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「そういえば、さっき一度生徒会室に寄ったときに本村がお前のことを風紀室まで送ったと言っていたな。なにかあったのか」
「ん? あー……それが、ワタルのことで事情聴取がまだだったからさ。処分とか決めるのに必要だっていうから、それで」
「そうだったのか……」

 まあ、結局肝心のワタルが行方不明だから処分もなにもないんだけど。そう言えば、理一はまた「そうか」とだけつぶやいて、テーブルの上に転がしていたペンを取り上げた。また生徒会の書類に向き直り始めた理一の横顔を、じっと見つめる。たぶん、俺に気を使わせないようにって何気ない風を装ってくれてるんだろうけど、それがかえって不自然だった。だけど、その不器用さがちょっとだけ可愛い。

 心を空っぽにするように黙々と書類を片付け始める理一の姿をぼんやりと眺め続ける。なんとなく、今なら、この間からずっと考えていたことを話せそうな気がした。

「あのさ、そのままで聞いてて欲しいんだけど」
「なんだ」
「……俺さ、ワタルと直接話してみようかなって、思うんだよね」
「……ああ?」

 理一は、反射的にペンを持った手を止めて、こちらを振り返ろうとする。それを止めるように「いいから、そのまま」と繰り返せば、やや間をおいてから、再びカリカリとペン先が紙の上を滑る音が聞こえてきた。
 すぐ隣だから、理一が意識をピリピリさせているのが伝わってくる。少し話しづらい気もしたが、そんなことで躊躇ってはいられない。俺は、ゆっくりと話し出した。

「例えばさ、風紀委員に接触禁止命令出してもらったり、ワタルを退学にしてもらったりすれば、そりゃ楽になれるだろうなとは思うよ。もうワタルのことでいちいち悩まなくていいし、」

 ……怖い夢にうなされたり、部屋にひとりでいるときに急に不安にかられたりすることも、なくなるだろうし。

「けど、それはなんか違う気がすんだよ。これは俺とワタルの問題だから、第三者にどうこうしてもらうんじゃなくて、自分でケリつけなきゃいけない気がするんだ」

 つまり、直接対決するってことね、と言ってから、どう思うだろう? と理一の顔色をうかがってみる。まっすぐに机上の書面を見つめる目から感情が読めなかった。

「……本音を言うと、そんな危険な真似はやめておけと引き止めたいところだ」
「デスヨネー」
「直接自分で、と阿良々木に対してでも誠実で在ろうとするのはお前のいいところだが、それでお前が危険にさらされるくらいなら、そんな誠実さは不必要だ」

 予想通りの言葉に、やっぱりだめか、と肩を落とす。
 けれど、理一の言葉はまだ、それで終わりじゃなかった。だが、と更に理一は口を開く。

「だからといって、俺が止めたってそれを聞くようなやつじゃないだろう、ハルは」

 不意に理一がこちらを振り返る。真正面から俺を捉えるその顔には、ニヤリとした不敵な笑みが浮かんでいた。ああ、なんて頼もしいんだろう。つられて、口元が自然と弧を描いた。

「……はは、よくわかってんじゃん。さすが生徒会長サマだな?」
「そりゃ、ここ最近は一番近くでお前のことを見ているつもりだからな」

 まあ、だから、と続けながら、理一は再びペンを置いて、その手を俺の頭に伸ばした。あたたかく優しい手が、さらりさらりと俺の髪を撫でつけていく。

「俺にできるのは、お前のことを見守ってじっと帰りを待つだけだ」










 それから一週間が経った。けれど、未だにワタルは姿を現さない。

 一度「出席日数とか単位とか大丈夫なのかね」って何気なく忍に話を振ったら「あんなやつ、どうでもいいだろ!」とすごく怒られた。ので、以来俺と忍との間ではワタルの話題はタブーになっている。
 しかし、直接対決をしようと決めても会えなければどうしようもない。うーたんがワタルの地元を探してもどこにもいなかったらしいから、たぶん寮の部屋に引きこもっているんだろうとは聞いた。だから、部屋に行けば会えるのかもしれない。
 だが、それを、いまだ俺の護衛継続中なうなうーたんが許してくれるはずもなかった。

「そもそも、ちょっとひとりになるのもアウトだもんなぁ……」

 うーたんは言わずもがな。予想外にも秋山くんまでかなりがっちりしっかりと俺のガードをしてくれちゃっているおかげで、毎日毎日、驚くほど自由な時間がない。ずっと誰かと一緒にいるということで、変に肩に力が入りっぱなしである。そろそろ肩が凝りそうだった。
 その上、今日は理一も部屋に来ていない。忍が部屋にいないのに来ないというのは久しぶりのことで、なんだか拍子抜けだ。きっと生徒会の仕事が忙しいんだろうけど、理一に癒される気満々で帰ってきただけあって気落ちしてしまう。

