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 「まっすぐ」と理一に示された道には、ぽつりぽつりとまばらにしか街灯が設置されていなかった。
 こんなときでなければ、できれば通りたくないタイプの道だ。なんていうか、こう、オバケとかそういうのが出そうで。

 ちょっとビクビクしつつも、道を進んでいく。約束の場所に近付くにつれて、かぎなれた甘い匂いが強くなっていった。理一がいつも身にまとわせているあの匂いだ。理一の言っていた裏道とやらは、どうやらこの道のことだったらしい。

(理一、いつもこんな道通ってんのかよ……)

 オバケは出ないにしても、ちょっと危なくはないだろうか。理一だって金持ちの息子だし、誘拐とかそういうののターゲットにされる可能性がないわけじゃない。いくら学園内だからとはいえ、そうであるからこそ、こういう人気のない道は危険だと思う。
 この一件が片付いたら、理一に注意しておこう。一歩、また一歩と薄暗い道を踏みしめていきながら、俺はひとり密かに心に決めた。

 その一方で、さっき理一に言われたことを思い出す。なにかあったら連絡しろ、と理一は言った。それなのに、なにかあっても連絡できなかったりしたら、きっと理一は怒るだろうな。
 顔を真っ赤にして怒鳴るその様子が簡単に思い描けてしまって、つい笑みをこぼす。

 ジーンズの尻ポケットから携帯を取り出す。もうずっと使い続けている、手になじむ二つ折りの携帯電話。街灯の明かりを受けて鈍い黒の光を放つそれを開き、俺は電話帳を呼び出した。そこから理一の名前を探して、携帯番号を選択する。
 理一の携帯に発信するまでは、あとはもうボタンをひとつ押すだけだ。そんな状態のまま、携帯を折りたたんで尻ポケットへと戻す。
 これで、連絡できなかった、なんてことは免れられる、はずだ。たぶん。そうじゃなかったら困る。

 そうこうしているうちに、やがて、細い道を抜け開けた場所へと出た。すこし離れた場所には校舎が見える。つまり、ここが第二校舎の裏手に位置するのだろう。
 それを証明づけるように、そこにはすでに人影があった。校舎の陰に紛れるようにして立ち、地面へと視線を落とすその男の顔は、傷んだ金髪に覆い隠されている。それでも、顔を見なくてもそれが誰かなんてすぐにわかった。

「ワタル」

 ちいさな声だった。人へ呼びかけるにしてはちいさすぎる、弱々しい声だった。それでもワタルの耳には十分だったらしい。ゆっくりと顔を持ち上がり、鋭い視線が俺を射抜いた。

「ヤギ……」

 ざり、とワタルが一歩踏み出す。たったそれだけで、俺は思わずびくりと肩を震わせてしまった。
 会って話すくらいなんてことない。そう思っていたはずなのに、案外俺は、ワタルに襲われたあの日のことを引きずっていたらしい。ワタルが目の前にいるというだけで、どうしようもなく足が竦んだ。なんて情けない。

 俺の恐怖心は、やや離れているワタルにも伝わったらしい。ワタルは、震える俺を見てチッと短く舌打ちした。
 苛立たしげなそれに、指先が凍りついたように冷たくなる。

 とにかく、なにか話さなければ。その一心で口を開いた。

「えっと……来てくれてありがとう、な。久しぶり……でも、ないか。二週間ぶりくらいか? ワタル、怪我とかもう大丈夫なわけ?」

 うーたんにやられたところ、と言いかけて、街灯の明かりを受けたワタルの顔がひどく不機嫌そうなことに気付き、慌てて口を閉じた。
 ごめん、と呟けば、ああ、と頷き返される。

「で? 話したいことって、なんだよ」

 ワタルの問いが、夜の闇のなかに静かに響く。
 話したいこと。ああ、そうだ。本題に入らなきゃ。そのために、わざわざ忍たちをだますような真似までして、ここに来たんだから。

「話したいこと……っていうか、ワタルに聞きたいことがあるんだけど」
「ンだよ」

 攻撃的な口調。ビビって続きを口にするのを躊躇してしまう。それでもワタルの目は早く言えよとばかりに俺を促していたから、恐る恐る口を開いた。

「あの、さ」
「ああ」
「ワタルってさ、……なんで、俺のこと好きになってくれたわけ?」

 っていうか、こんな平凡男の一体どこが良かったのだろう。それだけが、俺には未だに理解できなかった。






・ 






 俺、阿良々木渡の人生には、幼い頃から「孤独」の二文字が付きまとった。

 両親はいわゆる「できちゃった婚」だった。
 俺を妊娠したから体裁のために結婚したものの、そんな結婚生活が長く続くわけがない。すぐに、お互いがそれぞれ別の相手と関係を持つようになった。つまり不倫ってやつだ。

 やがて、父親も母親も家に寄り付かなくなった。どちらかでも家にいる日のほうが少なく、二人がそろって家にいることなんてもはや奇跡に近いくらいだ。

 そんなんで、ガキだった俺が十分な庇護を受けられたはずもない。幼少期の思い出といえば、暖房も入らない真冬の極寒のアパートの一室で、身を縮こまらせながらひたすら空腹感に耐え続けたことだろうか。
 今となっちゃむしろ懐かしいくらいだ。情けなすぎて笑えてくる。

 けど、そんな生活も小学生までだった。中学に入って一気に背が伸びた途端、俺は食事に困らなくなった。物好きな一部のやさしいオネーサンが、俺に温かい食事と寝床を提供してくれるようになったからだ。
 とはいえ、それはそのオネーサンの欲を満たしてやることと引き換えに、っていう、最低最悪なものだったけど。当時の俺にとってはンなことどうでもよかった。腹一杯食えて、ちっとでもしあわせな気分になれればそれで十分だった。

