09






 翌日。
 さあ行くか! 今日からはもうワタルにバレないか怯えたりしないぞ! と、明朗快活と登校の準備をしていた俺に掛けられたのは、こんな言葉だった。

「めーちゃん、今日から一週間自宅療養な!」
「……は?」

 なにを言っているんだお前は。そんな風に思いっきり怪訝な顔を作ってみせれば、言った張本人である忍は「そんな顔してもダメだぞ!」と爽やか王子モードで笑ってみせた。キメェ。

「あ、めーちゃん今俺に対してひどいこと思っただろ」
「思ってナイデス」
「……せめて棒読みやめてから言おうなそういうのは!」

 「もうやだスーザン泣いちゃう!」なんて叫んで、忍はわっと両手で顔を覆う。……お前、朝っぱらから王子モードになったりオカマ口調になったり忙しいな。

「とにかくっ! めーちゃんはしばらく絶対安静なの! 自宅療養なの!」
「自宅っつうか、寮だけどなココ」
「細かいことはいいから!」
「へーへー」

 んで。

「なぜに急に自宅療養?」

 俺、別に元気いっぱいなんだけど。まあ確かにちょっとメンタル的な意味ではすり減ってるところもあるけど、登校して普通に授業を受ける分には何ら問題ない。
 なのに自宅療養、それも一週間だなんて大袈裟すぎやしないだろうか。首を傾げれば、忍はそこでようやく真面目に説明をしてくれた。

「昨日、めーちゃんが寝てる間に二木せんせーと話したんだけどさ。昨日の今日じゃワタルも荒れてるだろうし、またすぐ襲ってくる可能性が高いんじゃないかなって」
「まぁ、それはそうかもな」

 アイツ沸点低いし、すぐキレるし、後先とか考えないし。そうなる可能性は高いだろう。

「んで、まだ風紀の対策とか体制とか整ってないのにまた襲われても対応しきれないだろうし。環境が整うまで、めーちゃんには安全な寮で休んでてもらうほうがいいんじゃないかってことになってさ」
「……なるほど」

 そう言われてみれば、確かにその方がいいかもしれない。二日連続で襲われるのもできれば御免被りたいし、無理に登校して案の定ワタルに襲われ、風紀に迷惑をかけるのも気が進まない。

「あとな」
「うん?」

 まだなんかあるのか?
 促せば、今度はちょっと言いづらそうに忍は口を開いた。

「その、西崎なんだけど」
「あ……」
「なんだかんだ、結構ダメージ受けてるみたいでな〜。だから、そういう意味でも時間置いたほうがいいんじゃないのか、ってゆーのが二木せんせーの見解なわけな」
「そう、だよなぁ……」

 俺は気にしてなくても、当人の気持ちの面はそう簡単に切り替えることができないのだろう。
 ただでさえ失恋してショックを受けているところにあんな風になってしまったのだから。わざとではないとはいえ、あまりのタイミングの悪さになんだか西崎にひどく申し訳ない気持ちになった。

「だから、めーちゃんはしばらく……まあ今週いっぱいくらい、部屋でゆっくりゲームでもしててもらってさ! その間に、俺たちが色々頑張ろうかなってな!」

 別に、何も頑張らなくていいのに。忍はただ、いつもみたいにバカなこと言って俺の前でバカみたいに笑っててくれれば、それだけでいいのに。そんなことを心の片隅で思った。

「そんじゃ、めーちゃん今日は部屋から出たら駄目なのな!」
「え、昼飯は?」
「食堂にデリバリー頼んであるのな!」
「……なんたるバックアップ体制」

 そこまでするほどのことかと苦笑してしまう。

「ちなみに夜は俺が食堂でテイクアウトしてくるのな!」
「おう」
「代金はめーちゃんにツケとくのな!」
「おい」

 ちょっと待て、と思わず突っ込めば、それはさすがに冗談だと忍は笑った。ニシシと悪戯っぽい表情を浮かべる姿にほっと一安心する。
 うん、やっぱりこうでないと。

「そんじゃ、そろそろ遅刻するから俺行くわ」
「おう。行ってら〜」
「……ちゃんと安静にしてて頂戴ね?」
「いやだから、さっきからお前それ何キャラだよ」

 色々と口調ごっちゃになってんぞ。
 それに、そんなに釘を刺されなくたってちゃんと大人しくしてるっつうの。ガキじゃあるまいし。
 どんだけ信用されてないんだ、俺。ぶすっと拗ねたふりをしてみせれば、膨らませた頬をツンツンとつついて忍はケラケラと笑う。

