02
「とっ、とにかく保健室!」
どうしたもんかなぁなんて頭を抱えたとき、ウェイターさんは大声でそう言った。かと思うと、一体全体何を思ったのか、突然ふわりと俺の体を抱き上げ……えっ?
「えっ、ちょ、ちょっと待って!?」
ケガしたのは左手だけであって、足は無事なんですけど? 別に普通に歩けるんですけど! しかもなぜに姫抱き!?
まさかの事態に、今度は俺のほうがアワアワする番だった。
「いいから! ちゃんと捕まってて!」
利き手をケガしたってのに、どうやって「ちゃんと」捕まれっちゅーんだ。考えているようで考えていないウェイターさんの行動に、なんだかもはや呆れてしまいながら、俺は無事な右手でひしとウェイターさんの首に抱きついた。
その拍子に、ウェイターさんの首筋からふんわりと甘いにおいがして、なんとも言えない気分になる。
そんな風にして食堂を去る、直前。
「…………うん?」
ちょっと血溜まりのできた場所付近にぺたりと座り込んで、今にも泣きそうな顔をした子と目が合った。ふわふわとした髪が特徴的な子だ。
この子はチワワっぽいなぁ、なんて漠然と思ってから気付く。きっとこの子がさっき転校生と言い争っていた子で、そんでもって多分、転校生に突き飛ばされて俺にぶつかってきた子だ、と。
ごめんなさい、とその唇がちいさく形づくるのを目にとめて、俺は笑った。
――大丈夫。確かに左手は痛いけど、君が悪いわけじゃないから。
ついでに手でも振ってやろうかなと思ったとき、それより早く食堂の扉が閉まってしまった。残念。
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「うーん……これはちょっと、さすがにここじゃあ手に負えないねぇ」
「でしょうね。手だけに」
「そう、手だけに」
「先生も清水くんもふざけないでくださいっ!」
とりあえず破片を引き抜いて、俺の手の傷を見てくれていた保険医とふざけあっていたら、ウェイターさんががうっと吠えた。敬語は戻ってしまったけれど、さっきは子犬だった彼はいつのまにやら成長してしまったらしい。今はなんだか番犬のようだった。
「まあとにかく、街の病院行こうか。車出すからさ」
「はーい、お願いしまーす」
「わっ、私もご一緒してもよろしいですか!」
「……えっ」
え、来るの? このウェイターさんついてくるの?
別に、あの時あそこにお皿の破片があったのだってウェイターさんが悪いんじゃないんだし、そこまでしなくてもいいのに。
さすがに申し訳ないと断ろうとした、けれど。
「駄目でしょうか……?」
「うっ、」
いつぞやのアイフルのCMのチワワちゃんのようなつぶらな瞳を見てしまったら、そう無下に断ることも出来まい。
しかしだからと言って、本当に彼についてきてもらうわけにもいかないだろう。まだウェイターとしての仕事も残っているだろうし。そもそもいつ帰れるようになるかも解らないし。
……ううん、これはなんと返すべきか。迷った末に、俺は。
「ええと、じゃあ……病院から戻ってきたら真っ先に食堂に行きますから。それじゃあダメ、……ですかね?」
とりあえず、折衷案を出してみた。
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お医者さんいわく、
「全治3ヶ月ですね」
とのことだった。
意外に神経とかはやられていなかったらしい。治るまで大人しくしてればちゃんと元通り動くようになるよ、と言われて心底ホッとしたのは言うまでもない。
傷口を縫ってもらって、一応入院することになって、化膿止めを打ってもらったりして。
結局、ウェイターさんとの約束を果たすことができたのは、それから三日後の夜のことだった。
「…………いない、なぁ」
相変わらずザワザワ騒がしい食堂内を、キョロキョロ見渡しながら進む。あのウェイターさん、背が高かったしなんか目立つし、すぐに見つかるかと思ったんだけど。予想外に見つからない。
「とりあえず、なんか頼むか」
腹減ったし、と近くに空席を見つけて俺は腰を下ろした。そのとき、不意に一人のウェイターさんと目が合う。こないだの人とは違う、黒髪の人だ。
その人は俺の顔をじっと数秒見つめたのち、包帯でぐるぐる巻きにされた左手に目をとめて、何か合点が行ったような表情をしてどこかに消えていった。
「……なんだったんだ、今の」
思わず口に出したその疑問は、すぐに解決した。
「っ、清水くん!」
黒髪のウェイターさんが、こないだのウェイターさんを連れてきたことによって。
「おっ、おっ」
「お?」
「おかえりなさい!」
なるほど。俺を見掛けたら教えてとでも言われてたんかな、なんて一人ウンウン頷いていると、ウェイターさんは前のめりになりながらそう言った。
微妙に緊張した顔をして、なにを言うかと思えばそんなことか。と、俺はちょっと苦笑気味。
「……ただいま、です」
「っ、はい! おかえりなさい!」
たったこれだけで、ぱああっと顔を輝かせて見えない尻尾をぶんぶん振っているあたり、やっぱりウェイターさんかわいい。
「怪我の具合、どうでしたか?」
「全治3ヶ月らしいです」
ちゃんと元通り動くようになるそうですよと付け足せば、あからさまにホッとした顔をされた。「良かったです」と笑う顔がなんだか眩しくて、思わず目を逸らす。
ていうか、いま気付いたけどこの人、イケメンだ。それもかなり。なんか、勝手にわんこ扱いしてたのが申し訳なくなってくる。
謎の気まずさから逃れようと、俺は卓上の注文用タブレットに手を伸ばした。何食べよう。腹減ったなぁ。
「……あの、清水、くん」
「はい?」
あ、ハンバーグおいしそう。なんて思いながら操作をしていると、ウェイターさんが恐る恐る声を掛けてきた。顔をあげれば、どこか言いづらそうな顔で続けられる。
「清水くんは、利き手が左だと伺ったんですが、」
「あー……ハイ。そうなんですよねぇ」
あっちゃあ、そうだった。ウェイターさんに会わなきゃって、病院から帰ってくる途中そればっかり考えてたから忘れてた。
いま右手しか使えないから、使えるのはせいぜいフォークかスプーン。ナイフで切らなきゃならないハンバーグなんてもっての外だ。
ううう、食べたかったなぁ。ハンバーグ。ビーフシチューもだけど、高い肉使ってるだけあってここの肉料理うまいんだよなあ。
後ろ髪を引かれつつ、今日のところは諦めるかと別のページに飛ぼうとしたとき。「あの」と、再びウェイターさんの声。
「もしよろしければ、その……食事、お手伝いいたしましょうか?」
食事の手伝い、というと。まあきっと恐らく、いわゆる「あーん」をしてもらうことになるのだろう。
衆人環視のこの食堂で、イケメンに、あーんされる。考えただけでも羞恥のあまり死んでしまいたくなる状況だ。
けれど、
「お願いシマス」
ハンバーグの誘惑に負けた俺は、一も二もなく頷いた。
だって、病院食くそまずかったんだぞ! それで目の前のメニューに超うまいって知ってるハンバーグがあったら、食べるしかないだろうが!
自分にそう言い訳しながらも、俺の指はすいすいと動いてハンバーグを注文していく。
ご注文は以上でよろしいですか?
→YES NO
「YES、っと」
何はともあれ、ハンバーグ楽しみです。
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