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 恐らくは、「この顔文字の出し方も教えて」という意味なのだろう理一からのリプライを、「なにこの生き物可愛すぎだろなんで男なんだよこれできゃわゆいおにゃのこだったらぜってー惚れたのに!」と思いながら秒速でふぁぼった(お気に入り登録した)とき、ようやくその扉が視界の端に映った。

「おっ、ここか」

 エレベーターホールからここまで、いくつも見てきたのと同じ扉の前で立ち止まる。801と書かれたプレート付きのそこがこれからの俺の住居らしかった。
 それにしても遠かった。801号室だから端っこなんだろうなとは思ったものの、まさか、ワンフロアがこんなにも広いとは。一体どうなってるんだ、この学園。

「伊達に金持ちから寄付金貰ってるわけじゃねーよってことなんかね」

 かくいう俺の家も、留年のことやらに目をつむって貰うために多額の寄付金をしたクチだったりするのだが。いくら父さんが卒業生とはいえ、たぶんそうじゃなかったら編入試験に合格することはできなかっただろう。
 ポンと桁違いの額を出せてしまう両親に感謝しながら、備え付けのインターホンを押した。ピンポーン。間抜けに響いた電子音が、このどこの高級ホテルだっていう廊下に似合わなすぎて笑える。

「はいはいはーい!」

 扉の向こうからドタバタと足音が聞こえて、しばらくの後に姿を現したのは。

「おいでませ転入生!!!」

 やたらハイテンションな、黒の短髪にがっしりとした体格の「いかにもスポーツ少年!」といった風貌の男だった。ていうか、またイケメンか。さっきのホストも含め、この学園イケメン率高過ぎだろ。

「……お、オウ」

 どこかの誰かを彷彿とさせるようなテンションの高さについ引き気味になっていると、俺の同室者なんだろう彼はコテンと首を傾げたのち。

「うっひゃひゃひゃひゃ! ちょっ、おまっ、なんっだそれ!!!」
「ああん?」

 俺の顔を指差して、大爆笑し始めた。オイオイ、いくら俺がびっくりするほどの平凡顔だからって失礼すぎんだろコラ。
 ヒク、と左頬が引きつる――うん? 左頬?

「あ、コレか」
「えっちょっ、そんな存在感あるモンを忘れてたのかよ、お前っ」

 ぺたりと自分の左頬へ手をやって言えば、更に大きくなる同室者クンの笑い声。いや、まあ、正直理一のアレコレが面白すぎて完全に忘れてたけど。だからってそこまで笑わなくたっていいだろう。

「アンタ、笑い過ぎ」

 言葉の端々に「www」の記号が見えそうな話し方に、ちょっとイラッとした。

「ごめんごめん、つい。こんな微妙な時期に転校生だっていうからどんなんかと思ったら、いきなり顔に『三和』とか書かれてるやつが来たから……その、びっくりしてさ」
「まあ、そりゃそうだよな」

 俺だって、新しくルームメイトになるってやつが顔にマッキーで『三和』とか書いてたら、何事かと思うわ。

「だけどちょっと笑い過ぎだからな、お前」
「ははっ、ごめんな!」
「うん、爽やか!」

 そんな爽やかスマイルで謝られたら調子狂うわ!

「俺、鈴木忍(すずきしのぶ)な。お前とおんなじ2年A組。よろしく!」
「八木重陽。クラスとかは知らないけど、……まあ、よろしく?」
「うわあ、ひねくれてる! あっ、ちなみに俺のことは気軽に忍様って呼んでくれていいから!」
「はいはい忍様……って、全然気軽じゃねぇし!」

 なにを言ってるんだこいつは! と、いつもの感覚でズビシと突っ込む。あ、やべぇ。一応初対面なのに手刀まで付けんのはやりすぎたかな。そう思うのもつかの間。再び「ぶひゃひゃひゃ」と笑い始めた鈴木。なんだなんだ、なんなんだこいつは。笑い上戸か?!

「超ナイス突っ込みすぎる! リアルでこんなに的確な突っ込みされたの久しぶりだわ〜!」
「ああ、さいでっか……うん? リアル?」

 突っ込みに飢えていたんだな、なるほどと納得したところで、鈴木の言葉に首を傾げる。
 リアル。今彼はそう言った。それはさほど特別ではないが、日常生活で使う機会の少ない言葉である。ましてや、こんな場面では。
 だというのに、何のためらいもなくごく自然に「リアル」と口にした鈴木に、言い表わしようのない違和感が募る。

「ん? どーした?」
「いや、今『リアル』って言ったから」

 どういう意味なのかなー、と続ければ、鈴木はちょっと思案したのちに「ああ!」と大袈裟な仕草で手のひらをポンと叩いた。

「悪い悪い。俺、ネトゲとかやってるからさー。つい」
「え……」
「そっちの友達で、八木みたいに上手いこと突っ込んでくれるやつがいるからさー。なんか嬉しくって」

 ははは、と照れくさそうに微笑む鈴木。――いや、違う。そこは別に照れるところじゃない。というか、俺が気にしたのはそこじゃあない。

「ネトゲ?! 今、ネトゲって言ったか、お前」
「えっ、ああ、うん。あっ、ネトゲってのはいわゆるオンラインゲームってやつで……」
「違ぇよ! そんなんは知ってる」

 俺が知りてぇのは!

「お前ネトゲやってんの?」
「え」
「ていうかここネット使えんの???」

 っていう、俺にとっては死活問題なことなのです。
 勢い余ってがっしりと忍の肩を掴み問えば、迫力負けしたのか、今度は鈴木のほうがちょっと引きながら「あ、ああ……」と呟いた。それは、どっちだ。前者か後者か、どちらに対する答えなんだ。

「どっちもだよっ!」

 更に詰めよった俺に、耐えかねたのか鈴木はそう叫んだ。そうか、どっちもか。

「てことは、この寮、ネット使えんのか……」

 学園案内にもそんなこと書いてなかったし、母さんも父さんもそんなこと言っていなかった。むしろ、ネット環境なんかないんだからなゴルァされたくらいだったのだけれど、どういうことなのだろう。
 次々と湧き出る疑問に脳ミソがパンクしそうになったとき、そんな俺の状況をなんとなく察したらしい鈴木が「ああ、それだけどな」とニヤリと笑った。

「実はさ、親戚なんだよな」
「誰が?」

 やけに意味深な言い方をされて問い返せば、それそれ、とまた顔を指差された。どれだよ、っていうかだから指差すのはやめなさいって。

「三和さん」
「……へっ? あのホスト?!」
「ぶっは! そうそう、そのホスト」

 「だから、こっそりネット回線引いてもらってるんだ」と悪戯っぽく笑った鈴木の顔は、確かにもう少し老けさせて髪を染めたら、ホストな三和さんに似てるかもしれなかった。





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