04






 色んな変化はありつつも、日下部さんとの同居生活が始まって一週間も経つころには左手が使えないことに慣れてきた。

 それは俺の周りの人たちも同じらしい。ちょっと過保護なんじゃないかって思うくらいには四六時中俺の後ろをくっついてくる日下部さんの存在を、クラスメイトたちがなんとも思わなくなってきたのも同じころのことだった。
 最初は俺と話してても俺の顔を見たり背後の日下部さんをチラチラ窺ったり、って落ち着きない様子だったクラスメイトたちは、今じゃ日下部さんのことは守護霊かなんかみたいに軽くスルーして「そういや清水さー」なんて話しかけてくる。……いや、まあ、いいんだけどね。それで。

 そんな感じでケガのこととか日下部さんのこととか、最近真生さんや辻くんと一緒にご飯食べるようになったこととかを除いたら、大体今まで通りの日常が戻ってきた頃。いつもみたいに真生さんたちと一緒に昼食をとっていた俺のもとに、それはやってきた。

「なあなあ! お前、カメラマンなんだってな!」

 えっへん、となぜか偉そうにふんぞり返ってそう言ったのは、あの転校生だった。ええと、なんだっけ、名前。

「……ああ、大鳥悠里」

 思い出したと呟けば「ああ!」と元気の良い返事が返ってきた。

 最近真生さんから得た情報によると、大鳥悠里はなにやら生徒会役員たちに気に入られているらしい。こんな常識のなっていないやつのどこがいいのか、さっぱり俺にはわからないけど。
 真生さんいわく、会長は恋愛感情じゃなくてただ単に「気に入ってる」だけだと言う。俺としては「だからどうした」って感じだけど。そういえば真生さんって親衛隊なんだっけ、って聞いたら「今更?!」ってすっごい呆れられたことのほうが印象深かったし。

 それにしても、なんでいつも食堂なんだろう。最初に大鳥悠里に会った――というか、遭ったときも食堂だったし、二回目も真生さんと食堂にいるときだった。そんでもって、三回目の今日もまた食堂。
 よっぽど食堂が好きなのかなぁ、なんてぼんやり考えてると、大鳥悠里は相変わらずの大声で言った。

「なあ、聞いてんのかよ? お前カメラマンだっていうの本当か? 和秋が言ってたぞ」
「……カズアキ?」

 誰? と真生さんに向かって聞いたら、テーブルの下で爪先を蹴られた。

「あんた、なんでこの学園に通ってて生徒会副会長の名前もわかんないのさ!」
「副会長、へぇ〜」

 なんでって言われても、興味ないからなぁ。
 まあとにかく、その副会長サマとやらが大鳥悠里に俺が「カメラマンだ」って教えたらしい。

「どうなんだよ? ほんとなのか!?」
「はぁ……」
「へえ、ほんとなのか!」

 カメラマンと写真家って、なんかちょっと違う気がする。でも完全に間違ってるってわけでもないし……。肯定したほうがいいのか否定してもいいのか。わかんなくて曖昧な声を上げれば、大鳥悠里はそれを「イエス」と取ったらしかった。
 なぜか急にぱあっと顔を輝かせて「じゃあ!」と俺にぐいっと顔を近付けてくる。

「お前にだったら、俺のこと撮らせてやってもいいぞ!」
「……ハァ?」

 なぜか自身たっぷりに言い切った大鳥悠里に、なに言ってんのこいつ、と言わんばかりの声を上げたのは真生さんだった。その隣で、辻くんもなんともいえない微妙そうな表情をしてる。

 ていうか、こないだあんなことがあったって言っても、元は友達だったはずの辻くんがすぐそこにいるのに完全スルーとか。今さらだけど、この転校生相当イイ性格してるんじゃないだろうか。

「お前、有名なカメラマンなんだろ? だったら俺のこと撮りたいだろ? 特別に撮らせてやるよ!」

 なんだかなぁと思ってる間にも、大鳥悠里は次々に好き勝手なことを述べていく。
 別に俺、そこまで有名なカメラマンじゃないし。有名なカメラマンだったら大鳥悠里を撮りたいはずだっていう理屈もよくわからないし。なにより、撮らせてやるっていうその上から目線な考えはどこからくるんだろうか。

 突っ込みたいところは多々あったけれど、とりあえずそれらは一旦飲み込んで大鳥悠里の容姿を観察してみる。
 もさっとした黒髪に、長い前髪。そんな髪型のせいで一見根暗っぽい印象を覚えるけれど、ようく見れば前髪のカーテンの向こうの肌は白くしみひとつない綺麗なものだった。よくは解らないけれど、顔のつくりだって整っている。きっと一般的には「良い」部類に入る容姿なのだろう。

 けれど――俺の食指が動くほどのものではない。

「……生憎と、俺が撮るのは綺麗なものだけなので」

 結構です、と営業用の笑顔を浮かべてきっぱり言い返す。こういうのは、曖昧な返事をしたら全て相手の良いように解釈されてしまって面倒事に繋がるものなのだと、俺は経験上知っている。
 全身全霊でNOを示した俺に、周囲は呆気に取られたようにポカンと口を半開きにしていた。

