04






「申し遅れました。私、この食堂でウェイターをさせていただいております、日下部透(くさかべとおる)と申します」
「くさかべさん」
「はい。改めて、よろしくお願いいたします」

 ハンバーグ付のフォーク片手に軽く会釈するウェイターさん、改め日下部さんに、俺はイケメンは名前までイケメンなんだなあなんてことをぼんやり考えた。
 ……あれ、なんか前にも似たようなこと考えたことがあるような……?

「――気のせいか?」
「? なにがよ」
「や、なんでもナイデス」

 俺の独り言を耳ざとく拾ってた真生さんにぶんぶんと首を振って、俺はまたあーんと日下部さんに向かって大きく口を開けた。ハンバーグはまだ半分ほど残っている。冷めてしまったら勿体ない。そんな思いから早く早くと目で日下部さんを急かした。
 にこやかな笑みを浮かべた日下部さんが、またハンバーグの欠片をフォークに刺してくれて。そんな光景に真生さんが呆れたような顔をしながら、ちょうど運ばれてきた和食御膳に手を付けようとした――その時。

 ぎゃああああああ! と、嫌な悲鳴が食堂の入り口のほうから聞こえてきた。
 思わず真生さんと顔を見合わせる。思いっきり顔をしかめたその姿に、俺は自分の予想が恐らくは正しいことを悟って、慌てて日下部さんが差し出すフォークの先にかじりついた。

 一応言っておくと、別に食い意地を張っているわけではない。断じて違う。単に、今このタイミングを逃したらこのハンバーグを食べれなくなると本能的に悟っただけだ。
 そして、そんな俺の直感は案の定正しかったようで。

「あーーーっ!!!」

 ごくりと口の中のものを嚥下した直後、やかましい声と共にばたばたと慌ただしい足音が近付いてきた。真生さんの顔が更に険しさを増していく。
 「触らぬ神にたたりなし」じゃないけれど、俺は般若のような顔になってしまっている真生さんにそれに近いものを感じた。けれど、騒がしさの正体であり元凶である「彼」には、そんな危機察知能力は備わっていなかったらしい。

「お前、こないだの!」

 親衛隊のやつ! と叫ぶと、彼――俺の左手の怪我の原因である転校生の大鳥悠里は、グイと真生さんの肩を掴んで無理矢理振り返らせた。その勢いで、真生さんが手にしていた箸がからんと音を立てて落ちる。
 またか。と、周囲の状況をまったく顧みない乱雑さに眉をひそめる真生さん。

「なんなの? 急に。僕、食事の途中なんだけど?」
「俺! あれから考えたんだ!」
「だから、何をよ」
「葵たちのことだ!!!!」

 あおい? って誰だ? っていうかうるせえ。
 やたらと感嘆符の多い大鳥のしゃべり声に思わず耳を塞ぎそうになる。

「いいか!」
「何がか解らないけど、とりあえずよくない」
「俺は! お前らになんて言われようと、絶ッ対に! 絶対にこいつらから離れないからな!!!!」
「いやだから、よくないって……」
「だって、俺たちは友達なんだから!!!!!!」

 よくないって言ってんじゃん、とボソリ呟く真生さんの声なんて完全無視で、大鳥は声高らかに宣言すると「どうだ!」と言わんばかりに上体をそらせた。……いやあ、そんなドヤ顔されても。とりあえず人の話を聞け、としか言いようがない。
 真生さんは、だめだこりゃと言わんばかりにひらひらと手を振ってウェイターさんを呼んでいる。箸を落としたので新しいのをくださいと伝える声を聞きながら、俺も大鳥から視線を逸らして日下部さんに向き直った。ハンバーグ、ください。

