03






 午前の授業がすべて終わり、昼休みになって。使った筆記用具類をしまっていると、ふっと視界が陰った。机の前に誰かが立っているのがわかる。

(誰だろ。忍かな)

 ぼんやり思いながら視線を上げる。蛍光灯の光を背に、ちょっとだけぎこちない笑顔が俺を見返してきた。

「めーちゃん! テストの順位みにいこ!」
「……西崎」

 西崎が自分から話しかけてくれたということに目を見開く。まだ気まずい空気は抜け切れてなかったけど、話ができるっていうただそれだけのことが嬉しかった。
 緩みそうになる口元をきゅっと引き締める。そしてなんの誘いかもよく把握しないまま、条件反射的に「ああ!」と返しかけて、そこで俺は「うん?」と首を傾げた。

「順位? 順位なんか発表されてんの?」
「今日の昼休みに掲示されるて、二木せんせーが朝言っとったやろ」

 聞いとらんかったん? と言って西崎はニシシと笑う。そうだったのか、全然聞いてなかった。

「つか、お前の視線がうるさくて、それどころじゃなかったんだよ」
「え、俺そんな見とった?」
「見てた」

 超、見てた。むしろ見てたどころの話じゃないっつうの、無自覚かよ。タチ悪ぃなぁと思わず顔をしかめる。

「ん〜、でもまあ、しゃあないわなぁ」
「は?」
「やって俺、めーちゃんのことめっちゃ好きやから」

 だから見てしまうのは仕方のないことなのだと、なんでもないことのように西崎は言う。

「ばっ、おま、なに言って……!」

 「フツーにしててくれ」って言ったのはついさっきの気がするんだけど、俺の気のせいなんだろうか。
 いや、なにも好きとか言うのもダメだとか、そんなひどいことを言うつもりはないけれど。さすがにこうもサラッと言われると、照れるというかなんというか……。

「おっ? なになに、照れてるん? めーちゃん照れてるん??? なあなあ、めーちゃんってば!」
「もうお前、ちょっと黙れよ」
「ぶへあっ!」

 あまりのしつこさに、ちょうど手にしていた教科書をべしりと顔面に叩き付けてやると、奇妙な声が聞こえてきた。つぶれたカエルの様な声、ってのはこういう声だろうか。

「めーちゃん、ひっどいわぁ。いくら恥ずかしいからって手ェ出さんでもええやん……」
「で? その掲示ってのどこにされてるわけ?」
「スルー! 今度はスルーかいな!」

 愛が痛いとかふざけたことを叫ぶ西崎に、溜息を一つこぼしてまた教科書を構える。そのまま手を振り上げると、西崎は「ヒッ」と引き攣った声を出して手で顔をガードしてきた。

「一階! 一階の昇降口前やって!!!」

 昇降口前か、なるほど。きっとラウンジスペースとの区切りに置かれているパーテーションのあたりにでも貼り出されるのだろうか。

 振り上げた手をおろして、そのまま教科書を机の中にしまう。そんな俺を見て西崎は大げさにほっと息をついた。ビビるくらいならおとなしく最初っから答えとけばいいだろうに。バカだなぁ。
 苦笑をこぼすと、「ハル」と落ち着いた声が俺を呼んだ。声のほうを振り返れば、教室のドアのあたりからシュウが手招きしている。

「早くしないと、昼飯食べる時間がなくなるぞ」
「ああ、今行く!」
「ああっ、めーちゃん待ちいや! 一緒行こうて言うたばっかやん!」

 アホの西崎をおいてさっさと席を立ち、シュウの元に向かう。その途中、席替えで一人だけ席が離されてしまった忍の背中をぱしんと叩いた。

「ほら、行くぞ忍」

 教室中のクラスメイトたちに聞こえてもおかしくない声量で、忍の名前を呼ぶ。前までだったら親衛隊のことを気にして「鈴木」と名字で呼んでいた場面だ。けど、今日テストの順位が掲示されるなら、もうそうする必要はない。
 あれだけがんばったのだ、手応えだってかなりあった。これでよっぽどひどいケアレスミスでもしていない限り、だいたいは予想通りの結果が出る、はず。

