09






 ちょうど昼時ということもあってか、食堂内は混雑していた。
 俺たちと同じようなことを考えるやつもいるのだろう。あちらこちらのテーブルでクラスメイトらしきグループがわいわいと盛り上げっている様子が見受けられる。

「席、ねぇなー」

 この二週間はずっと購買か自炊だったため、食堂は本当に久しぶりだから油断していた。
 西崎と二木せんせーが一悶着していた間に、席はほとんど埋まってしまったらしい。空いていても、4人テーブルに空席一つだとかそんな状況だ。
 どうする? と隣を歩くシュウに視線を送る。今日は斎藤くんとは一緒じゃないらしい彼は、肩をすくめることで応えてくれた。

 空席を探してきょろきょろとあたりを見回していると、ちょうどその斎藤くんの姿が目に入る。
 四人掛けの席にクラスメイトらしき一年生三人と一緒に腰掛けていた。テーブルに並んだ料理に箸を伸ばしながら、時折手を止めつつ談笑している。
 なんだか、とっても楽しそうだ。

「……そういえば、最近どうなの、アレ」
「どれだよ」
「佐藤灯里」

 きっぱり言えば、俺の視線の先を辿ったのかシュウは「ああ」と納得したような声を上げる。

「なんでも、お前が水ぶちまけたアレ以来、周りも斎藤が嫌がっているのを解ったみたいでな。クラスメイトが逃げるのに協力してくれたらしく、随分平和みたいだぞ」
「ほう」
「ま。佐藤灯里本人のほうは、取り巻き軍団が減ったことが不満なのか、かなり荒れているらしいがな」

 ……荒れてる?
 なんだそりゃ。シュウに告げられたまさかの事実に、ポカンと口が開いてしまう。

 荒れてるって、一体どうして。ていうか、どんな風に?
 詳細を問いただそうとした、そのとき――何の前触れもなく、食堂の奥からガッシャーンという大きな物音が聞こえてきた。

 あまりにも悪すぎるタイミングに、嫌な予感が俺を襲った。早く、現状を把握しなければ。何かに急かされるように俺は大きく一歩踏みだし、早足で音の発信源に向かった。

「あっ、ちょっと! めーたん、どこ行くん?!」

 慌てたような声とともに、西崎が俺を追いかけてくる気配。けれど、それに応えるだけの余裕は今の俺にはない。

 野次馬根性からか、現場の周囲には早くも人垣ができ始めていた。ざわめく生徒たちの波をひょいひょいとかわしてすり抜けていく。
 が、途中からはそれすらも出来なくなってしまった。

 人垣の半ばあたりで立ち尽くし、少しだけ背伸び。そうして一番に目に入ってきたのは、志摩に本村アカネといった最近なんだか見慣れてきた生徒会二年生コンビ。
 次いで副会長の早瀬と、それから――恐らくこの騒動の原因であろう、一触即発なオーラを漂わせる、理一と佐藤灯里の姿が目に飛び込んできた。

 全ての元凶こと佐藤灯里は、怒りでか顔を真っ赤にして理一を睨みつけている。ふてくされているようにも見えるその横顔に、俺はシュウの言った「荒れている」という言葉の意味を一瞬で理解した。

 せっかく、ここしばらくは平和だったのに。内心で盛大に舌打ちしたくなった。

 理一と志摩、本村アカネの三人がテーブルについていて、早瀬と佐藤灯里は対立するようにその前に立っている。
 先ほどの物音は、恐らく床に料理がぶちまけられたときのものらしい。床に隙間なく敷き詰められた淡い色のタイルが、理一が注文したものだろうパスタのソースで汚れていた。
 赤いトマトソースが広がる様に、まるで血の跡みたいだななんてぼんやりと考える。

「……なんなんだ、突然。人の食事に割り込んできたかと思えば」

 中途半端にお役御免となってしまったフォークを静かにテーブルに置いて、理一は言う。静かなその声は、けれど騒がしい食堂によく響いた。

「だって、理一が俺の話を聞かないからだろ!」

 理一が悪いんだとばかりに吠えて、佐藤灯里はぐいと理一のネクタイを引っ掴む。予期せぬ力の働きに理一は体勢を崩すが、テーブルに肘を吐くことでバランスを取った。
 冷ややかな目は決して佐藤灯里を捉えることはなく、ただただどこか虚空へと向けられている。

