06






――バタン!

 今までにないくらいの乱雑さで部屋のドアを閉める。
 まだこれから忍が帰ってくることも忘れて、鍵は上下に設置されたものを二つとも、更にはチェーンまでしっかりとかけた。

 靴を脱ぎ、リビングへ上がって、バルコニーへと繋がる窓のカーテンを全部閉め切る。次いで同様に自室のカーテンも閉めたところで、ようやく俺はほっと一息ついた。

「……なんつうか、まじ、きついな……」

 今までは、インターネットを通してだけだったワタルのストーカー行為。しつこくなれば、ワタルのアカウントをブロックするか、自分がツイッターに鍵をかけて非公開設定にすればいいと思っていた。
 けれど、リアルの「八木重陽」という存在がイコールヤギであることを知られてしまった今ではそうはいかない。
 そのことに、俺はたった今初めて気付いた。

 たぶん、今のワタルの様子だと、もし俺がブロックしたり鍵をかけたりしようものなら、なんだかとんでもないことをしでかすだろう。
 そうなったら一番に被害を受けるのは、日頃から俺に近いことで怒りの対象となっている忍とか西崎とか、そういった人々なんじゃないだろうか。

 自分のせいで誰かが危害を加えられるかもしれない、だなんて。考えるだけで寒気がする。

「どうしたもんかなぁ……」

 俺がツイート数を減らしても、リアルを知られているのなら意味が無い。だったら、リアルで誰かと必要以上に接近することを減らすべきなのだろうか。

 出来るだけ人と二人きりにならない、近付すぎない。
 つまり、ワタルを刺激しない。

「テストも近いし、大人しく勉強に打ち込むのが妥当か?」

 もう一度、今度は深く長く息を吐きだしてずるずると床にしゃがみ込む。ベッドに背を預けながら、俺は冷や汗やらなにやらでぐしゃぐしゃになった範囲表を広げた。
 テスト勉強の計画、ワタルへの対処法、どうやって周囲に不審がられずに距離を置けるか、などなど。考えなければいけないことは山ほどある。

 鈍く痛み始めたこめかみを押さえて、そっと目を閉じた。













「ただいま〜」

 がたがたという物音で、俺はハッと意識を浮上させた。悶々と考え込んでいる間に脳味噌がパンクしたのか、いつの間にやら眠り込んでしまったらしい。
 明かりをつけ損なったままの室内は真っ暗になっていた。

「……あれ、開かねぇ。めーちゃーん?」

 俺がチェーンをかけてしまったからだろう。忍が、鍵を開けても開かない扉をがちゃがちゃさせている。
 俺は慌てて立ち上がり、玄関へ走った。

「悪い、ちょっと待って」

 ドア越しに一声かけて手早くチェーンを外す。なんの枷も無くなった扉を大きく開いてやれば、その向こう側でにっかりと忍が笑った。

「もー。めーちゃん、俺のこと閉め出すとかひどいのな!」
「悪い悪い、ついうっかりしてた」
「はは。めーちゃんにもうっかりすることなんてあるのな〜」

 けらけらと笑って、忍は玄関へ上がってくる。俺は一足先に室内へ戻りながら、これまた真っ暗なリビングの明かりをつけた。
 忍はまだ、ドアと向き合ったままの状態で靴を脱いでいる。俺が今明かりをつけているという不審さには、気付かれていない、はず。

「そういえば、めーちゃん帰ってからなにやってたんだ?」
「え、なんで?」
「さっきロッカールームでツイッター開いたとき全然呟いてなかったから。なんかあったのかと思ってな〜」
「なんだそれ。俺、そんなツイッターばっかしてるイメージある?」

 いやまあ、そうなのかもしれないけれど。だからって、ちょっと呟いてなかっただけで「なにかあった」って判断されるとか、そこまでか。
 我ながら苦笑してしまう。

「ちょっと寝てたんだよ。テスト勉強大丈夫かなーとか考えてたら、急に眠くなってきて」

 ほら、俺、勉強キライだから。
 誤魔化すように笑ってみせれば、なーんだ、と忍はつまらなそうに零す。

「てか、悪い。だからまだ夕飯なんも用意してねぇや」

 ブラコンその1、もとい本村アカネに盛大に絡まれたあの日以来。俺たちはあまり食堂を利用しないようにしていた。
 昼は購買で惣菜パンを買ったり、朝は夕は適当に自炊したり、購買で弁当を買ったりと、そんな感じで。