「っ、めーちゃ……」
「早くしねぇと置いてくぞ」

 俺の変化に気付いたのか、困惑をあらわにする忍にニッとほほえみかけてシュウの元まで駆けていく。
 がたりと慌ててイスを引く音がしたから、ちゃんとついてきているかなんていう確認はしなかった。













 昨日、今後についての話を聞いたときに俺は君島委員長にこう言われた。

「もしかしたら、これから八木くんは親衛隊に目を付けられるかもしれない」
「親衛隊? それって、忍のですか?」
「鈴木くんのところも危ないところだけどね。残念ながら違うんだ」

 忍のなら、同室者だからと今まではガマンしていたけど、もうガマンの限界に来てしまったとかいう理由でなら納得できる。けど、そうじゃないらしい。
 なら、一体どこが? 心あたりがない俺に、君島委員長は言いづらそうに口を開く。

「実はね……あの日、生徒会長が風紀室に入っていったところを見た生徒が居てね。これから宇佐木たちが君の護衛につくことになって、そのことと結びつけて考える生徒が出てくる可能性があるんだ」
「え……ただ部屋に入っただけで、ですか?」

 別に仕事の関係上そんなことくらいいくらでもあるんじゃないのか? 書類の受け渡しで来た、とか。
 そう思ったのが顔に出ていたらしい。君島委員長は苦笑を浮かべる。

「普段は、お互いの顧問を通してやりとりしているんだ。じゃないと生徒会役員目当てで風紀に入る生徒が増えてしまうからね」
「あー、なるほど……」

 つまり、普段は行かない風紀室に生徒会長が行ったということは、よっぽど大事な「なにか」があったんじゃないだろうかと一部で考えられていて。そこで俺が風紀委員に護衛されているのを見たら、時期的にも俺がその「なにか」に関わっているんじゃ、って思う生徒がいるんじゃないかと。

「そういうことですか?」
「理解が早くて助かるよ」

 つまりは、肯定だ。ただでさえワタルのことでいっぱいいっぱいだったというのに、余計に頭が痛くなりそうである。

「もちろん宇佐木たちがついているからには簡単には狙わせたりしないけど、それでも簡単に君への疑いや反感が消えるわけじゃない」
「そうでしょうね」

 人の感情というものは、いつだって予測不可能かつ複雑なものだ。ワタルの一件を通して、俺はそのことを痛いほどに感じている。

「だから、できれば君自身に何か武器になりそうなものがあったら、って思うんだけど……」
「武器、ですか?」

 思わず聞き返した俺に「そう、武器」となんてこと無いような顔で、君島委員長は頷く。

「武器っていっても、ほんとに戦うわけじゃないよ。親衛隊が譲歩できそうなというか、手出しできないと思わせるような要素がなにかあったら、っていうこと」
「それってつまり、生徒会でいう容姿とかそういうのですか」
「そうそう。あとは家柄とか特別な才能、とか」

 容姿に家柄に、才能。どれもこの学園での「権力」につながる要素だ。生徒会役員や忍たちみたいなとまではいかなくても、どちらかというと親衛「される」ような側になれと、君島委員長は言いたいのだろう。

「って言われましてもね……うち、家はそれなりにデカいとこなんであれですけど、容姿はこの通りですし」

 他になにもないことを考えると、家柄だけで勝負するにしては家も大したことないし。なんというか、すっごい中途半端だな、俺。わかっていたこととはいえ、改めて考えるとなんだか虚しくなってくる。

「他になにか、特技とかはないの?」
「いやぁ、全く。強いて言えばゲームくらいですけど、志摩書記の剣道と比べたら人様に自慢できるようなもんじゃないですし……あとは……」

 あとは、一体なになら誇れるんだ? スポーツは基本得意とはいえないし、芸術方面もからっきしだし、残りは学力面くらいだけど……。

 そこまで考えて、俺はハッと顔を上げた。





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