03 *R18






 くちゅくちゅと音を立てるやらしいキスの最中。突如、下半身からがちゃがちゃと金属質な音が聞こえてくる。
 ワタルからの激しい口づけを受け入れながら何事かと視線をやった俺は、音の正体を目にしてぎょっとした。ワタルの手が、いつのまにやら俺のベルトにかかっていたのである。

「ちょっ、待て……あっ、ん、っふう……ああ、ぅ」

 慌てて引き止めようとした声はワタルの咥内へと消えていく。咄嗟に腕を伸ばしそうになって、ギリギリとまたネクタイの戒めが手首に食い込んだのは言うまでもない。

「やめっあっ、ばか、このッ……!」

 身をくねらせ抵抗するも、ワタルはあっさりとベルトを引き抜いてしまった。そのままホックとファスナーまでも外される。スラックスの前をぐいと広げられて、俺はたらりと冷や汗が流れるのを感じた。

「黒のボクサーか。まァ、予想通りってトコだな」
「なにが予想通りだよ! こんな、こんな……」
「ンだよ」
「っこんなの犯罪だぞ、ふざけんな!!!」

 露わになった俺の下着を見て冷静に呟くワタルに、言いようのない羞恥心が沸き起こる。どうしようもなくなってそう叫べば、ワタルは心外そうな顔をした。
 なんだ、その顔は。

「へぇ? あれだけ気持ちよさそーに俺からのキス受け入れといて、今更そんなこと言うのかよ」
「っ、それは……」

――キスくらいなら、いいかと思ってしまったのだ。

 女の子でもあるまいし。今回ワタルがこんな暴挙に出たのは、元々俺に対しての執着心が強かったところに俺のうかつな行動が火に油を注いだようなものだと思ったから。自業自得だと。
 それなら、キスくらいなら。それでワタルの気が済むならいいかと思ってしまったのだ。

 それに何より、ワタルに殴られるのが怖かった。また下手に抵抗をして首を絞められでもしたら苦しいし。
 そんな潜在的な恐怖心も、俺の行動に制限をかけていた。

 けれど、ここから先は違う。ワタルがこれから俺にしようとしていることは、恐らく「キスくらい」なんて言葉で済ませられるようなものではない。
 ワタルの激情とも呼べよう感情が「キスくらい」では到底済まされようもないことに今更気付いて、俺は青ざめた。

「やっ、ちょ……ふざけんなコノヤロウ!」
「ギャアギャアうるせェ」
「ハァ?! てめ……なに俺が悪いみたいなオーラ出してんだよッ」

 俺の制止の声にも表情一つ変えず、ワタルは俺のボクサーパンツのゴムへと指を引っ掛けた。

「やめッ、」

 慌てて身をよじるも、時すでに遅し。ワタルの手はいともたやすくずるりと俺の下半身をを裸に剥いてしまう。上半身にはまだボタン全開のワイシャツが申し訳程度に引っかかっているが、心許ないことこの上ない。

 何がなんだか解らなすぎて、もういっそ気絶でもしてしまいたい気分だ。ワタルの手が俺の内股をするすると這う感触から逃れるように、拘束された手を閉じた瞼の上に当てる。
 ワタルは、触れるか触れないかの絶妙な位置に指先を這わせた。時折きわどい位置を掠めては離れていく巧妙な動きに、徐々に変な気分になってくる。
 じわり。固く閉ざした瞼の裏に熱いものが滲むのを感じた。

「なんで、こんなこと……」

 どうして俺が、なんて悲劇のヒロインを気取るつもりはないけれど、涙声になってしまうのは許してほしい。

 西崎、うーたん、忍、……理一。
 誰か助けてくれ。半ば自暴自棄になりながらそう思ったとき、ワタルが俺の声に応えた。

「なんでって、ンなモン決まってんだろ」
「え……」

 少しだけ腕を退けて、恐る恐る視線をあげる。理性というものを知らない肉食獣のような、鋭く光るワタルの瞳と目が合った。

「お前を愛してっからだよ、ヤギ」
「……あ、い……?」
「ああ、愛だ」

 呆然とする俺へ満足そうに頷くと、ワタルは今度こそ、直接俺のものへと触れてきた。萎縮した俺のものを握りこんで、慣れた手つきで上下に扱くワタル。
 一方的に施される行為をただどうしようもなく受け入れていると、やがてそれは、俺の意志とは無関係にワタルの手の中で育っていった。

 やめろ、ふざけんな、勝手に勃つんじゃねぇ。そんな願いもむなしく、先端からはぬるぬるとしたものが滲み始めている。

「なぁヤギ、お前溜まってたのか?」
「うっせ……っん、んんッ」
「ハッ、もうガチガチじゃねぇか」

 からかう様な声を投げかけられる。ワタルは先端から滲むそれを指先ですくい上げ、絡ませながら手を動かした。
 徐々にぐちゅぐちゅという水音が大きくなる。耳を塞ぎたくても塞げない現状に、俺は羞恥心で死んでしまいそうだった。

