05






 昼食は、途中から合流してきたうーたんと秋山くんも加えたなかなかの大所帯でのものとなった。
 風紀委員の腕章を付けたのが二人もいるからか、さっきのテスト順位のことが影響したのか。周囲の視線が少し痛かったけれど、久しぶりに大勢で楽しく食事ができたからヨシとしよう。

 ここんとこずっと、一人で食べるか忍と二人きりだったからな。やっぱり食事はみんなでしたほうがおいしいなと思った。

 それからは特に変わったこともなく、あっという間に時間が過ぎて放課後になっていた。
 本来なら秋山くんあたりに護衛されてまっすぐ寮に帰るべきところなんだろう。けれど今、俺は二木せんせーと一緒に国語科準備室へ来ていた。

「お前がここに来んのもなんか久しぶりだなァ」
「あー、そうですね。ちょっと見ない間に、なんていうか……」
「あぁ? なんだよ?」
「……部屋の散らかり具合に、磨きが掛かっていますね?」

 久しぶりの国語科準備室は、転入当初に見た職員室のデスクのように散らかりきっていた。

 分類わけすらされていない書類があっちこっちに山をつくり、斜めに傾いて今にも崩れそう。ゴミ箱は完全に溢れかえっていて、周囲にも丸めた紙屑やら菓子パンの袋やらが散乱していた。
 デスクの隅に置かれた灰皿には吸い殻がいっぱいに詰まっていて、それだけじゃ足りなかったのか、空のコーヒー缶にもいくつか真新しい吸い殻が刺さっている。

 そこまでするなら灰皿の中身を捨てればいいんじゃないのか、と思うけれど、それができないから「片づけられない男」なんだよなと、もはや呆れかえることしかできない。

「ちょっと待ってろよ、いま発掘するからな」
「ウッス」

 探す、じゃなくて発掘する、と言うところがなんとも言えない。ぴったりすぎて逆に困ってしまう。

(こりゃ、また近いうちに整理してやんなきゃだめかなぁ)

 本や書類の山を上の方から崩しつつ「発掘」を開始した二木せんせーに若干遠い目になる。
 まだ時間がかかりそうだと判断して、俺は携帯を取り出した。預かってたテストの答案を返すから、と言った二木せんせーに連れられて、うーたんたちになんの連絡もなしにこっちまで来てしまったから。

(二木せんせーと一緒に、国語科準備室にいます、っと……)

 一度内容を確認してから送信ボタンを押し込む。送信完了の画面が現れて俺が携帯をしまったのと、二木せんせーが「あった!」と声をあげたの。更に、ドサドサドサァ! とすごい勢いでデスク上の山が二つ三つ崩れたのは、ほぼ同時だった。

「あったぞ、ほら、これ」

 崩れた山には見向きもせずに、せんせーは俺にクリアファイルを差し出してくる。俺も、そちらを向いたら今すぐ片づけなくちゃならなくなるような気がして、スルーして受け取る。

「お前、転入してきたばっかだっつーのによくがんばったな」
「……おおっ!」

 ファイルの中から答案を取り出して目を見開く。八木重陽と名前の書かれたテストにはどれも、びっくりするほどの高得点が並んでいた。

 まあ、あの順位からしてひどい点ということはないだろうと思ってたけれど。明らかに平均点は軽く超えているだろう点ばかりが並んでるのをいざ目の当たりにしてみると、思った以上に嬉しかった。
 苦手だったはずの世界史も、志摩にポイントを教えてもらったお陰か88点という高得点をマークしていた。

(今度志摩にお礼しなきゃな〜)

 内心でむふむふと妖しい笑いを浮かべながらそんなことを思う。
 一通り内容をチェックして、ケアレスミスなどにもそれなりに反省して。そしてまた答案をクリアファイルにしまい直したところで、ふと、それまで黙り込んでいた二木せんせーがこちらを見た。

「……それで、お前」
「はい?」
「本当にもう大丈夫なのか?」

 大丈夫なのか、とは。ワタルのことだけを言っているんじゃないんだろうなと、漠然と察する。

「あー、はい。まぁ……ありがたいことに、味方がたくさんいるんで」

 部屋から出らんない俺のために毎日食堂でテイクアウトして来てくれるやつとか、自分も忙しいはずなのにわざわざ人目を避けてまで部屋に会いに来てくれるやつとか、がんばって守るなんていう宣言をしてくれるやつとか。
 本当にありがたいことに、俺の周りにはやさしいやつらがびっくりするほどたくさんいる。

 だから大丈夫なんだと笑顔を返せば、二木せんせーは呆気にとられたようにぱちくりと瞬きをした。それからはっとしたような顔になって、くしゃりと表情を崩す。ちょっとだけ悔しそうな苦笑いだった。

「そうか。そう、だな」
「はい」
「まぁ、なんかあったらちっとはオトナも頼れよな? あいつも心配してたぞ」
「……あいつ?」

 あいつって、誰だ?
 二木せんせーがあいつなんて呼びそうな人で、俺のこと心配してそうな人って誰か居たっけ? さっぱり見当がつかなくて首を傾げる俺を見て、二木せんせーはぷはりと噴き出す。

「あーあ、あいつも可哀想にな。報われねぇの」
「ええ? まじで誰?」

 お手上げだとばかりに問いかければ、二木せんせーはにやりと口角をあげてから答えた。

「宮木だよ、宮木。お前んとこの秘書の」
「……え、」

 ええええええ!?

「宮木さん!? えっ、まじで宮木さん? えっ、なんで?」
「こないだ、メールで今回のこと伝えたんだよ。さすがに具体的になにがあったのかまでは言ってねぇけど、トラブルに巻き込まれたーっていう風に」
「えええ……まじでか……」

 宮木さん心配してくれてたのか、なんか申し訳ないことしたなぁ。
 っていうかそもそも、せんせーいつのまに宮木さんと連絡先交換したんだろう。やっぱ文化祭のときかな。

「あいつな、自分がそばに行って守れないこと、すげー悔やんでたぞ。どうしてこういうときに自分はそばに居れないんだ、っつって」

 二木せんせーの静かな声に、俺は文化祭の時のことを思い出した。いろんなことを急に暴露した宮木さんに、守らせてくれと懇願されたときのことを。

(なんか、悪いことしちゃった、かな)

 俺が宮木さんに対して何かしてしまったわけではない。けれど、なんだかひどく胸が痛んだ。
 自然、視線も下向きになる。自分の上履きをにらみつけて、ぐっと下唇を噛んだ。そのとき、そうっと頭の上に誰かの手が触れた。

 ぐしゃりと髪をかき混ぜながらも、優しい手つきで俺の頭を撫でる二木せんせー。どうやら慰めてくれているらしい。
 この人でも誰かを慰めたりとかするんだな、とか。見当違いなことを思いながらも、俺は黙ってそれを受け入れた。

「……落ち着いたか?」
「は、い。すみません」
「よし。そんじゃ、暗くなる前にそろそろ帰れ。迎えも来てるみてぇだしな」
「迎え……?」

 首を傾げる俺に、二木せんせーは黙って背後を指さす。はっとしてドアのほうを振り返ると、磨りガラスごしに人影が見えた。
 慌てて携帯を取り出すと、いつのまにやら「廊下で待っています」という秋山くんからのメールが届いている。うーたんからは、別件に駆り出されてしまったからいけない、という報告も来ていた。

「俺、帰ります! テストありがとうございましたっ!」

 どれくらい待たせてしまったのだろうか。焦りながらも一礼して、国語科準備室のドアに手をかける。そのままドアを引こうとしたところで「八木」と呼ばれて俺は手を止めた。

「お前、古典のテストよくできてたな。二年じゃお前がトップだったぞ」
「ありがと、ございます」

 煙草の箱を片手に微笑む二木せんせー。手の中のクリアファイルをぎゅっと握りしめる。

「あと、もう一個だけ言っとくな」
「はい?」

 聞き返した声を合図に、二木せんせーはガラリと雰囲気を変えた。
 口元の笑みがさっと消える。目つきも心なしか鋭くなった。さっきまでの優しい微笑とは対照的な、怖いくらいに真剣な表情。

 俺から視線を逸らさないまま、二木せんせーは箱の尻を叩いて煙草を一本取り出した。口端にくわえると火をつけて、わずかに目を細めながら息を吸い込む。そして、ふーっと紫煙を俺に向かって吐き出した。
 それから、言う。

「お前がもうだめだってなったとき、俺はいつでも助けてやるからな。他のなにかを投げ捨ててでも、俺がお前を助けてやる。……その準備は、いつだってできてる」

 そのことを忘れるなよ、と意味深な言葉で念押しされる。いつもの二木せんせーとは全く違うピリピリした雰囲気は、俺になにかを伝えているようだった。
 後少しでなにかがわかりそうな、でもわかってはいけないような、そんなジレンマさえ覚える。

 瞬き一つするのすらためらわれるような重い雰囲気のなかで、俺は、悩んだ末にへらりと笑ってすべてを誤魔化すことにした。

「ありがとーございます、せんせ」

 それから、せんせーの反応を見ないうちにくるっと背を向けて、今度こそ国語科準備室を後にする。
 見ない、というかは、見れない、というほうが正しかった。





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