 呆れてものも言えない。そんな風な溜息がテーブル上にこぼれ落ちた。

 理一としては、その行動に深い意味はなかっただろう。だが、佐藤灯里にはそれすら苛立ちの対象だったらしい。ぐっと唇を噛んだかと思うと、そこから再び金切り声に近い叫びを吐き出した。

「なあっ、お前が飛鳥やアカネを脅したんだろ?! そうなんだろ!!!」

 ハア? 何言ってんだ、こいつ。
 的外れにもほどがある発言に、俺たち野次馬組の心は一つになった。

「何を根拠に、そんなことを」
「だって、そうじゃなきゃ飛鳥もアカネも俺から離れていくわけないだろ! 二人とも、俺のことが好きなんだから!」
「随分平和な脳味噌だな。羨ましいことこの上ない」
「羨んだって、二人とも理一にはあげないんだからな!!!」

 佐藤灯里の、彼にとってのみ都合の良い脳味噌は前半部分は聞き流してしまったらしい。言葉尻だけを捉えて、自分勝手に解釈し、佐藤灯里は自慢げに胸を張った。

 馬鹿だなあ、と思う。本当にどうしようもないやつだなあ、と。
 それと同時に、ちょっとだけ同情心に似た気持ちが胸に沸いて出た。きっと、小さい頃にロクな躾をされて来なかったんだろうなあ、と。

 けれど、雀の涙ほどのそれさえも、佐藤灯里の次の言葉であっさり消え去ってしまった。

「二人のことをごっ……ご、強姦しておいて! そんな風に弱みを握って脅してまで縛りつけるなんて、最低だ!!!!!」

 ぷつん、と。こめかみあたりで何かが切れる音がした。
 たぶんそれは、理性の糸とか堪忍袋の緒とか、そういう類のなにか。

 こいつは一体何を言っているんだ。理一が何をしたと言ったんだ? 
 理解が追いつかず、頭が真っ白になる。俺が茫然と立ち尽くしている間も、佐藤灯里は次々に、いかに柏木理一という男が悪人であるかを述べていった。

 いわく、生徒会の仕事を全部副会長に押しつけているだとか。
 いわく、忙しそうなフリをしている裏でしょっちゅう学園を抜け出し遊び回っているとか。
 いわく、親衛隊は嫌がる子も含めてほとんどを食っているだとか――もちろん、性的な意味で。

 つらつらと、立て板に水のごとく息継ぎもなしに佐藤灯里は言い続ける。
 その情報源はどこなのかとか、よくそれだけ根も葉もない嘘を考えられたものだとか、思うことはあるけれど。とりあえず、

「――ふざけてんじゃねえよ」

 嘘八百の言葉そのままに、未だに真っ赤な嘘を吐き続ける佐藤灯里。その口を、俺は一刻も早くふさぎたい気持ちでいっぱいだった。
 衝動のまま、人垣から飛び出そうと一歩前へ踏み出す。が、

「なにしとんのや」

 冷静な声とともに腕を引かれることによって、それは阻まれる。振り返れば、怖いくらいに真面目な顔をした西崎がそこに居た。

「めーちゃん、何するつもりなん?」
「ちょっと、チャゲアスごっこをしに行こうかと」
「チャゲアスぅ?」
「そう。……今から?」
「一緒に?」
「これから一緒に?」
「殴りにー行こうかー! ……って、アカンわ!!!」
「……チッ」
「チッじゃないわ!  殴りに行ったらアカンて!」

 見事なノリつっこみを見せた西崎は、大慌てで俺を引っ張り野次馬集団から抜け出した。

「何で止めんだよ!」
「何でって、止めるに決まっとるやろ! あないなとこ入ってったら、今度はめーちゃんが餌食になるに決まっとる!」
「じゃあどうしろって言うんだよ! あのまま言わせとけってのか?!」

 ついつい感情的になってしまい、声が高くなる。
 けれど、食堂内の生徒たちはギャアギャアとわめき続ける佐藤灯里と、完全無視を貫き続ける理一に注目していた。俺たち二人の言い争いに気付く様子はない。

「せやかて、やからってめーちゃんがわざわざ行くことはないやろ!」
「じゃあ誰がアレを止めるんだよ!」
「そりゃ、風紀委員とか。そういう、専門の人に任しといたらええやん」

 風紀委員。確かに、トラブル解決に出動する要員としては最も適切に思える。
 だがそれは、あくまでもアレをただの「トラブル」として見たままの場合のハナシだ。

 西崎にとっては、トラブルメーカーの転入生がまた何か問題を起こした程度のことかもしれない。
 だが、俺は違う。あそこに居るのは、俺の――





――俺の?





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