06






「ああ、お前が噂の転入生か」
「……噂の?」

 これからまた生徒会の仕事らしい理一とは、寮の入り口前で別れた。そして教えられた通りに寮監室とやらを訪れてみたところ、俺を待ち構えていたのがこの男。――そう、ホストだ。

「誰がホストだボケ。ホストが寮監室にいるわけねーだろが」
「あっやべ、声に出てました?」
「『出てました?』じゃねぇよ。嘘くせぇ演技しやがって。わざとだろ、お前」
「ははは、いやまさかそんな」

 まあその通りですけども。
 ……いやだって、ドア開けたらいきなりパツキン頭をバリッバリに固めた男が出てきたんだぞ? しかもなんか光沢のある黒シャツを着たやつ。これが突っ込まずにいれるかっての。
 笑っちゃいけないとは思いつつも、ひくひくと頬が引きつるのを止められない。「口がにやけそうになるのを堪える方法」とか、ツイッターで募集したら見つかるだろうか。
 全然反省していない俺に、ホストさんは深く溜息を吐いた。

「……まあいい。俺は寮監の三和(みわ)だ」
「はあ、美輪さん。下の名前は明宏ですか?」
「字がちげぇ!」

 ちょっとふざけてみたら、なにかがブチリと切れる音がした。それは恐らく、ミワさんの堪忍袋の尾とか、こめかみの血管とか、そういうやつ。
 ホストなミワさんは、荒々しくペン立てから油性マジックを引き抜くと、ぐいと俺の顎を掴んだ。肉食獣のような視線が左頬に突き刺さる。なんとなくこの先の展開が予想できてしまうような、しまわないような。

――あ、いや、ちょ、待て。落ち着けミワさん

「俺の名前はっ、こういうっ、字だっつーのっ!!!」
「ぎゃああああああ」

 ゴリゴリと音がしそうなほどの強さで、ミワさんは俺の頬にペン先を押しつけた。最悪な事態に慌てて抵抗を試みるものの、ヒキコモリンな俺のしょぼい腕力でかなうはずもなく。ゆっくり、それでも確実に、俺の頬には線が書かれていった。そしてようやく解放されたときには、左頬全体にでかでかと「三和」の2文字が。

「…………三和さんひどい」
「自業自得だこのクソガキが」
「しかもよりにもよって、マッキー極太じゃん」
「それに関しては、一番取りやすいところにあったマッキーを恨め」
「いやいやいや」

 ていうかさ、これ、ちゃんと落ちんのかなとかいう不安も勿論あるけど、それよりさ。

「なんか俺が三和さんのモノみたいになってんですけど」
「ハッ、だとしたら随分色気のねぇ所有印だな」
「そーゆー言い方やめてくれます? この学園じゃシャレになんないでしょうが」
「ンなの俺が知ったことかよ」

 そんな殺生な。ぼそりとそう零したのが、また、三和さんの気に障ったらしい。完全に憤怒の色に染まった三和さんの目は据わっていた。

「――八木重陽」

 地響きのように低い声が俺を呼ぶ。嫌な予感再来、みたいな。ふざけてみるけと笑えない。

「お前の部屋は801号室だ。解ったら、」
「たら?」
「さっさと出てけ、コノヤロウ」
「…………えっ? ちょっ、まっ」

 反論の隙すら与えられず、ひょいと襟首を捕まれ追い出された。三和さん怪力すぎワロス。思い出したかのように後から投げ付けられたカードキーは、見事に俺の額に命中した。地味に痛ぇ。

「…………なんなんだあの人、大人気なっ」

 冗談通じなさすぎ! と嘆いてはみるものの、まあ今回はちょっと俺が悪かったな、たぶん。きっとあの人にとって、名前でからかわれるのは地雷なんだろう。そう思って、カードキーを拾いながら立ち上がる。

「三和さん三和さん」

 さっき容赦なく鍵を掛けられてしまった寮監室へのドアを、こんこんと数回ノック。

「三和さん年上なのに、嫌なことでからかっちゃってすみませんでした。鍵、ありがとうございます」

 それから、これからよろしくお願いします。と付け足して、その場を後にした。うん、こういうのは謝ったもん勝ちってばっちゃんが言ってたもんな。――まあ、嘘だけど。

「なんなんだ、アイツ」

 予想だにしなかった謝罪の言葉に、ドア一枚挟んだ向こうで三和さんがズルズルとその場にしゃがみ込んでしまっていたとか。そんなのは知らない。













ヤギ@meemee-yagisan
 【急募】油性マーカーで書いた字の消し方

うー@pyon-rab
 @meemee-yagisan えっ、まさかめーちゃんほんとにらくがきしたのΣ(゜Д゜)?!

ヤギ@meemee-yagisan
 @pyon-rab してねーからwwwむしろされた側だからwww

スーザン@susan-11
 @meemee-yagisan 写メうp

ヤギ@meemee-yagisan
 @susan-11 だが断る





 有難いことに誰も乗っていなかったエレベーターに乗り込みながら、カチカチとリプライに返信していく。ツイートボタンを押したところで、新たなリプライ通知が届いた。

「おお?」

 リプライ元のアカウントは、@kasiwa-mochimochi。さっき別れてきたばかりの理一だ。仕事はどうした仕事は、と思うも、さっそくリプライをしてきてくれたことが嬉しくてたまらない。ちょっとうきうき気分で内容をチェックする。





柏餅@kasiwa-mochimochi
 @meemee-yagisan いったいなにをやらかしたんだおまえは





「ぶはっ、ちょっ、理一」

 ひらがなばっかじゃねえか!
 会長サマの、想像以上だった機械オンチっぷりに笑いが止まらない。やばい。





ヤギ@meemee-yagisan
 @kasiwa-mochimochi ヒント;美輪明宏 ってか、お前変換しろよwwwwww

柏餅@kasiwa-mochimochi
 @meemee-yagisan なるほどだいたいのことははあくしたたぷんぜんぶおまえがわるいへんかんはこんどおしえろ













「……たぷん……」

 誤字のまま送ってしまった。と、柏木理一は憂鬱な気分で机に突っ伏した。重陽はあんなに易々と扱っていたのに、どうしてだ。片手に持った携帯を怨めしく思う。
 それにしても、と理一はついさっきの記憶を掘り起こした。八木重陽。なんでこのクソ忙しいときにまた転入生なんて、と睡眠不足も相まって半ば苛々しながら迎えに行った彼は、どこか不思議な男だった。
 躊躇いなく自らを、少なからずマイナスイメージの付きまとう「オタク」だと言ったり、自分も金持ちなくせに金持ちに対してびくびくしたり。更に彼は、なにも知らないはずなのに理一がいま「とある事情」を抱えていて忙しいということに気付いたようでもあった。

「もしかしたら、あいつが来たことで」

 なにかが変わるかもしれないな、だなんて。そんな夢見がちなことを無人の生徒会室内で呟いて、理一は、重陽からの「リプライ」に目を通した。





ヤギ@meemee-yagisan
 @kasiwa-mochimochi まかせろ(`・ω・´)俺がみっちり教えてやんよ!





 直接話していたときとは随分雰囲気のことなる文体に、思わず理一は微笑んだ。そしてテンキーに指をかける。相変わらずなかなか思い通りに文字が打てないし、変換の仕方も句読点の打ち方も解らなかったが、今度は誤字はしなかった。





柏餅@kasiwa-mochimochi
 @meemee-yagisan たのむあとこのかおのだしかたも





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