 ワタルの言う通り、ここ最近はテスト勉強が忙しかったために抜いている暇がなかった。けれど、溜まってたとは言えどうしてこんな一方的な行為に俺は感じてしまっているのだろうか。自己嫌悪が募る。
 ワタルの手が動く度、ビクビクと反応を示してしまう自分の体が憎い。どうにかしてこのおかしな行為から抜け出したくとも、今の俺には、ワタルの手の動きに合わせて妙な声が出ないようにするのが精一杯だった。

「唇、噛んでんじゃねぇよ。声聞かせろ」
「ッ、……ん、ふぅっ」
「……だんまりか、クソッ」

 悪態を吐くワタルの、俺を快楽の波へと追いつめる動きが早くなる。それに合わせて、堪えきれずに俺は何度も気色の悪い高い声を漏らした。
 ワタルはその度に、ひどく愉快そうに唇を歪めて俺の耳元で「愛してる」と囁いた。

「ヤギ、ヤギ……愛してる」
「んっんっ、ひぁっ、んっ」
「愛してる、愛してる」
「やッ、ああっ……」
「愛してる、ヤギ」
「やだ、も……許して、くれ……ッ」

 許しを乞う言葉すら、中途からみっともない喘ぎ声に変わる。そしてそれをかき消すように、ワタルは更に「アイシテル」を重ねた。
 それはまるで、呪いか遅効性の毒薬のように、じわじわと俺の脳内を蝕んでいく。

――愛してる?
 誰を、……俺を?
 あい、アイ、愛。……そもそも、愛ってなんだっけ? 恋と愛は同じものだっけ?

 たぶん違うんだろうなと、もうまともに働いてくれなくなった頭でぼんやり考える。だって、俺のことを「好き」だと言ってくれた西崎の想いは、こんなに恐ろしいものではなかった。

「っあ、あっあっあっ……やっ、も、無理……ッ」

 やばい、出る。思ったときにはもう、ワタルの冷たい掌を俺の熱いしぶきが濡らしていた。



――嗚呼、しにたい。



 ぜぇぜぇと肩で荒く息をしながら射精後の疲労感に浸っていると、不意にワタルの揺れた指先がつつつと妖しい動きを見せた。ぬるりとしたものをまとったままの指が足の間を前から後ろへと回り、ぐっ、と閉ざされたそこへ触れる。

「っ、ちょ?!」

 男同士が尻の穴を使ってヤるということは、なんとなく知っていた。知っていたからこそ、俺はぐっぐと穴の回りを解すようなその動きに慌てる。

「おい、ワタル! やめろ、マジで勘弁してくれッ」

 これ以上は本当にシャレにならないと声をあげるも、ワタルの動きは止まらない。その内、ぬぐぐっと一本の指が押し込まれる。激しい違和感を伴うその感触に俺は息を詰めた。
 これ以上何をされるのか、一体俺はどうなってしまうのか。未知の恐怖に、ぐっと噛みしめたはずの奥歯がカタカタと震えた。

「や……ワタル、やめろ」
「ここまで来て、今更――」

 押し込んだ指をぐっと動かしかけて、ふとワタルはその動きを止めた。同時に途切れた言葉の続きは、なんだろうか。

「っごめ、頼む、やめてくれ……」

 パタリ。ゆっくりとした瞬きに合わせて目尻に溜まっていた涙が頬を伝って床に落ちる。泣くなんてみっともない、情けない。必死に止めようとするも、涙は俺の言うことなんて聞いてくれずに次々と溢れ出てくる。
 ワタルは、嗚咽を必死に噛み殺す俺の涙を見て硬直していた。そろそろと、俺の反応を窺いながらナカから指が抜けていく。動揺しているかのようなその気配に、俺は目を見開いた。

「ワタ――」

 思わずその名前を呼ぼうとした、その時。

「はぁい、そこまでー」

 場に不釣り合いな陽気な声がどこからか聞こえてきて――次の瞬間、ワタルは横跳びに俺の上から消えて行った。ガッシャーンと、机や椅子を巻き込みながら教室の隅まで吹き飛ばされていく。
 それを追うように、すたっと俺の傍に誰かが降り立った音で、俺はその「誰か」がワタルを蹴り飛ばしたのだと知る。たぶん、跳び蹴り。

 唯一自由になる足をぶんと振って、その反動でぐっと上体を起こす。そうして傍らの彼を見遣って、一番に目に入ったのは――

「風紀委員、参上ーぉ!」

――ド派手なオレンジ色の頭、だった。





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tophyousimokujinow
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