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 なぜか急に友好的な態度になった本村アカネに、一体なにが起きたのかとビクビクしながら席に着く。
 前みたいに理不尽な理由で睨まれなくなったのはもちろんありがたい。でも、これはこれで俺としてはたまったものじゃなかった。ザクザクと四方八方から突き刺さる、本村アカネのファンらしきクラスメイトたちからの視線が痛い。

 ちょっと前までの敵対心丸出しの態度と、今のこの様子と。どうしてこうも極端なのかと溜め息をつきかけたとき、前に座っていた本村アカネがくるりと上半身だけをこちらに向けてきた。

「あのさ、こないだはごめんね? 俺のカンチガイのせいでなんか迷惑かけちゃったみたいで」
「え? ……あー、あれな」

 一瞬なんのことかわからなかったけれど、どうやら理一が初めて俺の部屋に来たあの日のことを言っているらしい。会長が、とか言わないあたりは、一応周りのことを考えているらしかった。
 だったら教室なんかで話しかけんじゃねぇと言いたいところだけれど、さすがにそこまで言ったら悪い気もするので黙っておく。

 本村アカネのカンチガイの件も、迷惑といえば迷惑だったけれど、そのお陰で理一に会えたわけだから、まぁ別にいいかなーとも思ったり。

「気にしないでください。そのお陰で良いこともあったので」
「良いこと? どんな?」

 あえて敬語で突き放すように言った俺に食い下がってくる本村アカネ。

「どんなって……」

 たかだかスペアキー一個で喜ぶ理一の笑顔を見れたり? 大事なやつだとか言ってもらえたり?

(これ、言ったら親衛隊に睨まれるどころじゃないよな)

 なんと言ってごまかしたものか、と思ったとき。

「オラァ、そこ!」

 静かにしろ! と二木せんせーの鋭い声が教卓から飛んできた。

「本村、お前はちゃんと前向け。八木も、登校してくんの久しぶりだからって気抜いてんじゃねぇぞ」
「や、別に気抜いてるわけじゃ」

 っていうか本村アカネのほうから話しかけてきただけなんですけど。俺悪くなくない? と、理不尽なお説教にちょっとムッとしてしまう。

「やだねー、ツンケンしちゃってさーぁ」
「前向けっつってんだろ、本村」
「昨日までは、いつになったら八木くん来れんのかなーって、ずーっとソワソワしてたくせにさぁ」
「……おい、本村!」

 再度注意しても態度を改めず、ぺらぺらと喋り続ける本村アカネに、二木せんせーの顔色が変わった。
 ていうか、

「……え?」

 ソワソワ?
 なんじゃそりゃ、と思わず敬語にすることも忘れて素で問い返す。そんな俺に、本村アカネはにんまりといたずらっぽい笑顔を浮かべた。

「あの人ねぇ、八木くんのことちょー心配してたんだよぉ。毎日毎日、出欠取るときに八木くんの席が空いてるの見て溜め息ついたりしてぇ」
「こら、おまえな。勝手にチクってんじゃねぇよ」

 格好つかねぇだろうが、なんて言って二木せんせーは溜め息をついた。てのひらで顔を覆い隠されてしまったから表情はわからないけれど、ぼさぼさした赤茶の髪から覗く耳はほんのり赤く染まっていたから、たぶん、照れているんだろうと思う。

 二木せんせーが俺を心配してたとか、ぶっちゃ嘘だろって思う。でもこの様子を見ると本当みたいだ。
 不謹慎かもしれないけれどちょっと嬉しくなってしまう。どんな状況でも「だれかに心配してもらえる」っていうのは嬉しいものなんだと、ここ数日でよくわかった。

「――とにかく! 今日は二年A組は全員出席な。オラ、HR始めんぞ……本村はいい加減前を向け!」
「は〜あい」

 本村アカネの気の抜けた返事が教室内に響きわたって、HRが始まった。簡単な連絡事項を説明し終わると、二木せんせーはそのまま古典の授業を始める。今日の一限はせんせーの授業だったらしい。

 この一週間はテストの返却とかその解説とかが多かったのか、授業自体はそんなに進んでいなかった。ひとまず懸念が一つ晴れてほっとする。
 けれど、教室に来たことで新たに生まれてしまった懸念もあって。