「はい」

 言わずとも日下部さんは解ってくれたようで、すぐさまハンバーグを切り分けてくれる。そして差し出されたフォークの先にまた齧りつこうとした――俺を、

「おい! お前!!!」

 背後から乱暴に投げつけられた怒声が止める。
 不快感で一杯になりながら振り返れば、目を鬼のようにした大鳥がこちらを向いていた。今度はいったいなんなんだ。

「お前、なんで人に食べさせてもらってんだよ?!」
「……ハァ?」

 怪訝そうな声を上げたのは俺じゃない。新しいお箸を受け取っていた真生さんだ。でも、「ハァ?」って言いたいのは俺も同じ。
 ハァ? お前がそれを言うのかよ、といった心情だ。

「これ」

 ぐい、と包帯の巻かれた左手をこれでもかとばかりに大鳥の眼前に突き付ける。

「怪我、してんです。左手」

 どっかの誰かさんに突き飛ばされたせいで、と嫌みっぽく付け足した。どっかの誰かさんが真生さんじゃないことは言うまでもないだろう。
 いっそ、オブラートなんかに包んだりしないで直接「お前のせいだ」って事実を突き付けてやろうか。そんな考えがチラと脳裏を過ったとき、ぐいとテーブルの上に置いていた右手を取られた。

「でも右手は無事じゃんか!」
「まあそうですけど、おれ――」
「だったら自分で食えるだろ?!」
「――俺、左利きなんですよ」

 ていうか、じゃなきゃわざわざ左手を出してこないだろうが。途中言葉を遮られたことにイラッとしながら笑顔を取り繕って答えた。
 すると、

「そんなのおかしい!!!!!」

 意味の解らない全否定の声が、真正面から投げつけられた。は、あ? おかしいって、なにが。

「普通はみんな右利きだろ? なんで左なんだよ!」
「なんでって言われても、生まれたときからずっと左だし」
「じゃあ直せよ!!! なんで矯正しなかったんだよ?!」

 おかしい、おかしい! と大鳥は繰り返す。俺はどうしてそんなに左利きを否定されなければいけないのかが解らなくて、ただただ気味が悪かった。
 なんとなく不安になって、救いを求めるように日下部さんに目を向ける。
 別に、俺、おかしくないですよね? 他にも左利きの人なんていくらでもいますよね? 視線だけで問い掛ける俺に、にっこり、天使のような微笑みを返してくれる日下部さん。

「はい、なにもおかしくないですよ」

 ですよねー。
 内心でひどく安堵しながらも、そんなことはおくびにも出さず、俺は差し出されたフォークの先にかじりついた。うん、やっぱり美味しい。

 もぐもぐと咀嚼しながら、俺は改めて大鳥に向き直る。ぼさぼさの黒髪に今時見つけるほうが大変そうなビン底メガネ、しわくちゃなワイシャツによれよれのセーター。明らかに「おかしい」のはそっちだと言いたくなるような、できることならお近づきになりたくないタイプの容姿の彼。
 けれど、外見にそぐわない中身と同じく、後ろに従えている人々も無駄に派手だった。

 名前は忘れたが、生まれつき金髪だとかいうワイルドイケメンな生徒会長に黒髪メガネの和風美人な副会長。どっちがどっちか分からないそっくり双子の書記と会計はジャニーズ系。
 他にも、なんだか爽やかそうなイケメンとかちょっと目つきの悪いイケメンとかがいる。よくもまあこれだけ美形ばっか集めたもんだと関心してしまう。
 ふんふんと一人頷きながら、また日下部さんにハンバーグを催促した。が、先程からのやりとりだけでも解るように、自己顕示欲の塊である大鳥には、俺のそんな態度が我慢ならなかったらしい。

――がっしゃん
 つい先日も聞いたような音と共に、俺たちのテーブルが派手に突き倒されていた。
 呆気にとられて、ぽかーんと口を開けたままその突き倒した輩を見つめれば。

「俺を無視すんなよっ!!!!!」

 集まった三つ分の視線――言わずもがな、俺と日下部さん、真生さんのものだ――にどこか満足げにしながら、大鳥悠里はそうのたまった。
 えええ、なんじゃそりゃ。





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