10






 翌日の夜。食堂のデリバリーを利用して夕食をとったあと、俺はスーザンと大乱闘をしていた。

「あっ、ばっ、バカバカお前、ちょ! スーザンこっち来るんじゃねえええええ!!!!」
「イイイイイヤッフウウウウ!! めーちゃんみてろよ、マリオ様の真のじつりょ……あっ! ちょ、めーちゃんひどい! 卵投げないで、投げないでって、ちょッ! ッあ、落ちる! おちるおちるおち……ハイ、落ちたああああああああ! マリオ様しんだあああああああああ!」
「スーザン、お前うるっせえ!」

 思わずコントローラー片手に隣をばしりと叩く。テレビ画面のなかでは、緑の恐竜が「デッテイウ!」と独特の鳴き声を上げて決めポーズをとっていた。
 それとは対照的に、俺の隣でコントローラーを握り締めている忍は完全にしょんぼりしてしまっている。まあ無理はない。もうこれで五回連続俺が勝っているんだから、嫌にもなるだろう。

「めーちゃん、ほんっと容赦ない! もうタイマンやめよ? 俺とめーちゃんの協力プレイにしよ? ね? CP相手のバトルにしよ?」
「……仕方ねぇなあ」

 かかった。
 思わず破顔してしまいそうになるのをぐっと堪えて、俺はわざとらしく溜め息をついてみせる。そしてコントローラーを操ってニューゲームをはじめ、モードを二対二にする。俺と忍VSコンピューターだ。

(よしよし、計画通りだぞ……)

 自分でもびっくりするほど、昨夜、理一と打ち合わせした通りにコトが進んでいる。こんなに順調でいいんだろうか。ちょっぴり不安になるくらいだ。
 どきどきしながらも、さっきと同じように俺は緑の恐竜のキャラクターを選択する。忍も、やっぱり赤い帽子のヒゲのおじさんを選んだ。そうして、ゲームがスタートする。

「よっしゃ! やったろうぜ、めーちゃん!」
「おうよ、スーザン」
「いっときはあやドラ一の最強コンビとまで呼ばれた俺たちの実力、見せてやる!」
「……スーザン、それ死亡フラグ」

 そういうこというとボロ負けすることになんじゃねえの、と思いながらも、ため息混じりに俺はコントローラを構えなおした。
 だって、どうせ俺は、このバトルの結末を最後まで見ることはないのだから。



 それから数分もしないうちに、その「チャンス」はやってきた。俺と忍サイドがCPに押されてきたのである。スーザンとやっていたときは容赦無く実力を発揮していた俺が、ばれない程度に手を抜いていたせいだ。
 その、一番重要な場面で俺は、なんの前触れもなく「あっ!」と大声をあげた。

「なに、どうしためーちゃん!」
「やばい! 俺、ちょっとトイレ!」
「はっ、え、ええええええええ!?」

 嘘だろう、とコントロールを握ったままのスーザンが絶叫する。

「えっちょ、今? 嘘でしょ、いま、このタイミングで!?!?」
「悪い忍、なんとかしといて!」

 ちなみに負けたらぶっとばす!
 そんな理不尽なことを言いながら、俺は敵に追い詰められつつある緑の恐竜をほっぽり出して、リビングから飛び出す。

 そのままトイレに駆け込む。と見せかけて、忍がテレビ画面に釘付けなのを確認し、さっと玄関のドアを開ける。わずかな隙間に身を滑りこませて廊下へ出ると、音を立てないように閉めた。
 廊下には誰もいない。近づいてくる足音もなかった。そっと、廊下の行き止まりにある鉄製の扉――非常階段のドアへ身を寄せた。

――ココン、コンコンッ

 リズムをつけてドアを叩けば、それに応えるようにかちゃっと鍵が開く音が聞こえてくる。恐る恐るといった風にドアが開いた。中から見知った男が顔をのぞかせる。さらりと流れる色素の薄い茶の髪の持ち主は、理一だ。