(たぶん、謝るタイミング探ってるんだろうなぁ……) 

 時折チラチラと物言いたげになげかけられる視線に、授業に集中するどころじゃなくてはぁと肩を落とす。視線の主は言わずもがな、さっき思いっきり目をそらされてしまった西崎だ。

 最後に話したのが保健室でのあのときで。しかも、その直後にワタルのことがあって変に時間があいてしまったから、どうしたらいいのかわからないのだろう。
 ワタルのことさえなければ、次に会ったときに普通に「おはよう」って挨拶できたかもしれないのにと少しだけ憂鬱になる。

 どうしようかなと悩んでいる間に一時間が過ぎ、休み時間になってもチラチラ見てくるだけだった西崎にもどかしさを覚えているうちに二時間が過ぎて。
 そして二度目の休み時間に入ったところで、俺はふと簡単なことに気付いた。

(西崎から来ないなら、俺から話しかけにいけばいいんじゃん)

 なにもいつまでも待ってる必要はなかったのか、と。こんなに単純なことに気付かなかった自分に呆れを覚えながら、俺は二限目の授業で使った教科書もそのままに、西崎の席に歩み寄った。
 そして、俺の行動に動揺を見せる西崎の机の前に立って、パンッと両手を合わせる。

「悪い、西崎!」
「……めーちゃ、」
「休んでた間の分のノート、見せてくんね?」

 小首を傾げてへらっと笑ってみせた俺に、西崎が目を見開く。俺を映したその目が、困ったようによそへ逃げてしまいそうになった、その時。

「それなら、西崎のを借りるのはやめておいたほうがいいぞ」

 西崎の隣の席だったらしいシュウがすっと前に歩み出て、「ほら」と俺にクリアファイルを差し出した。

「先週の分のノートのコピー」
「うおっ、ありがとう!」
「鈴木も西崎も、こういったのは頼りにならなそうだからな」

 「少なくとも、西崎のノートは字が汚すぎて読めたもんじゃないだろうし」と笑うシュウに、確かに! と俺も破顔する。

「どう考えても、勉強方面で西崎に頼るのはチョイスミスだろ」
「言われてみればそれもそうだな!」

 俺とシュウ、二人で顔を見合わせてにししと笑っていると、イスに座ったままの西崎の肩からふっと力が抜けていくのがわかった。

「……なんや、自分らひどいわぁ」

 俺から話しかけていったのが意外だったのか、ただただ困惑し続けていた西崎が、そこでようやく笑う。ただそれだけのことに、俺は内心ガッツポーズでもしたい気分でいっぱいになった。

「よし、やっと笑ったな」

 先ほどまでの変に張りつめたような顔とは違う、ふにゃりとした緩い表情に俺の緊張の糸もほどけていく。

「俺さ、湿っぽいのあんま得意じゃないんだよね」
「……」
「だからさ、自分勝手なお願いで悪いんだけど、ふつーにしててもらえたら嬉しい」

 駄目かな、と小声で付け足した俺に、ぐしゃりと西崎の表情が崩れた。泣きながら笑っているような、泣くのをこらえて笑っているような、そんな顔になる。

「……それ、お願いすんのはこっちのほうやわ」

 ありがとうな、と震える声で言ってくる西崎の頭をぐしゃりと撫でる。セットが崩れるからと制止する声を無視して髪をぐしゃぐしゃにし続けていると、授業開始を告げるチャイムが鳴った。

「じゃ、またな。シュウも、ノートさんきゅ」
「ああ」
「おうっ! またな、めーちゃん」

 二人にひらりと手を振ってから、慌てて自分の席に戻る。緩む口元を隠しきれない俺に、一部始終を見てたらしい本村アカネがニヤニヤしながら「青春だねぇ〜」なんて言ってきたけれど視線で黙らせた。
 生徒会会計サマを睨んだところを、親衛隊に見られていませんように、なんて。そんなことを誰にともなく願っているうちに担当の教員が教室に入ってきて、授業が始まる。

 席替えのせいか、まだ微妙に慣れない一週間ぶりの教室のなかで。もう、困ったような視線は飛んでこなかった。





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