3-1
「あっ、やべぇ」
カウンターで食券と引き換えにきつねうどんを受け取って。さあ席に着こうかと食堂内を振り返ったところで、目に入ってきた光景に俺は声を漏らした。
同じく麺類のカウンターで醤油ラーメンを受け取った吉澤が、耳ざとくそれを聞きつけて隣に立つ。
「どうした」
「席」
「は?」
「なくね? いっぱいじゃん」
ん、と吉澤に顎で指した先には、見渡す限り人で埋め尽くされた座席たち。ようく目を凝らしてみても空いている席は見つかりそうもなかった。
カウンターの列に並んだ時から、今日はやけに混んでいるなと思ってはいたものの。まさか、ここまでだとは思わなかった。
「先に席取っとくべきだったな」
失敗した、と舌打ちをひとつ。どうしようかと問いかけるように背後を振り返れば、吉澤も俺と同じように「あっちゃあ」と顔をしかめていた。
「とりあえず、奥見てきてみるか?」
「ああ。……ま、もう埋まってる気しかしねぇけどな」
「だなぁ」
苦笑まじりの声に頷いて、席を探すためにゆっくり歩き出した吉澤の背中を追う。人とぶつからないようにと慎重に一歩一歩踏み出しながら、トレーの上のきつねうどんを見下ろした。
本当に空席が無かったとして、どこかの席が空くまで待っていたら、今はまだ湯気の立ってるうどんが冷めてしまうかもしれない。吉澤のラーメンなんて麺が伸びてしまうかもしれないことを思うともっと悲惨だ。
冷めても大丈夫な、たとえばカレーにでもすれば良かった。数分前の選択を本気で悔やみかけたとき、「アキラ!」と誰かの声が俺たちに向かって飛んできた。呼ばれた張本人である吉澤は、きょろりと辺りを見渡したのちに声の主を見付けたのか爪先の向きをそちらへと変える。
追いかけるべきか、否か。一瞬迷ってから、俺もその後をついて行く。
「よっ、アキラ。お前が学食にいるなんて珍しいな。リョーイチも」
そう声をかけてきた相手には俺も見覚えがあった。学部は違うけれど、教養系の科目などでよく講義が一緒になる西屋だ。吉澤の合コン仲間でもある。西屋主催の合コンには、「吉澤の友人だから」という理由で人数合わせのために何回か付き合わされたことがあった。
「お前ら、席見つかったか?」
吉澤と二言三言あいさつを交わしたのち、西屋はそんなことを俺たちに聞いた。二人そろって首を横に振れば「やっぱりな」という顔をされる。
「俺たちもう食い終ったから、ここ使えよ」
同じテーブルに着いていた友人に目配せして、西屋はガタリと椅子を引いた。言われてみれば確かに、西屋たちの席の前には空になった食器が置かれている。
「えっ、マジで! 西屋サンキュー」
「まぁいいってことよ」
「あー、良かった。このまんま席見つかんなかったらラーメンのびるとこだった」
「……お前もそれ考えてたのかよ」
「え?」
吉澤と同じことを考えていたらしいということについ口元が緩みそうになる。へらりと笑顔を浮かべて表情を取り繕いながら、なんでもないの一言で誤魔化した。
「てか、今日なんでこんな混んでんの?」
西屋たちと立ち位置を入れ替えトレイをテーブルに置いたところで、そういえばと吉澤が問いかける。言われてみれば、確かに。どうして今日に限ってこうも混んでいるのだろう。四月の初めの新入生が入ったばかりの頃ならまだしも、ここ最近は全然だったのに。
「あぁ、アレだよ。地下の学生ホールが工事中で使えないんだと」
「へー」
「じゃあ買い弁組や弁当組が全部こっち流れてきたってワケか」
どうりでテーブルの上に小さな弁当箱を広げている女子が多いと思った。いつもなら学生ホールで食べている学生たちがみんな食堂に押し寄せたのなら、この混雑具合にも頷ける。
「外にすりゃ良かったな」
「つっても、ここらへん食い物屋ないんだよなぁ」
ふつう大学の近くというとファーストフードやファミレスなど飲食店が多いイメージがあるけれど、うちの大学周辺は違う。駅の近くに喫茶店が一軒あるだけで、あとは居酒屋かコンビニばかり。
だから、まともに昼飯を食べようと思ったら隣駅のほうまで足を延ばさないとならないのだ。交通の便は良いものの、こういうところは少しだけ不便だなと思う。
「マジでサンキューな、西屋。超助かった」
「おうよ。てか、そういえばアキラ、お前カノジョと別れたってマジ?」
「……フツー、今の流れでその話振るか?」
勘弁してくれよと吉澤は苦笑する。それもそうだろう。だって、俺が吉澤の愚痴に付き合ったあの日からまだ一週間しか経っていないのだ。今までのパターンからして、今の吉澤は、表面的には落ち着いてきたものの内心ではまだ引きずりまくりといったところだろう。
いくら出来たばかりのかさぶたが気になるからって、そんなタイミングでひっかいたらせっかく塞ぎかけてた傷がまた開いて血が出てしまうだろう? そういう話だ。
「ナニ、今回は本気だったわけ?」
「今回はってなんだよ。俺はいつでも本気なんだけど」
「って言うワリにはお前、いつも少ししたらすーぐコロッとした顔で合コン参加してくんじゃん」
「それは……そうだけどさぁ」
西屋の言葉が図星だったからか、吉澤は気まずげに視線をそらした。意味もなくトレイの上の箸をそろえてみたり、レンゲの向きを変えてみたりしている。
それでもニヤニヤし続ける西屋に、吉澤は救いを求めるように俺をチラッと視線を投げかけてくる。助け舟を出してやりたいところだけれど、そのあたりについては俺も気になっていたところだから話を変えてやるつもりはない。素知らぬ顔で目をそらした。
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