「早く入れ」
「おう」

 明るい廊下から、薄暗い非常階段へと身を移す。そんな俺の背後で重厚なドアが閉まり、ウィーンと低い唸り声をあげながら自動で鍵がかかった。差し込んでいた光が完全に遮断され、暗さが増す。薄闇のなかを目を凝らすようにしていると、理一がそっと俺の手を取った。

「ハル、こっちだ」
「ん」

 俺の手を引いたまま、理一は階段を降り始める。徐々に目が闇に慣れてくるのを感じながらも、俺は理一の手を握り続けた。かつかつと二人分の靴音が、閉鎖された空間の中に静かに響く。
 かつかつかつ。徐々に足音の感覚が短くなる。それでも、八階から一階まで降りるにはそれなりに時間がかかった。

 やがて一階まで辿り着いたところで、従業員用勝手口だという裏口へと理一がカードキーをかざした。本当に大丈夫なんだろうか。ここまで来ておいて今更不安になる。しかしそんな俺の心配もなんのその、すぐにピッとロックの解除音がして、ドアが開いた。

「ここから外に出れる。このまままっすぐ行けば第二校舎の裏手だ」
「わかった。さんきゅ」

 それじゃあ、行ってくる。

 繋いでいた手をほどこうとすると、それを拒むようにぐっと理一の指先に力が入った。ひきかけた手を、逆に理一の方へと引き寄せられる。

 一体どうしたのか。問いかけるように視線を向ければ、こわいくらいに真剣な顔つきをした理一と目があった。開きかけた口をとっさに閉じる。無意識のうちに唇を噛んだ。

「ハル。何かあったら、すぐ連絡しろよ。携帯片手に、ここで待機してるからな」
「ははは……ありがてぇけど、いざってときに電話の出方がわかんなくて繋がんねぇとかねぇよな?」
「さっ、さすがにそれは大丈夫だ!」

 機械音痴なことを持ち出して揶揄するように笑えば、理一がむすりと唇を尖らせた。アヒルのようなその口さえ可愛く見えてしまうから、イケメンは卑怯だ。思いながら、ごめんごめん、と気持ちのこもっていない言葉を口にする。
 それから、改めて理一に向き直った。

「じゃあ、行ってくるな」
「……おう」

 名残惜しそうな声がして、ゆっくりそっと指が解かれた。指先から理一の感触が離れていくのが、なんだか永遠の別れかなにかのように思えてしまうからすこしおかしかった。ここで笑ったら、なんで笑うんだって怒られるだろうか。どうだろう。

 くるりと理一に背を向けて、半開きの勝手口を押し開ける。
 すっかり日の落ちた夜のなかへと一歩踏み出そうとした――そのとき、不意に肘のあたりを掴まれた。なんだろう。思う間もなく、ぐいと背後へ引っ張られる。

「ハル、」

 抱きしめられていると気づいたのは、耳元から理一の声が聞こえたからだった。
 やや体勢を崩しかけた俺を抱きとめるようにして、理一の腕が俺の腹に回っている。肩のあたりには顎が乗せられた。さらさらとした理一の髪の先が、俺の首筋をくすぐる。

「俺は、お前を信じて待っている。だから……必ず、無事に帰ってきてくれ」
 
 そんな大げさな、とは簡単に言えなかった。だって、前回が前回だ。俺はできれば穏便に話し合って解決して、それじゃあなと円満に別れて帰ってきたいと思ってるけど、ワタルのほうがどうかはわからない。
 それでも、祈るような理一の言葉に、俺は静かに頷いた。頭のちいさな動きだけでも、密着した状態の今の理一には十分だったらしい。それならいいとでも言うように、背中に触れていた理一の体温が消えた。

「……行ってきます」

 もう一度だけつぶやいた言葉に、返事はない。だけど、俺は後ろを振り返ることはせず、そのまま夜のなかへと身を投じた。





- 86 -
[*前] | [次#]


tophyousimokujinow
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -