07






 翌朝。いつも通り日下部さんと登校した俺を迎えたのは、どこか困惑した様子のクラスメイトたちだった。

「あっ、清水! やっと来たか、お前」
「おっせーよ!」
「ってかお前、マジでなにしたんだよ」
「……はい?」

 なにしたって、いったいなにが?
 疑問を疑問で返せば、俺を取り囲んでいたクラスメイトたちは一様にきょとんとした。

「まさかお前、しらねぇの?」
「や、だからなにが?」
「今日付けで、一年の会長ファンのやつが停学になったって」
「それも一週間」
「ちなみに、停学の理由は『学内で禁止されている制裁行為を行ったから』だとよ」

 つまり、それって。

「俺に制裁した子が停学になった、ってこと?」

 与えられた情報から導かれた答えを口にすれば、そうだそうだと力強く頷かれる。ええー、まじでかー!

「昨日の今日でとか、いくらなんでも早すぎませんかね」
「そうですね。まあ、十中八九……というか確実に理事長の仕業でしょうね」

 仕業と言うのもあれですが、なんて言って、日下部さんは苦笑する。

「一体どうやったんですかね、あれだけで」

 手紙はパソコンで打ち出したやつだったし、早朝にやられたのか目撃者もいなかった。そんな状況で、どうやってこれだけの速さで犯人特定にまで至ったのか。

(まさか、手紙とかから指紋採取するわけにもいかないしなぁ……)

 とはいえ、あの人だったらそれくらいやってみせそうな気もする。ミズヒラくんのためなら! とかふざけたこと言って。なんか、警察関係者の知り合いとかも居そうだし。

「ありえない、って言い切れないのが怖いなぁ」
「はい? なにがですか?」
「……イイエ、なんでもないデス」

 首を傾げる日下部さんを促して席に着く。と、ちょうど予鈴が鳴り響いた。
 それと同時に、ガラリと教室のドアが開いて、一人の男が入ってくる。真っ黒なシャツに薄汚れたジーンズ、足元はクロックスというカジュアルすぎる出で立ちのこの男は、我らが2年F組の担任だ。
 ちなみに彼自身も芸術家で、音楽教師だったり。

「はい、注目―!」

 パンパン、と軽やかに手を打ち鳴らした担任に、教室内の視線がいっせいに集まる。

「今日の一限は、急きょ講堂で集会をやることになった。わかったか? わかったな? そしたら、さっさと講堂に移動しろー。はい移動!」

 早口に用件だけを述べて、担任はまたパンッと手を叩く。担任のこの大雑把な指示にももう慣れっこなF組生たちは、その音を合図に各々きびきびとした動きで行動に向かい始めた。

「急に集会とか、なんだろーな」
「やっぱあれじゃねえの?」
「だよなぁ、あれだよな」

 ひそひそと話していたクラスメイトたちの視線が俺に向けられる。 つまり、俺が昨日制裁の被害にあって、その犯人が今日には停学になっていたことと、この突然の集会には因果関係があると。彼らはそう考えているらしい。
 口にはしなくとも、同じようなことを考えて同じように俺に視線を向けるものは多かった。

「清水くん、私たちも行きましょうか」
「そうですね、日下部さん」

 日下部さんに呼びかけられて、座ったばかりの椅子から立ち上がる。連れ立ってざわめきに包まれた廊下を歩きながら、俺は「まさかなぁ」という、嫌な予感を振り払うのに必死になっていた。













――の、だけれど。
 結論から言うと、その「嫌な予感」は見事に的中してしまったのだった。

「突然、集会だなんて言って呼び出してしまってすまないね。凰堂学園理事長の大鳥悠史です」

 全校生徒が集まったところで、スポットライトのあたるステージ上に姿を現したのは、案の定というか理事長だった。普段は滅多に姿を見せない理事長からの直々の話とあって、講堂内に緊張が走る。

「さて、君たちにこうして集まってもらったのは、他でもないこの学園のことで一つ、話しておきたいことがあってね。なに、そんなに長い話にはならないと思うから、聞いてもらえると嬉しい」
「……なんだか、ああしてるとマトモな大人みたいだなぁ、あの人」

 本当は、あんなに中身が残念な人なのに。若干の詐欺っぽさが否めない。

「実を言うとね、もう既に知っている子もいるかもしれないけれど、昨日、我が学園内でとある事件が起きました。一人の生徒に対して嫌がらせがされるという事件です」

 いわゆる制裁というやつだねと付け足して、理事長はにっこり笑った。口元は笑みの形をつくっているのに目元はあくまで冷ややかなその表情に、あたりの気温が2〜3度下がったような錯覚に襲われる。

「今回私が問題にしたいのは、誰がやったのかということじゃない。もちろん、今回制裁を行った子に関してはもうしかるべき処罰を受けてもらったんだけど。そうではなくて、ね」

 一旦言葉を切ると、理事長はマイクの脇に置かれていたグラスを手に取った。水を一口含んで唇を湿らせてから、ゆっくりと講堂内に視線をめぐらせる。そこにいる一人一人と目を合わせるかのように。

「問題なのは、誰がその制裁の対象になったのか、ということです」

 その時俺は「あ、やるな」と思った。この人、完全なる私情を上手いこと体裁でコーティングさせて、仕事に持ち込む気だ、と。
 それを肯定するように、理事長の視線が2年F組の――俺の方を捉えた。気がした。

「今回制裁を受けたのは、2年F組の清水くんという生徒でした。そう、F組の生徒だったんです。F組がどういうクラスなのかということは、みなさんよく御存知ですよね? F組は、美術特待の生徒たちを集めたクラスです」

 そこで理事長は、それまで表面上だけでも浮かべていた笑みをフッと消した。まばたき一つのあいだに、どこかのっぺりとした無表情な顔になる。

 ……そう。
 それはまるで、能面のような。

「いいかい? F組の生徒たちはみんな、我が校がお願いして通ってもらっている特別な生徒たちだ。E組のスポーツ特待の子たちもそれは同じだよ。彼らに関しては、実家が金持ちかどうかなんて関係ない。見た目の美醜も関係ない。彼らが『特待生』であるという時点で、この学園での地位は彼らのほうが上なんだよ。特に――」

 特に、と理事長は強調するように繰り返す。

「特に、ミズヒラくん――清水くんは、『私が』個人的に、それも直々に学園へ招待している客人でもある。そのことを、よく理解しておくようにね。……まあまさか、そんなこともわからないような理解の足りない子が、我が凰堂学園にいるわけがないとは思うけれど、ね」

 有無を言わせぬ物言いに、これ以上ないくらいに講堂内の空気が張り詰める。ごくり、と誰かが生唾を飲み込む音さえやけに大きく聞こえた。





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