04






「そうだ、テスト……」
「え?」
「君島委員長! こないだのテストで十位以内入ったら、それって俺の武器になりますか!?」

 まだ結果は出てない。休んでたせいでテスト自体だって返ってきていないけど、手応えはあった。そもそも「十位以内に入らないと」と母さんに脅されていてそれを目標にがんばってきたわけだし。そこにぎりぎり滑りこんでいるくらいの自信はあった。
 どうですか、と正面の君島委員長をまっすぐに見つめる。

「そっか。君、留年したりしてるけど頭はいいんだっけ……」
「シュウとか理一とかには完全に負けますけど」
「いや、十分だよ。なんてったって君は転校してきたばかりだし、それに、派手な外見でもない」

 いや、地味なのは自覚してますけど。だからってそんなドストレートに言わなくても、と思う俺に「だからこそ」と委員長は続ける。

「君が十位以内に入れば、とたんに注目を浴びる。あの八木っていうのは誰なんだ、あれが風紀に護衛されている生徒なのか? ……じゃあ、もしかしたら生徒会長の? こんな具合に」
「…………」
「それにくわえて、君の実家のことが知られれば十二分だね。今後もテスト順位をキープし続ける限り、君の学園生活は安泰といってもいいほどだよ」

 そこまで、なのか。ただ十位以内に入るっていうだけで。自分から言い出したものの、君島委員長の反応が予想以上すぎてちょっとびっくりだ。

「ちなみに、そうなったら忍のとこも大丈夫になりますかね?」
「気になるのかい?」
「はあ、まぁ」

 曖昧に頷く。正確に言うと、俺が気にしているのは親衛隊のことではなく忍のこと、であった。

「……あいつ、なんも言わないけど俺が人前で『鈴木』って呼ぶと、すごいしょんぼりした顔するんで」

 同室者として友人として、名前で呼ぶくらいはできる対等な関係になりたいって。そう思うのは自然なことだろう?













「……めーちゃん、良かったのか?」
「は? なにが?」

 四人で昇降口前に向かう途中、隣を歩く忍がこそりと小声で囁いてきた。
 忍がなにを言いたいのかなんてわかりきっている。それでもわざと知らないふりをすれば、忍はムッとした顔で声を荒げた。

「さっきのだよ! めーちゃん、ずっと俺のこと鈴木って呼んでたくせに、急に名前で呼び始めて」
「別に、いつも名前で呼んでんだろ。ホラ、忍」
「そうじゃないって! だってさっきは、」

 そこで一瞬ぐっと言葉を詰まらせてから、さっきは、とまた繰り返して続ける忍。

「……俺の、親衛隊が、見てた」
「ああ、そうだな。見てたし聞いてたな」
「えっ? ちょ、めーちゃん気付いてたの!?」

 気付いてたに決まっているだろう。クラスメイトに忍の親衛隊が居ることくらい知っているし、それが誰かも把握してる。
 さっきのは、わかった上でわざとやったのだ。

「わかってなら、めーちゃん、なんで……」
「その説明はあとで、な」

 話しているうちに一階に着いていた。先を行くシュウたちの背中を追いながら、同じく順位を見に来たのだろう生徒でごった返した昇降口前を行く。
 人混みを抜けたさきには、予想通りパーテーションに紙を貼り付ける形でテストの順位が掲示されていた。

「おおーっ、相変わらず一位はシュウやんな」
「まあ、成績キープが特待生の条件だからな」
「そんな謙遜せんでもええやんー! おめでとさん」
「ありがとう、西崎」

 早くも自分の名前を見つけたらしいシュウの背をバシバシ叩きながら西崎が笑っている。少し痛そうにしているシュウに「ご愁傷様」と内心で呟いてから、俺もパーテーションへ目を向けた。

 一位は、二人が言っていた通りシュウだ。これは予想通り。その真下にある「二位 志摩飛鳥」の文字も「三位 鈴木忍」の文字も。ここまではシュウも西崎も予想していたんだろう。
 ただ、その下。四位にある名前を見て、二人ともピシリと硬直した。

「えっ……ちょ、めーちゃん、これどういうこと?」
「四位、俺だな」
「せやな! ……って、いやいやいや! 『四位、俺だな』ちゃうから!」

 ビシリと突っ込みを入れてきたてのひらをはたき落とす。

 そう――忍の名前の真下、二年四位のところには、俺の名前が記されていたのだ。ひとまず、母さんと約束していた十位以内の目標を達成できたことにほっと胸を撫で下ろす。

「なんなんこれ、めーちゃんそんな頭良かったん……?」
「っていうか、単なる努力の結果だよ」

 俺が死ぬ気で勉強してたのは知ってんだろうがと返せば、せやけど、と口ごもる西崎。どうやらこの説明ではまだ納得がいかないらしい。
 けれど、いくら「なんで」と聞かれたって俺にはそれ以上の説明ができないのだから仕方ない。

「すごいな、ハル……おめでとう」
「はは、ありがとう」

 こちらは純粋に驚いた様子で言ってきたシュウに苦笑で礼を言う。それから、俺の隣でポカンと大きく口を開けて間抜け面をさらしている男――忍に向き直った。

「ねえ、二年の四位の八木……って、だれ?」
「あ、ほらあの、転入生じゃない?」
「それは一年でしょ?」
「そっちじゃなくて、最近入ってきたほうの」
「あー! あの、地味なほうの?」
「ええー、転入してきたばっかりなのに四位かよ? すごいな」

 自分の順位を喜んだり悲しんだりと、雑然としたざわめきの中から時折そんな声が聞こえてくる。もちろん全部を聞き取れたわけじゃない。けれど、聞こえる範囲内では突如四位に浮上した「八木重陽」という人物への評価が上がっているのがわかった。
 計画通り、というわけではないけれど、なんとかうまい方向に転んでくれたことに知らず頬が緩む。

 すぅっと息を吸った。きちんと周囲にも聞こえるように、このざわめきのなかでもかき消されないように、大きく。そして、未だに惚けている隣の男に呼びかけた。

「――忍」
「っ、めーちゃ……」
「三位おめでとう、忍」

 一文字一文字に力を込めるようにハッキリと口にする。ついでにチラと視線を掲示物の方向へ向ければ、忍がハッと目を見開いた。
 ようやく俺の意図に気付いてくれたらしい。ぱちぱちと数回瞬きを繰り返したあと、にっこりとわざとらしいほどの笑顔を俺に向けてくれる。

「めーちゃ……八木も、四位おめでとうなのな!」
「おー、ありがと!」

 あくまで「良い友達」という風に、にっこりと笑顔を浮かべる。さっきまで噂をしていた周囲の視線がこちらに向いていた。これで俺が「八木」であること、突如四位にあがった転校生であることは伝わった、はず。

(君島委員長、俺、ちゃんとやりましたよー)

 今はここにいない彼に心の内で報告してから、俺はまたパーテーションに向き直った。
 一年の一位は、言わずもがな斎藤くん。ふたりそろって一位とか、いったいどんな秀才カップルなんだ。怖すぎる。
 そして、三年の一位は――

(理一……)

――柏木理一の四文字が、堂々とトップに君臨していた。

 生徒会のこととか佐藤灯里のこととかであんなに忙しかったのに、いったいいつ勉強していたのだろう。副会長や本村アカネたちの名前が少し下の方に落ちていることを考えると、それがどれだけすごいことなのかがよくわかる。

(俺は、シュウたちみたいに一位になることはできないけど……)

 これでちょっとは理一と並べるようになるのだろうか。人目を忍んでこそこそと、じゃなくて、堂々と会ったり話したりできるようになるのだろうか。

(すぐには無理でも、少しずつでもそうなれたらいい)

 いまだ止まないざわめきの中で、ひとり、決意を固めるようにそう思った。





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