「ははは。んじゃ、ま、行ってきます!」
「いってらっしゃい」

 二度目の挨拶を繰り返して、今度こそ忍は801号室を後にした。
 バタバタという慌ただしい足音が徐々に遠のいていく。その後ろ姿が角を曲がって見えなくなったところで、俺はドアを閉め、上下ふたつある鍵をきっちりとかけた。

「――さて、と」

 しいんと、急に静まり返った室内を見渡して、大きく伸びを一つ。

「溜めまくってたゲームでも消化するか」

 にんまりと口元に笑みを浮かべて、俺は軽い足取りで自室へ向かったのだった。





 一週間、学校休んで、ゲーム漬け。

 当初はワタルのことも忘れて呑気にその状況を喜んでいた俺だけれど、予想外にも、以前は飽きることの無かったゲーム生活には三日で飽きてしまった。
 自分では気付かなかったけれど、案外俺はこの学園に来てから健全な方向へと変わりつつあったらしい。

 長時間酷使し続けたせいで痛む目をPSPの画面から逸らしながら、ベッドの上でごろりと仰向けになる。しみ一つ無い天井を見上げているとなぜだか徐々に寂しさがこみ上げてきた。

(ここに来てから、毎日なにかと騒がしかったからなー……)

 スーザンのやかましさとか西崎のウザさとか、シュウのさりげない気遣いとか。そういうのに救われている部分が多かったんだろう。

「寂しくてしんじゃいそう、とか」

 俺はウサギか、と小声で一人突っこむ。咳をしても一人、なんて言葉が脳裏をよぎった。

「忍、早く帰ってこねぇかなぁ」

 無意識のうちに口からこぼれ出ていた声は、意外にも切実な響きを孕んでいた。無意識的なこれが、恐らくは今の俺の本音なんだろう。
 一週間くらい、なんてことないと思っていたのに。三日目の時点でここまでとは、我ながら予想外にもほどがあった。

 天井を見上げたまま大きく溜息を一つ。そっと瞼を閉じれば徐々に眠気が襲ってくる。

(……あ、やばい)

 ゲームセーブしないと、と思ったときにはもう、俺の意識は夢の中へと落ちていた。













 風紀室で見た夢の続きだろうか、と。そう思ったのは、あの時感じた甘ったるい匂いが鼻先を掠めたからだった。
 甘い匂いを漂わせながら、あの時と同じあたたかい掌が俺の頭を撫でている。今度は頬じゃないんだなと思いながらも、俺はその優しい手の感触を甘受していた。

 誰のものかも解らぬその手は、どこか恐る恐ると言った風に触れるか触れないかのきわどいラインを行き来する。曖昧なその触れ方はもどかしかったけれど、身じろぎをしたらまたあの時みたいに逃げられてしまうような気がして、俺はただ目を閉じてじっとしていた。

(……あ、)

 見えない指先が俺の髪を掠めていく度、ついさっきまで胸のうちにあった寂しさが消えていくことに俺は気が付いた。
 一つ触れて、寂しさが薄れて、また一つ触れて、安心感が生まれる。何とも不思議な手だ。

 触れたい、と思う。この甘い匂いの手の主に。一体誰なのか、顔を見てみたいとも。
 この間は許されなかったけれど、今度は許されるだろうか。

(顔をちょっと見るくらい、許してくれたら嬉しい)

 願うように思ったとき、ふっと意識が浮上する。遠のいていくかと思われた甘い匂いは、それどころか一層匂いを強くした。
 うっすらと瞼を開けば、つけたままだった照明の光がまともに目に突き刺さった。眩しさに思わず眉根を寄せる。

 やがて、目が光に慣れ始めたころ。俺の視界に映ったのは、色素の薄い茶の髪と、少しだけ疲れた様な表情をした――

「……り、いち……?」





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