04
「ところで、八木はこの学園の特色については知ってるか?」
柏木さんがそう切り出したのは、校舎と特別教室棟、学生センターを回って高等部の寮へと向かっているときのことだった。
「特色」という言葉に、俺は昨夜父から聞かされた話を思い出す。
「それってあれですか? 男しかいないから、思春期のアレでアレして同性愛がはびこってるとか、イケメン崇拝的なのがあるってやつですか?」
「崇拝って……いや、まあそうだな。言いえて妙というか、そう、それだ」
「いちおー親に聞かされ済みです。親衛隊とか制裁とかの話も含めて」
父が卒業生なんで、と付け足した。
「八木は、どう思う?」
「なにがですか? 同性愛が?」
「それもあるが、親衛隊とか制裁のほうだ。お前の言葉で言うなら『崇拝』についてだな」
よっぽど俺の言い方が気に入ったらしい。冗談混じりにそう言う柏木さんにちょっと笑いそうになる。しかし口調はともかくとして、横を歩く彼の表情はひどく真剣だった。
――きっと、彼にとってはこの質問は重要なものなんだろう。なんとなく悟って、「んー」と、躊躇いながらも俺はあいまいな思考を口にした。
「難しいことはよく解んないですけど、まあ、別にいいんじゃないですかね。制裁については、一部はやりすぎだと思いますけど、好きなもんに一生懸命になれんのはいいことじゃないですかね。……まあ、『本当に好きなら』のハナシですけど」
実際の黄銅学園の様子については父さんの在校時代の話しか聞いてないから、今の学園がどうなのかは解らないけれど。聞いた限りでは、「それって本当にその人のことが好きなの?」と親衛隊に対して疑問に思う点が多々あったからそんな回答になってしまった。
結局のところはいいとも悪いとも言っていないような俺の受け答えに、しかし、柏木さんは一応納得してくれたらしい。そうか、とだけ小さく呟いた。
……やっぱりなんかあんのかな、今のこの学園。トラブルの匂いがプンプンしてくる。
「それにしても、同性愛のことにしろ親衛隊のことにしろ、随分と反応が薄いんだな。八木は」
「あー……まあ、最初聞かされたときはマジかよって思いましたけど。よく考えたら、特殊な嗜好って意味では俺も人のこと言えないんで」
「なんだ? 実はお前、デブ専とかなのか?」
突拍子もないその台詞に、思わずブハリと噴き出す。
「でっ、デブ専て! 違いますよ! ってか、会長サマがそんなこと言っていいんですか」
ああ、ツイートしたい。音声つきでツイートしたい。イケボにて「デブ専」、頂きましたー! って。
「違うのか? じゃあなんだ?」
「あー、あれです。アニメとかゲームとかです」
きょとんと首をかしげる柏木さんに、ひーひー言いながらなんとか説明する。すると彼は「ああ!」と破顔して、言った。
「あれか、オタクってやつか? いや、でも、オタクはデブで眼鏡でロリコンで秋葉原にいるって、この前聞いたぞ」
ここは秋葉原じゃあないぞ、と至極真面目に言われては、腹筋が崩壊しないわけがない。
「ぶっは! 柏木さ、それ、聞いたぞってどこ情報なの。ってか、なんか色々ちがうしっ。あってるけど、違うし!」
「違うのか? 実家の姉に『フダンシ』に気を付けろと言われたんだが……オタクはフダンシだと言っていたが、八木はフダンシじゃないのか?」
「腐男子じゃなければロリコンでもないし、デブでも眼鏡でもないです!」
でも軽くオタクです、と続ければ、柏木さんの頭上にたくさんのクエスチョンマークが浮かぶのが目に見えた。ああ、混乱してる混乱してる。
柏木さんって、もしかして天然入っているのだろうか。いや、それにしても。
「金持ちの息子ばっかって聞いてたからどんなんかとビクビクしてましたけど、思ってたよりフツーなんですね。ちょっと安心しました」
「? 八木も金持ちの息子だろう?」
「いや、まあそうなんですけど」
ゴートエンターテイメント株式会社じゃないのか? と当然の様に父さんの経営する会社名をあげる柏木さん。なんで知ってるんだ。その通りですけども。
「うちの会社の広告のタレントが、お前のとこの事務所所属なんだよ。それに、この世界は狭いからな」
「よっぽどありふれた名前じゃない限り、この学園の生徒なら名字だけでわかるってことですか?」
「そういうことだ。精々気を付けるんだな」
ニヤリと皮肉げに笑う柏木さん。
「ご忠告ドーモです」
言い方こそケンカを売っているみたいだが、この学園ではまだまだひよっ子である俺を気にかけてくれたのだということはすぐに解った。
イケボでイケメンで、ちょっと天然入っててボケてて、でも今日会ったばかりの後輩を気遣ってくれたりする。なんだか本当に、想像していた生徒像とかけ離れすぎていてちょっと笑った。
「――柏木さん」
「なんだ」
「俺、柏木さんのこと気に入っちゃったかもです。……仲良くしてくれます?」
ニヤリと唇を笑みに歪めて、いたずらっぽく問い掛ける。そんな俺に柏木さんは一瞬面食らったように瞬きしたのち、すぐに不敵な笑顔で返してくれた。
「理一でいい」
「……え?」
「八木家の一人息子は今年18だって聞いたぞ。ていうことは、お前、俺とはタメだろ?」
「あらま。そんなことまで知られてんの?」
どんな事情で2年に転入してきたのかは知らないが、と続けた柏木さん――改め理一に、こりゃ一本とられたなと潔く白旗をあげる。
「敬語もなくていいぞ」
「じゃあ、遠慮なく。――改めてよろしく、理一。俺のこともハルでいーよ」
「ああ。よろしく、ハル」
改めてそう言いあって、今度は「形式的」じゃない握手をする。さっきよりがっちりしっかりと握り締めてきた理一の手に、なんだか悪くないスタートなんじゃあないかと、思った。
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