01
理一が部屋に来た日から更に数日が経ち、週の明けた月曜日。俺は、久しぶりに制服に袖を通していた。
「結局、最初言ってた通りキッチリ一週間休んじまったなぁ……」
たった一週間、されど一週間。やることがなくて退屈な時間が多かったせいかひどく長かった。平日は毎日来てたワイシャツもブレザーも、なんだかすごく久しぶりに感じる。
授業に置いてかれてないといいけれど。ほんのすこしの不安を胸に、俺は部屋のドアを開ける。
「めーちゃん、おっはよー!」
「おはよぉ、めーちゃん」
リビングに入ってきた俺を迎えたのは二人分の明るい声。一つは言わずもがな、同じ部屋の住人であるスーザンのもの。そしてもうひとつは、オレンジ頭がまぶしいうーたんの声だ。
結局あれからもワタルは姿をあらわさなくて。君島委員長たちがどうしようかって色々と考えた結果、ワタルのほうを見張るんじゃなくて、俺の傍に人をつかせることにしたらしい。
昨日、その説明をしてもらったときにうーたんは「窮屈な思いさせちゃってごめんねぇ〜」って申し訳なさそうに謝ってくれたけど、どっちかっていうとそれは俺の台詞だ。
朝のこの時間からわざわざ俺の部屋に寄るために、きっといつもより早起きとかしたんだろうし。
「うーたんの自由時間奪っちゃってごめんな。今日からしばらく、よろしくお願いします」
既に制服姿で「準備万端!」といった様子のうーたんの前に立って、ペコリと頭を下げる。するとうーたんは慌てたようにぶんぶんと両手を振った。
「もーっ、めーちゃんったらそんな気にしないでよ〜」
「でも、」
「言っとくけど、誰がめーちゃんの護衛やるかーって話になった時、俺、自分から立候補したんだからね?」
「え、そうなの?」
それは初耳だ。てっきり、俺と知り合いだからとかそんな理由で君島委員長に任命されたのかと思ってた。
なにも自分からそんな厄介事背負い込まなくても、と思う俺に「だから」とうーたんはにっこり笑顔で続ける。
「めーちゃんは、いつも通りの生活楽しんでくれればいーの! 好きで護衛してるんだからさ〜。俺も、あいつも」
「……あいつ?」
あいつって誰だろう?
首を傾げたその時、タイミングを見計らったかのようにピンポーンとインターホンの音が鳴り響いた。
「あ、ウワサをすれば〜。ちょうど来たみたいだねぇ」
「来たって」
「じゃあ行こっか、めーちゃん。カバン持っておいで」
一体誰が、と問いかけるより先にそう急かされて、俺は部屋に置いたままだった荷物を慌てて取りに戻る。心なしか重く感じるカバンを肩にかけて、うーたんとスーザンの二人を背後に従え一週間ぶりに玄関の扉を開くと。
「八木先輩! おはようございますっ!」
びしっと背筋を伸ばして、今にも敬礼しそうな雰囲気で挨拶してきた秋山くんの姿がそこにはあった。
「……え、なんで秋山くん?」
「俺も、今回の八木先輩の護衛を担当することになったんです」
思わず漏れてしまった疑問の声に律儀にそう答えてから、「よろしくお願いします!」と深々と頭を下げる秋山くん。
「え、まじで?」
そりゃ風紀委員だし、護衛が一人だけじゃちょっと心もとないし。秋山くんは一応とはいえ俺とも顔見知りだから、そうなってもおかしくは無いけど。
にわかには信じられなくて振り返ると、うんうん、とうーたんに頷かれる。まじか、まじなのか。
「ええっと、その……よろしく、ね。秋山くん」
「はいっ、お任せください! 八木先輩のこと、必ず守ってみせますから!」
なぜなのかはわからないけれど、秋山くんはやる気満々らしい。騎士のような、はたまた飼い主に忠実な犬のように俺を見つめてくる。
そんなにがんばらなくてもいいんだよ、と言いたい気持ちでいっぱいだ。というか、ちょっとだけ胃が痛い。
「めーちゃん、相当懐かれてるのな……?」
「秋山なら心配する必要はないと思うけど、なーんか複雑ぅ〜」
他人事と思ってか好き勝手なことを言う二人に、俺は「あははは……」と乾いた笑いしか返せなかった。