(……あれ、おかしいな)

 生徒会の人とか、大鳥悠里のことを庇ったりしないのかな。ふつう、気に入っている相手をこんな風に公衆の面前で貶されたら怒ったりするものじゃないのか?
 内心で首をかしげていると、ようやく何を言われたのかを理解したらしい。大鳥悠里が、羞恥からか顔を真っ赤にして拳を振り上げた。

「お前っ! そんな風に俺のことばかにして、いいと思ってるのか!?」

 高々と掲げられた拳が、ひゅっと空を切って俺めがけて落下してくる。けれど、それが俺にぶつかることはなかった。それよりもだいぶ早い段階で、日下部さんが大鳥悠里の腕を掴んで防いだのだ。
 ナイスすぎるガードっぷりに思わず拍手を送りたくなる。ほんとに実行したら、たぶん真生さんあたりに「空気読め!」って怒られるだろうから、しないけど。

「あなたこそ、清水くんに一度のみならず二度までも危害を加えて、いいと思っているんですか」

 絶対零度な日下部さんの声に、大鳥悠里がなにか言い返そうとしたとき。それを遮るかのごとくパンパンと手を叩く音が食堂内に響き渡った。

「ハイハイ、そこまでな。あとは風紀委員のオシゴトだ」

 声につられるように食堂の入り口のほうへと目を向けると、ライオンのような髪型の男が立っていた。背後には、みんな揃いの腕章を付けた生徒たちが複数人控えている。

「……だれ?」
「あんったは、もう!」

 風紀委員長さまだよ! という怒声と共に、真生さんにスパーンッと頭を叩かれたのは言うまでもない。
 うう、そんなに叩かなくなっていいじゃないですか。俺、そろそろ本気でバカになりそうなんですけど。

「清水くん、大丈夫でしたか?」

 日下部さんに声をかけられてハッと顔を上げれば、いつのまにやら大鳥悠里がいなくなっていた。風紀委員長だというあのライオンみたいな男もいない。きっと、彼らが大鳥悠里を連れていったのだろう。
 騒ぎの中心となっていた大鳥悠里がいなくなったからか、食堂は妙な静けさに包まれていた。ヘタに身動きできないような緊張感がある。

(なんとなく、おちつかない)

 そう思った時。静寂を破るように、ぶはりと誰かが吹き出す音がした。

「ハハッ! おま、お前……ぶっ、はははっ! あーっはっはっは!」

 大笑いする声にビクリと肩を跳ねさせそちらを見遣れば、身体をくの字に折って腹を抱えた生徒会長の姿が目に入った。会長は、笑いすぎて目尻に浮かんできた涙を拭いながら、周りの目を気にするでもなく笑い続ける。

「お前、風紀のヤローにむかって『だれ?』とか! しかも、フツーあそこまできっぱり言わねぇだろ……っ! あーやべ、超腹痛ェ……ぶっ、くくく……ははははは!」
「え、なにごと……?」

 だんだん呼吸困難ぎみになってきた会長に若干引いていると、ポンと真生さんに肩を叩かれた。

「アンタ、気に入られたね。それも、かなり」

 ご愁傷様とでも言わんばかりの表情で真生さんは俺を見てくる。気に入られた、って。なんだそれ。ポカーンとしてると、日下部さんが不愉快そうに顔をしかめた。

「……それは、面倒くさそうですね」

 気に入られた? 俺が? 誰に? ――まさか、会長に?

 そんな馬鹿なととありえない想像を打ち消す。けれど、そんな俺をあざ笑うかのように、ようやく笑いがおさまったらしい会長がゆっくりとこちらに近付いてきた。

「お前、名前は」
「清水です」
「一年か」
「二年ですけど」

 暗にチビって言いたいんだろうか。思わずムッとすると、辻くんに「どうどう」というポーズでいさめられた。

「確かお前、前にもおもしろいこと言ってたよな」
「……なんのことですか?」
「左利きと金髪の話」
「あぁ、あれですか」

 そういえば、そんな話をしたかもしれない。あの時は会長の金髪を話しに出したんだっけ。色々あったから軽く忘れかけていた。
 ていうか、この人なにがしたいんだろう? ふしぎに思いながら見つめ返していると、なにを思ったのか、会長はにっこりを笑顔を返してきた。

「知っているかもしれないが、生徒会長の鷹司葵(たかつかさあおい)だ」
「はぁ、初めて知りました」
「ぶっ、ぶふッ! ……そ、そうか」

 また盛大に吹き出した会長は、ぷるぷると肩を震わせている。笑いそうになるのを堪えてるみたいだ。会長が笑い上戸らしいことはもうこの食堂内にいる生徒全員に知れてしまったわけだし、我慢しなくてもいいんじゃないかなぁ。
 ……なーんて思ってると、バシリと割と強めに背中を叩かれた。

「そういうことはバカ正直に言わなくてもいいのっ!」
「ちょ、だから、真生さん痛いですってば!」

 ボーリョクハンタイ、です。





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