03






 結局、土日を丸々費やした末に、俺の部屋はようやくまともに生活ができるようになった。
 日下部さんが空き部屋となったもう一つの部屋に新たな荷物を運んできたのは、テレビからサザエさんの曲が流れ始めたとき。その頃にはもう、俺も日下部さんもすっかり一緒にいることに慣れ切っていたから、人間の適応能力というものは素晴らしいものだと思う。

 そして週が明けた月曜。
 久しぶりの登校な上に、SPのように日下部さんを従えた俺に、クラスメイトたちは動揺を露わにした。が、それも始めだけ。
 さすがは変人揃いと名高いF組の生徒というかなんというか。中休みになる頃にはすっかり慣れた様子で、常にニコニコと人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた日下部さんに遠慮容赦なく絡むようになっていた。

「日下部さんって彼氏とかいんの?」
「えっ、いないの? こんな美形なのに? うっそだあ」
「じゃあ俺、立候補しちゃおうかな」
「いや、そこは俺が」
「いやいやいや、俺が」
「……なら、俺が」
「「「どうぞどうぞ」」」」
「なんでだよ!!!」

 絡み方はともかく、質問の内容がアレな辺りは腐ってもこの学園の生徒、といったところだろうか。まあ、そうじゃなくてもアーティストには同性愛者が多いとか言ったりもするけど。

 ……まあ、いいか。そんなことは。
 とりあえず俺が言いたいのは、そんな風に、日下部さんとの共同生活は順調に進んでいるということである。

「あれ、清水先輩?」

 そんな風に、普段なかなかされない呼ばれ方で声をかけられたのは、やっぱりSPのように二歩後ろをついてくる日下部さんと一緒に食堂に向かっている最中のことだった。
 振り返れば、少し離れたところについこの間知り合ったばかりの後輩の姿がある。

「辻くん。やっほー」
「こんにちは。……って、この間の」

 爽やかな外見を裏切らずサッカー部らしい辻くんは、運動部らしく律儀に頭を下げたのち、そこでようやく俺の背後の日下部さんの存在に気づいたらしかった。

「どうも」
「どうもこんにちは、辻様」
「様って……」

 そんな大袈裟なと辻くんはむず痒そうにしたけれど、日下部さんはその呼び方を改めるわけでもなく、ただニコニコとしている。
 これはF組のクラスメイトたちに対しても同じ。そういえば真生さんのときもそうだった。つまり、日下部さんが「くん」づけで呼ぶのは今のところ俺だけらしい。
 そう考えると、なんだか。

(微妙に、嬉しいような)

 まあ、それも俺が強制したからそうなだけなのだろうけれど。どうにも頬が緩むのを止められない。

「一体どういう組み合わせですか?」

 ぼんやりしているうちに俺たちの前までやって来ていた辻君が、不思議そうに首を傾げながら言う。が、俺はそれに対するわかりやすくて明確な説明方法を持っていなかった。

「えーと、まあ、色々あって?」
「色々、ですか」
「そう、色々」

 無茶を承知で頷けば、そうですかと辻くんはあっさり納得してくれた。まあ、そんなものなのかもしれない。そんな風な表情である。
 礼儀正しいうえに柔軟性も併せ持つとは、なかなか将来有望な後輩だ。

「そういえば、辻くん」
「はい?」
「もうご飯食べた?」

 まだなら一緒にどう? と続ければ、辻くんはにっこり笑って頷いてくれた。本当良い後輩だなぁ、なんて一人しみじみ。













 パーティメンバーを一人増やして、道中他愛ない話をしながらも俺たちは食堂にたどり着いた。それぞれ昼ご飯を注文して、品物が来るのを待っていたとき。

「あれ、」

 と、また背後から声がかかった。デジャヴ。またパーティメンバーが増えそうな気がする、と咄嗟に思った。

「あんたたち、なんでまた一緒にいるの?」

 あんたたち、というのは俺と辻くんのこと――ではないだろう。言わずもがな。
 俺は日下部さんと一瞬目を見合わせたのち、先程と同じ答えを口にすることにした。

「まあ、なんていうか、色々ありまして」
「いや、色々じゃなくて。ちゃんと説明しなさいよ」

 やっぱりというかなんというか、真生さんはそう簡単に誤魔化されてはくれなかった。四角い四人がけテーブルの空いていた椅子を引くとなんの断りも無しに腰掛ける。

(あ、やっぱり増えた)

 口に出すとまた面倒そうなので、心の声に留めておいた。

「俺あんま説明うまくないんで、まあざっくりとだけ言いますと、俺が利き手使えないからって日下部さんに色々手伝ってもらうことになったんです」
「色々って、例えばどんな風によ?」
「えーと、まあ、ご飯食べるの手伝ってもらったり?」
「他には」
「ドア開けてもらったり、物とってもらったり持ってもらったり?」

 それくらいですよね、と隣でずっと静かにしていた日下部さんに振れば、ええ、と短く肯定の言葉が返って来る。

「なんか、サポートしてもらっているっていうよりもむしろ、ふつうきルームシェアしてる感じですよね」

 一緒にご飯食べたりテレビ見たり、と何気なく続けたところで「えっ?」と、二つ分の驚きの声が上がった。長方形のテーブルの正面に並んで座っていた辻くんと真生さんが、なぜか揃って珍妙そうな顔をしている。

(……なんですか、その反応は)

 解せぬ。そう思ったことが顔に出たのだろうか。真生さんは、変わらずかわいい顔を歪めたままだった。

「あんた、そのウェイターさんと一緒に住んでるの?」
「……俺、そう言いませんでしたっけ?」

 あれおかしいなとばかりに首を傾げれば、ますます真生さんの表情が険しくなる。あ、なんだかまた怒られそうな予感。
 けれど俺の予想とは裏腹に、真生さんは「はーっ」と長く溜息をついたのち、静かな声でこう言った。

「それ、あんた大丈夫なの?」
「え? なにがですか?」
「あんた、そんなポヤポヤしてて、利き手だってまともに使えないっていうのに、よく知りもしない男と同じ部屋とか。大丈夫なのって聞いてるの」
「や、別に大丈夫ですけど」

 むしろ、日下部さんが居ない方が大丈夫じゃないです。トイレ一つ行くにもドアを開けるのに手こずったりして慌てること間違いなしだろうし。
 ごく普通に答えるも、真生さんの顔色は変わらない。

 真生さんは一体何を言いたいのだろう。まあ確かに日下部さんとは今までは面識なかったけど、この週末で案外ウマが合うことも判明したし。共同生活を送ることになんら問題はなさそうだけど。
 一向に質問の意図が理解できないままでいると、そんな俺を見かねたようにそれまで静かにことの成り行きを見守っていた日下部さんが口を開いた。

「大丈夫ですよ。高橋様」
「って、当の本人にそう言われてもね」

 信じられるとでも思うのかと、そんな目で真生さんは日下部さんを一瞥する。どうやらというかやはりと言うべきか、真生さんの言う「大丈夫か」というのには日下部さんが関わっているらしい。

「確かに、私がそう言っても信用はないかもしれません。けれど、私にも分別と理性がありますので。さすがに怪我人相手になにか起こそうなんていう気は起こしませんよ」
「……へえ?」

 よどみない口調で語った日下部さんに、真生さんは意味ありげな声を上げる。ニヤリと吊り上げられた口角からは、どこか挑発しているような気配が感じられた。
 対する日下部さんは、明らかに営業用らしき微笑を口元に浮かべて真生さんと向かい合っている。が、その右頬が僅かに引き攣っているのを俺は見落とさなかった。

 まさに一触即発。なんだか空気がピリピリしているような錯覚さえしてくる。その重苦しいムードに耐えかねて、俺は

「あっ、日下部さん!」
「……なんでしょう、清水くん」
「今日のデザート、あったかリンゴのコンポートアイスクリーム添えらしいですよ! 俺食べたいです。注文してもらってもいいですか?」

 わざと大きな声を出して注目を集めたところで、わざとらしくメニュー画面を指差しながら早口に言った。あからさますぎるにも程がある話題転換に、三人分の視線が俺に向く。
 真生さんは、数秒黙り込んだのちにまた大きく溜息をついた。

(いや、だから。なんなんですかその反応は)

 解せぬ。
 再びそう思った時。

「わかりました。注文しますね」

 俺に向きなおった日下部さんが、さっきまでのつくりものの笑顔とは違う、穏やかないつもの優しい笑顔を浮かべたかと思うと、手早くデザートの注文をしてくれた。
 まだメインの料理すら来ていないのにデザートだなんて。どう考えても不自然なのに、なにも言わずに注文してくれる日下部さんは、やっぱり優しい人だなあと思う。

「……そういえば、真生さんのアレ、なんだったんだろう」
「どうかしましたか?」
「ああいや、なんでもないです」

 結局、真生さんがなにを言いたかったのかが解らず仕舞いになってしまったことに気付いたのは、四人での食事を終えて日下部さんと部屋に帰ってきたあとのことだった。





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