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「じゃあね、めーちゃん! 昼休みは迎えにくるけど、それ以外のときは絶対スーザンとかと一緒に行動してね!」
大所帯でがやがやと移動していたせいか、2年A組の教室についたときにはかなり遅刻ギリギリの時間になっていた。うーたんは「絶対だからね!?」と最後にもう一度念を押してから、秋山くんと一緒にどたばたと階段のほうへ駆けていく。
「朝っぱらから慌ただしいな」
「あはは、にぎやかでいいと思うのなー!」
「お前な……」
のんきなことを言う忍に溜め息をついたとき、チャイムの音が廊下に鳴り響いた。
「ほら、入るぞ」
もう見えなくなってしまったふたりの背中を見つめるようにぼんやり立ち尽くす忍にそう声をかけて、教室のドアを開ける。そのまま一歩なかへと踏み入れれば、途端に複数の視線がこちらを向いた。
「っ、めーちゃん!」
ガタリとイスを引く音と共に名前を呼ばれる。反射的にそちらに目を向ければ、こちらを見ていた視線のうちの一つに行きあった。
その声と視線の持ち主に、俺ははっと息を呑む。
「西崎……」
思わず呼びかけた次の瞬間、パッと視線がそらされた。顔をそっぽへ向けた西崎は「やってしまった」という後悔の色を目に浮かべている。
そのことに胸が痛む間もなく、続いて入ってきた忍にとんっと背中を押された。
「めーちゃん? 急に立ち止まって、どうかしたのか?」
「あ、いや……」
なんと説明したものかと言葉を濁せば、忍が不思議そうな顔になる。西崎が、と言うわけにもいかなくて困り果てたとき、忍の背後にすっと新たな人影が現れた。
「おお、八木か?」
出席簿を脇にはさんだその人、二木せんせーは俺の姿を見止めると「やっと来たのかよ」と肩を下ろす。そしてそのまま、俺と忍との間に割り込むようにして教室に入ってきた。
「ホレ、お前らも早く席につけ」
「いてっ」
出席簿でぺしりと頭を叩かれつつ、ぶっきら棒にそう急かされる。なぜだがちょっとご機嫌ナナメらしいことを不思議に思いながらも、今度こそ席に着こうと歩き出す。
けれどそこで、妙な違和感に俺は足を止めた。……なんだか、教室のなかが以前と少し変わって居るような。
「そうだ、八木。この間席替えしたから」
「え、いつの間に」
「お前が居ない間に」
えっなにそれひどい。
違和感の正体はそれかと納得する一方で、せめて俺が居る時にしてくればいいのに! とどうしても思ってしまう。
いや、俺が休んでたのが悪いんだけどさ。休んでたっていうか、休まされてたんだけど。
「……で、俺の席どこですか?」
前までの俺の席には、未だに名前の解らないクラスメイトの誰かが座っている。ということは、少なくともあそこではないんだろうと見当をつけて問いかければ、二木せんせーはかったるそうに教室の一角を指差した。
「そこ」
「えっ、」
「やっほぉ、八木くん」
「……えぇー……」
指差された壁際のあたりには、確かに一つの空席があった。しかし「えぇー」なのはそこじゃない。別に新しい座席の位置が気に食わないとかそんなことではない。
俺が気にしているのは、その前の席に座って、にこやかに俺に手を振ってくる――生徒会会計、本村アカネの存在だった。
「……ほんとにあそこですか?」
「そこだ」
駄目押しじゃないけれど、なにかの間違いであってほしい、という気持ちから問いかける俺を、バッサリ切り捨てる二木せんせー。
「俺、親衛隊に制裁とかされないかね?」
「どんまい、めーちゃん」
恐る恐る問うた俺の肩を、半笑いでポンと叩く忍。なにその反応、逆に不安になるんですけど。
「オハヨー、八木くん」
一週間の引きこもり期間ののちの、久々の登校だけれど。なぜだか満面の笑みであいさつをしてきた本村アカネに、さっそく寮の部屋に帰りたくなったのは言うまでもなかった。
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