器とともにグチャグチャになっていた。
もったいないなあ。溜息を吐く。
「とりあえず、清水くんは手を出さないでくださいね?」
「……俺、そんなに何回も怪我したりしませんよ?」
釘を刺すように、ひどく真剣な顔をして日下部さんが言うものだから、なんだか子供扱いされているようで悔しくなって言い返す。けれど日下部さんは、いいえと首を振った。
「そうであったとしても、私が心配だから、手を出さないで欲しいんです」
真正面から俺を見つめて、懇願するように言う声はちょっとだけ震えていて、俺は妙な気恥ずかしさに襲われる。
「いいですか」
「わ、かり、ました」
ていうか、それ以外の返事は許してくれないでしょう、きっと。
仕方なしにこくりと頷けば、嬉しそうに破顔する日下部さん。そのあたたかな表情に、俺は、やっぱり撮りたいなあという衝動に駆られた。
ああ、今ここにカメラがあればいいのに。三日前から寮の部屋におきっぱなしのそれを思う。けれどすぐに、あったとして包帯ぐるぐる巻きのこの手では重たいカメラを支えることすら困難だということに気付いた。
そういえば、病院から帰ったら日下部さんに会いに行くって、そればっか考えてたけど、この怪我じゃあしばらく休業しなきゃなんだよな。すっかり忘れてたわ。
弱ったなあと、例の黒髪のウェイターさんを呼んでテキパキと片付けの指示を出す日下部さんを見ながらぼんやり考えていると、不意に「あのさ」とためらいがちな声が掛かった。
そちらを見遣れば、あの航平くんとやらの姿。
「あれ、転校生のこと追いかけなくていいんですか?」
確か、生徒会を始めにして彼もあの転校生のことが好きだとか小耳に挟んだことがあるのだけれど。気のせいだったかな。
特に何も考えずに言えば、うっと返事に詰まる航平くん。
「いや……なんていうか、もう、いいかなって」
「いいかなって言うと?」
「ちょっと、地雷踏まれちゃったんで」
もう無理ですね、と困った風に笑う航平くん。なるほど。
「地雷踏まれちゃったならしゃあないですね」
「そう、しゃあないんです」
「ははは。じゃあ一緒に夕飯食べます?」
これ片付いてからだけど、と物凄いスピードで片付けられていく床を示して提案する。航平くんは、それにきょとんとしてからこう行った。
「いいの?」
「いいよ」
「おい、こら」
「あっ、真生さん良くなかった?」
勝手に一人でオーケーしてしまってから、間に割って入ってきた呆れ声に慌てて問いかける。すると真生さんは、ハア〜と大きく溜息を吐いたのちに、駄目だこりゃと言わんばかりに首を振った。
「違う、良いよ。僕は良いけど、そうじゃなくってさ……」
「なんか問題ありました?」
「……ううん、ないよ。ほんとはあるけど」
ぷは、なんじゃそりゃ。
「あるけど、僕にあんなこと言ったあんた相手じゃ無いに等しいようなものだから。いいの」
「さいでっか」
「そうですよ」
言い合うと、俺と真生さんは意味もなく顔を見合わせて、それから同時にぷはりと噴き出した。
「清水くん、高橋様。テーブルが片付け終わりましたよ」
さて、仕切り直しと行きましょうか。
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