08
キーンコーン、と授業終了を知らせるチャイムが鳴る。次いで、後ろから集めてー、という気だるげな二木せんせーの声が後を追った。
緊張感を断つように響いたそれらに、俺はずっと握りしめていたペンを放り投げる。ぐっと両腕を天に伸ばして大きく伸びをした。
「……おわっ、たぁ……!」
解放感から、自然と口元に笑みが浮かぶ。
「うっしゃあああ! これで自由やあああああ!!!」
「西崎、うるせぇ。お前、今すぐ黙んねぇと古典の点数ゼロにすんぞ」
握り拳を天に突き上げて叫ぶ西崎に、せんせーの不機嫌そうな声が投げられる。それに西崎が「勘弁してや〜」なんて弱り切った声をあげたところで、どっと教室中が沸いた。
「はい、そんじゃあお前ら、お疲れさん」
集められた解答用紙をまとめて「解散!」と宣言する二木せんせー。それが、黄銅学園、後期中間考査終了の合図であった。
教室のあちらこちらから、テスト地獄からの解放を喜ぶ声が聞こえる。そしてそれは、俺も例外ではない。
「まじで……やっと、終わったか……」
この二週間は、正直言って地獄であった。
まず、ワタル。
もう気にするだけ無駄だという考えに至った俺は、テスト期間という名目で二週間ツイッターを封印……いわゆるツイ禁をしていた。
こうすればワタルに俺の行動を知られることも、ワタルからのリプライにHPを削られることもないだろう! との考えから始めたわけ、なのだけれど。
――これが案外つらかった。
気がつくとツイッターを開いていて、ワタルのリプライを発見して自爆。
何かあると自然とツイートしようとしていて、ワタルのリプライで自爆。
うーたんやスーザンや、他のフォロワーさんが何をしているのかが気になってしまって、ついツイッターを開いてはワタルの以下略。
そんなことの繰り返しだった。
次に、忍と西崎。
ツイートをしていない上にこの二人と必要以上に接近したらワタルを刺激すること必至だろうと思い、なるべく関わらないようにしようと思っていた……のだけれど、この二人のしつこいことしつこいこと。
何かあれば「めーちゃん」「めーちゃん」と俺に寄ってくる。
俺がそっと離れようとすれば目ざとく見つけて「めーちゃんどこ行くん?」と引き留めてくる。
一緒に食堂で夕食を食べるのを断れば、「めーちゃんは、俺のことが嫌いになったのか?」とか、捨てられた子犬のような目で聞いてくる。
あれ、こいつらこんな俺にべったりだったっけ? と真剣に悩んでしまったのは言うまでもない。
まあ、それはシュウが「ハルだって、テスト勉強とか忙しかったりするんだろ」と言ってくれたのをきっかけに収まったりしたので、セーフといったところだろうか。
そして最後に、勉強だ。これが一番俺を苦しめた。
テスト前だから勉強をしなければならないのは言うまでもない。元々俺も、それなりに真面目に勉強するつもりでいた。
けれども、全く予想していなかった障害が、テストまであと一週間というところになったある日、俺の前に立ちふさがってきたのだ。
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『ハルくん、あなた、今回のテストで学年10位以内に入らないと留年だから』
「……ぱーどん?」
その日の夜。久しぶりに電話なぞしてきたかと思えば、我が母上殿は「久しぶり」とか「元気だった?」とか、そんな前置きも何もなしに唐突にそうのたまったのである。
唐突も唐突、唐突にもほどがある。そりゃ、へったくそな英語を使って聞き返したくもなるってもんだ。
『だから、今度のテストで――』
「ああ、はい、解りました。了解」
俺の聞き間違えなんかじゃなかったってことだけは、よーく解った。
えっ、ていうか。
「なにそれ、聞いてないんですけど?!」
『そりゃそうでしょうね、今言ったもの』
「おい! おい!!!」
なんだそれ!
せめてあと一週間早く言って欲しかった! 切実に訴えかける俺に、あのねぇ、と母さんはのんきな口調で事情を話す。
『ほら、ハルくんあなた、前の学校と前の前の学校で、決して優等生だったわけじゃないじゃない?』
「そりゃあ……まあ、」
そもそも、優等生だったなら留年も転校もしてるはずがないだろうってハナシだ。
『それでねえ、転入のとき、理事長さんにそこら辺のことで結構大目に見てもらってねぇ』
「……えええ」
なにその裏事情。結構な名門校らしいのに、俺みたいな訳アリがよく転入できたなーとは思ってたけども。まじでかー。
『それでね、その時に理事長さんとお約束したのよ。入学したら、学業で良い成績を収めて学園の名を上げることに貢献させますからって』
「本人の同意とか、そういうのは」
『あら。ハルくんあなた自分にそんな権利あると思っているの?』
おっしゃる通りです。
もはやぐうの音も出ない俺に、母さんはケラケラと朗らかに笑った。
『まあ、そんなわけですから。がんばって学年十位を目指して頂戴ね』
そんなのいくらなんでも無理だ、と言いたいところだけれど。
「うっす…………」
そんなことを言おうものなら、どうなるのか。身にしみて解っている俺は、おとなしく返事をしたのであった。
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まあ、そんなわけで。
シュウのお陰で忍と西崎の問題が落ち着いて以降。俺は、ツイッターの誘惑と戦いながらひたすらに勉強、勉強、勉強だった。
さすがに二度目の留年は御免被りたかったし、それになにより、母さんの言うことを聞かなかったらどうなるかが恐ろしくて。
俺はただただ、学年十位以内に入るという目標の為だけに勉強し続けた。
それが、ようやく今日で終わったのだ。勉強漬けの地獄の日々にサヨナラ。
これほど嬉しいことが他にあるだろうか、いやあるまい。
「めーえーちゃーん!」
内心で浮かれに浮かれていると、二木せんせーに一通り説教を食らったらしい西崎がバタバタとこちらへ駆け寄ってきた。その後ろには忍とシュウの姿もある。
「あんな、めーちゃん!」
「はいはい、なんだよ」
「今日でテスト終わったやん?」
「終わったな」
「せやったら、今日は時間あるん?」
「……は?」
一瞬なんのことなのか解らなくて、思わず聞き返してから「ああ」と思い当たった。
どうやら西崎は、テスト期間中に俺が忙しそうにしていたのを気にしているらしい。いじらしいやつだなあと、ついついにやけてしまいそうになるのをぐっと堪えた。
「ああ、今日からは大丈夫」
ワタルが沈静化したのかどうかは解らないため、二人きりになるのはやっぱり避けたい。けれど、こうやって忍たちも含めてみんなで一緒に何かする分には問題ないだろう。
そんな考えから微笑みかければ、途端、西崎はパアアッと顔色を明るくした。
「ほんま?!」
「ほんまほんま」
「せやったら、食堂行こう!」
「別にいいけど、お前、食堂好きな」
何も食堂でなくても良くねぇかと笑顔をひきつらせれば、西崎の隣のシュウが困ったように言う。
「西崎が、テストの打ち上げ的なのをしたいんだと。食堂で」
「食堂で、なー」
「……食堂で、か」
おかしそうに声を続けた忍に、やっぱり食堂限定なのかと思う。なんだ、西崎は食堂信者なのか。謎すぎる。
その妙なこだわりっぷりに呆れないでもないけれど。
「まあ、いいか。たまには」
せっかくテストも終わったのだし、と浮かれた気分から抜け出せないまま答えれば、西崎が再び「よっしゃあああああ!!!」と雄叫びを上げた。
直後、再び「うるっせえ!」という二木せんせーの怒声が飛んできたのは、まあ、別の話。
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