 それから、父親譲りな顔立ちのせいか、その頃から俺はいわゆる不良グループの一員にもなった。
 この時ばかりは、やや強面な男がタイプな母親と、そんな母親好みの顔をしていた父親の遺伝子に感謝した。こんな自分にも仲間ができたんだ、と。

 でも、それもほんの短いあいだのことだった。
 その仲間だと思っていたやつらから、俺はすぐに裏切られたのだ。他の不良グループとの抗争のとき、相手方のリーダーを卑怯な手を使って入院にまで追い込むよう指示したのは俺だと、そんな嘘をでっちあげることによって。

 結局は、一匹狼なんて周りから呼ばれていた俺を仲間に引き入れて、箔をつけたかっただけらしかった。
 仲間だと思っていたやつから敵グループへ突き出されて、やってもいないことで責められてリンチされたときはさすがにショックだったっけか。

 けど、すぐに諦めた。そりゃそうだよな、と。血の繋がっている実の両親にさえ見放されているようなやつを、ましてや他人が大事に思ってくれるわけがないだろうから。
 それからも、同じようなことは何度かあった。けど、別に慣れていたからどうでもよかった。その度俺はやってもいない罪でボコられては、ケンカをしたからとかいうクソみたいな理由で学校から叱られ、自宅謹慎になった。

 そうして、何回めかの自宅謹慎中のこと。

「ケンカばっかりして面倒かけるなら、これでもして時間潰してなさい」

 と母親に与えられたパソコンで、暇つぶしにネサフをしていた最中に、出会ったのだ。いわゆるオンラインゲームと呼ばれるものの存在と。

 俺が出会ったのは、あやかしや陰陽師といったものを取り入れたバトルゲーム、あやかしドラゴン譚オンラインだった。ビジュアルが微妙だとかいう理由でネットでの評判はあんまり良くなかったけど、そんなことはどうでもよかった。どうせただの暇つぶしだ。持て余した時間を消費できるならなんでもいいと、俺はゲームをスタートした。

 それまで、俺はゲームなんてしたことがなかった。俺に無関心だった親がゲーム機なんて買ってくれるはずもなく。トモダチやなんかについては言わずもがなだったから、誰かの家で一緒に、なんてのとも無縁だったのだ。
 そんな俺が、いきなりネトゲを初めてうまくできるかどうか、なんて。結果はいうまでもないだろう。惨敗だった。初心者向けのチュートリアルエリアで、某有名なRPGゲームでいうとスライムにあたるような超低級あやかし相手にぼろ負けする程度には。

 そんな俺がおかしかったんだろう。最初に声をかけてきたのは、スーザンとかいうふざけた名前のふざけた男だった。スーザンはチャット画面に「w」を幾つも並べて俺を散々ばかにした。
 それから、そのついでのようにパーティーへと誘った。ちょうど、俺の属性を持つプレイヤーがスーザンのパーティーにいないから、というのがその理由だったらしい。

 なんにしてもどうでもよかった。どうでもよかったから、まあいいかと俺はそのことを了承し、あいつらのパーティーに入った。
 そして――そこで、ヤギと出会った。

 ヤギは、俺が今まで出会ったやつとはすこし違ってた。単に、頭がいいのにネトゲにのめり込みすぎてるバカだっていうこととか、変わってるやつだってのもあったけど、それよりもなによりも、俺への態度が、いままで俺が受けてきたそれとは違ってた。

 ヤギは、どんなときでも俺を見捨てなかったのだ。それが他のパーティーメンバーたちに嫌われる行為だって知っているくせに、時には自分も瀕死になりかけながらも、俺を助けようとした。
 それで他の仲間たちと揉めることになっても、ヤギは、それでも最後まで俺に手を差し伸べ続けてくれた。

 どうしてヤギがそこまで俺に優しくしてくれたのかなんて知らない。それでも、ただ、単純に嬉しかったんだと思う。はじめて「ひとり」じゃなくなったことが。自分に「ともだち」と呼べるような存在ができたことが。

 けど、その時、俺はすでにゆがみきっていて。なおかつ、でかい体の割になかみのほうはアパートの一室で震えてたガキのころと変わらないままだったから、だから、どこかで道を踏み外してしまったのだ。おかしな方向へと、進んでしまったのだ。

 ヤギは、そのやさしさを誰にでも同じように向けるからヤギなんだって、だから俺も救われたんだって、頭では理解してた。でも、それでも俺はヤギの「とくべつ」になりたかったのだ。

 だれかにあげるのと同じやさしさはいらない、自分だけへの「とくべつ」なやさしさが欲しい。
 他のだれかと同じ「ともだち」なんて関係はいらない。自分だけを「とくべつ」にして――自分だけを、俺だけを見て欲しい、って。

 そう、願ってしまったのだ。



 だから今、こうして改めて「どうして好きになったのか」と問われて、俺は正直いって困惑していた。ヤギが好きな理由なんて決まってる。ヤギがヤギだから。ただそれだけだ。
 けど、ヤギはきっとそれだけじゃ納得してくれないんだろう。なんとなくそう思えて、だから、迷った末に全部を話すことにした。

 どうせ、ヤギとまともに話せる機会なんてこれが最後なんだろう。だっったら、俺のヤギへの気持ちをすべて、知ってもらいたい。
 そんな気持ちで、俺は口を開いた。





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