「どうしたもんかなぁ……」

 せっかく理一が俺の味方をしてくれると言ってくれたにも関わらず、一向に事態が進展していないことがじれったい。誰もいない部屋のリビング、ラグの上にごろごろと寝転がりながらウンウン唸ってみる。

「なんとか、ワタルと連絡取れたらいいんだけどさー……」

 ごろん。もう一度寝返りをしたところで、ふっと視界のすみに携帯が入り込んだ。黒い二つ折りの、今時時代遅れなガラケー。長いこと使い込んでいるからあちこち塗装が剥げてぼろぼろだ。

 ワタルとの一件以来、なんだか怖くてあんまり開くこともなくなってしまった。学園にいたら滅多に連絡し合うこともないし、本当に必要最低限しか触っていない気もする。完全に携帯依存症・ネット依存症だったちょっと前までの自分を思うと嘘みたいだけど。
 ツイッター画面なんて、もうどれだけ開いてないんだろう。ツイッターでの知り合いがなにをしているかは気になるけれど、もしまたワタルからリプライが飛んできたらと思うと、開く気にはなれなかった。

 けれど、もしかしたら、という気持ちで俺は携帯に手を伸ばす。久々にツイッターのホームへ接続すれば、たちまち大量のツイートが読み込まれた。最近見ないけどなにしてるのかとか、一緒にネトゲにインしないかとか、そんなリプライもいくつか来ていた。結果的にぜんぶ蹴る形になってしまったことに、ちょっとだけ申し訳なくなる。
 とてもじゃないが全部は読み切れないTLをざっと流し見てから、俺はワタルのホームへと飛んだ。ワタルのアカウントは未だ健在だ。けど、やっぱりあれ以降ツイートは一度もされてない。そりゃそうか。元々俺にリプライする専用みたいなアカウントだったんだ。その俺のリアルのほうを知った今、ネットでの俺との関わりなんてそこまで重要じゃないんだろう。もしかしたら、もうツイッターのこと自体忘れているかもしれない。

(……まぁ、それで気付かれなかったら、そのときはそのときか)

 ふむ、と思いつつ、カチカチと携帯を操作する。そして、今まで何度もブロックしてきたワタルのアカウントをフォローした。ワタルのアカウント名の横に「フォロー中」の表示が出るのが奇妙で仕方ない。むずがゆさに耐えながら、俺はダイレクトメッセージの画面を開いた。
 携帯を使うのは久々でも、やっぱり打ち込むスピードとかはそう簡単に衰えたりしないらしい。思ったことを打ち込むのにそう時間はかからなかった。

『@lovelove-goat 話したいことがあんだけど。学園内のどっかで会えたりしねぇ?』

 こんな風に、自分からワタルと接点を持とうとする日が来るとは思わなかったな、と。変に感慨深い気持ちに襲われながらも送信ボタンを押し込む。
 もしかしたらもうツイッターなんて忘れてるかも、という俺の考えは外れだったらしい。そう間を置かないうちに携帯が震え、ワタルからダイレクトメッセージが届いたことを知らせるメールが送られてきた。
 ばくばくとうるさくなっていく心臓を押さえつけながら、通知メールに添付されたリンク先を開く。と、そこには短く、こうとだけ書いてあった。

『@meemee-yagisan 明日の夜、第二校舎の裏手で』

 明日の夜、って。夜っていったい何時なんだ。首を傾げるも、深く考えないことにして了解とだけ返信をする。

 それから、迷った末に俺は理一に電話をした。どうやら今日は副会長がいないからと生徒会室で仕事をしていたらしい。忙しいところを邪魔する形となってしまったことを心苦しく思いながらも、ワタルに連絡がついて、明日の夜会うことになったということを伝えた。
 すると理一は、どこか得意げな口調でこう言った。

『なら、俺が寮の裏口まで案内してやる』

 風紀の護衛をまく必要があんだろ、と言う理一はきっと、電話の向こうでタチの悪い笑顔を浮かべていたことだろう。
 明晩に向けてふたりで打ち合わせというなの作戦会議をしたのち、ありがとう、と何気なく感謝の言葉を口にしてみた。

「理一が俺の味方で良かったよ。ほんと、ありがとな」

 たぶん俺ひとりじゃワタルにDMする勇気なんて出なかっただろうし、それ以前に、直接対決したいとは思ってもそこまで踏ん切れなかったと思ったから。理一が居てくれてよかったと、そんな気持ちを込めて言ってみた。ら、

「言っただろ。気に入ったのはお前のほうだけじゃないんだぞ、って」

 なんだかすごく懐かしい台詞を持ち出されてきて、むしろ、俺のほうが赤面してしまうはめになったり――というのは、また別のお話だ。





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