3-2


「つーわけでさ、お前、金曜空いてる?」
「今週の?」
「そそ。合コンのメンバー、一人足りなくてさぁ。アキラ、気晴らしがてら来いよ」

 ちょうど良かったとでも言うように西屋は言う。俺はそれを聞いて「きっと行くんだろうな」と当然のように思った。今まで、吉澤が西屋からの誘いを断ったことなんてほとんどない。あったとして、バイトのシフトが入っているからとかどうしても外せない用事があるからとか、あとは今は彼女がいるからとかそんなときだけだ。
 今の吉澤には当然恋人はいないし、俺は今週の金曜に吉澤になんの用事もないことを知っている。きっと西屋と一緒に合コンへ行って、そこできれいさっぱり未練を断ち切ってきて。それからまた次の恋へ進むんだろうな、と自然な流れで考える。
 けれど、吉澤の返答は予想外のものだった。

「……や。いい、やめとくわ」
「は? マジで?」
「マジで」
「マジのマジで?」
「だからマジだっつーの、しつけぇな」

 しつこく聞き返す西屋に吉澤はうっとうしそうに言う。けれど、西屋が聞いていなければ俺だって同じ風に繰り返し聞き直していたところだ。それくらい、吉澤の返事は意外だった。

「え、お前元カノのことそこまで引きずってんの?」
「てのもあるけど、俺、しばらく合コンはパスするわ」
「ハァ? なんで?」

 思わず二人の会話に割って入れば、それまでずっと黙って聞いていた俺が口を開いたのが意外だったのか、吉澤は一瞬きょとんとした。半開きになった口が間抜けで、でもかわいい。ここが食堂じゃなければうっかりキスしそうになっていたかもしれないくらいだ。
 涼しい顔のままひとり悶々としたことを考える俺に、吉澤は言いづらそうに答える。

「なんつーか、今は恋愛とかする気分じゃないっつうか」

 へぇ、珍しい。そう思ったのは西屋も一緒だったのか、ふうんと納得いかなそうな声を上げていた。

「ま、そういうことなら今回は他当たるわ」
「悪いな、西屋」
「またその気になったらいつでも言えよ? セッティングしてやっからよ」
「ははは。頼もしいな、オイ」

 乾いた笑いを零す吉澤に、じゃあなと手を上げてから西屋はトレイを抱えて立ち去って行った。ずっと黙ったままスマートフォンをいじっていた西屋の友人もペコリと会釈してから歩き出す。
 返却カウンターのほうへと消えていく背中をしばらくの間ぼんやり眺めて、西屋たちの姿が完全に人ごみに消えてから、俺と吉澤はようやく席に着いた。

「お前、マジなの?」
「ん? なにが」
「さっき言ってたやつ」

 恋愛する気分じゃないっていうのは本当なのか。どうしても気になって、プラスチックの箸を手に取りながらテーブルを挟んだ向かいに座る吉澤に問いかける。吉澤のなかではその話題は完全に終わったことになっていたのか、吉澤は「あー、まぁ」と曖昧な受け答えをする。

「なんか、あるじゃん。そういうの」
「そういうのってなんだよ」
「うわー、俺今超彼女欲しいー! って気分のときと、まぁ別にいなくてもいいかな、みたいな気分のときと」
「……あー、ね」

 なんとなく肯定っぽい返事をしてみるけれど、正直俺には吉澤の言っていることがピンと来なかった。
 そもそも、俺には「恋人が欲しい」という気分になるときがない。気が付いたら誰かを好きになっていて、その相手と恋人になりたいなと思う。それが俺にとっての「恋愛」だった。
 けれど、吉澤にとっては違うらしい。恋したいからする、恋する気分じゃないから今はしない。吉澤的には、恋というのはそういう意図的に落ちたり落ちなかったりするものみたいだ。

 もしかしたら、俺の状態も吉澤との違いの原因の一つなのかもしれない。今の俺は絶賛吉澤へ片思い中だ。それも三年目に入ったところ。好きな相手がすでにいるなら、そこから新たに「恋人が欲しい」なんて思うわけがない。

 そもそもが、恋なんて俺にとってはただ苦いだけの煙草のけむりみたいなものなのだ。吉澤が望んでいる甘酸っぱいようなものとは随分かけ離れている。こうもずっと一人を好きでい続けていると、恋の始まりがどんなものだったかすら忘れてしまった。ドキドキするなんて感覚とも随分ご無沙汰だな、なんて。

「……ま、しばらくはお前と一緒に遊び回んのもいいかなと思ってさ」

 そんなことを考えていたら、まるで俺の心を読んだかのようなタイミングで吉澤が爆弾を落としてきた。

「は、」

 なに言ってんの、お前。本当ならそう言って笑い飛ばすべきなんだろうけれど、表情筋が固まったまま動かない。唯一自由な目だけを動かして正面を見据えれば、ニッといたずらっぽく笑う吉澤の姿が目に入った。
 その存外に優しくて柔らかい表情に、かあと顔に熱が集まるのを感じる。

「あ、照れた? もしかして酒井、照れてる?」
「うっせーな、照れてなんかねぇよ」
「って言っても、んな風に顔赤かったら全然説得力ねぇぞー? 強がってんのバレバレなんですけど」
「あー、もう。しっつけぇなぁ、お前は!」

 照れて悪いか、と大声で言い返したくなる。だってまさか、吉澤がそんなことを言ってくれるとは思わなかったんだ。
 俺が吉澤のことをどう思っているのかを、知っていてわざと知らないフリをしているんじゃないかと一瞬疑いそうになる。

(本当に、こいつは……)

 火照る頬をぺしぺしと平手で叩いて、じとりと横目で吉澤を睨みつける。テーブルをはさんだ向かいに座る吉澤は、ざわつく俺の胸のうちも知らず能天気にもニヤニヤと笑っていた。だらしのないその表情は、俺が照れていることを少し喜んでいるようにも見えるから、きっと、多分、本当に計算でもなんでもなく天然でやっているのだろう。それはそれでタチが悪い。

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