 幸いにも、俺も忍も最低限の料理くらいなら出来たから、今のところそれでも困ったことはない。けれど、今日はうっかり眠ってしまったせいで――つまり、大体はワタルのせいで――その用意をすっかり忘れていた。

 どうする? 今からなんか買ってくる? と重そうな鞄を下ろした忍に問いかければ、うーんという唸り声の後に、ううん、という否定の声が続く。

「え、じゃあ食堂行くか? 今、めっちゃ混んでると思うけど」

 それは嫌だなあと思わず顔をしかめれば、違う違うと忍が首を振った。

「俺、めーちゃんの手料理が食べたいのな」
「……今からぁ?」
「今から!」

 うおー、まじでかー。
 弱ったな、冷蔵庫なんかあったっけ。ガリガリと後頭部を掻けば、途端に忍が不安そうな表情を浮かべる。

「めーちゃん、嫌か?」
「なにが?」
「夕飯、今から作るの」
「はあ?」

 いや、別に作るのが嫌なわけではないけれど。

「お前、部活から帰って来たとこだし腹減ってんじゃねの?」
「そりゃ、空いてるけど」
「だったら、今から作るよりも、買ってきたりするほうが早くメシにありつけんじゃねえの? っつーことなんだけど」

 それに、今あるものだけじゃ大したものは作れないし。出来て、せいぜいチャーハンに野菜スープくらいだ。
 それでもいいのかと問うも、忍は間を置かずに頷いく。

「確かに、腹ペコだし早く食べたいのは山々なんだけどな。けど、それよりも」

 それよりも、なんだよ。

「めーちゃんの手料理っていうことに意味があるんだよ」
「……なんだ、それ」

 なんていうか、しょっちゅう作ってるにも関わらず微妙に照れるから、そういうことを言うのは止めてほしい。














「ごちそーさまでした!」
「お粗末サマデシタ」

 ちゃちゃっとチャーハンと野菜スープを作って、テーブルに並べたら。ああは言ってもやっぱり腹ペコだったらしい忍は、それをあっという間に平らげた。
 そして今は、作ってくれたお礼だとか言って使ったフライパンやらお皿やらを洗ってくれている。

 かちゃかちゃと食器同士がぶつかる音を聞きながら、俺は一人ソファで膝を抱えて、恐る恐る切ったままだった携帯の電源を入れた。
 一人になってからだと、怖くて見れやしないと思ったからである。

 電源ボタンを長押しして、徐々に明るくなる液晶画面。ばくばく言う心臓をなだめながら、グッドモーニングと英語で挨拶してくる携帯に「うるせえ今は夜の八時だぞ」と内心でつっこむ。

 そうして、見慣れた待ち受け画面が現れた、瞬間。
 てのひらの中で小さな固体が振動して、メールの受信を告げた。俺は震えた指先でテンキーを操作して、それを開く。
 受信ボックスに並ぶのは、ツイッターからのリプライ通知メールばかりが十数件。きっと、全部ワタルだ。見なくても解った。
 後で通知メールの設定を解除しようと固く誓いながら、俺はそれらを開封することなくまとめて消去していく。

 さながら、白ヤギさんからのお手紙を読まずに食べてしまった黒ヤギさんの気分だ――ワタルが白ヤギさんだとは、到底思えないけれど。

 それから、残された数通のメールを順に見ていく。
 ほとんどがメルマガばかりのなか、埋もれるようにして一件だけ差出人がきちんと表示されているものがあった。そこにかかれた名前は、柏木理一。

「理一がメールとか、めっずらし」

 打つのが苦手だからと、いつも電話ばかりなのに。
 そういえば、結局未だにタイピングの練習に付き合ってあげれてないなと思いながらメールを開いて、そこにかかれた文字に思わずプッと吹き出した。





To:やぎ
本文:でんわしろ





 よくよく見てみれば、理一からの不在着信が何度かあったらしい。つまり、いつも通り電話をしたけれど俺が出なかったら、仕方なしにメールをしてきたと。そういうことらしい。

「やっぱり、用件を打つだけの気力はなかったわけか……」

 理一らしいと言えばらしい。
 クスクスとこぼれおちる笑みを止めることができないまま、俺はキッチンの忍に一声かけて携帯片手に自室へ入った。





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