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 初めての2期制ということにちょっとテンションが上がってしまう俺。それに、志摩は不思議そうに首を傾げた。

「そうだが……今まで知らなかったのか?」
「はい」
「学校案内とかに書いてあったはずだが、転入前に読んだりは」
「しませんでした」

 というか、それどころじゃありませんでしたと付け足せば、更に不思議そうな顔をされる。
 まあ、それも当然だろう。普通、転校するとなったら転校先の学校案内くらい読むもんだ。俺がとことんイレギュラーなだけで。
 俺が実は留年しているということも含め、一から説明しても良いところだけれど、それもなんだか面倒で笑ってごまかした。

「にしても、範囲広すぎて困っちゃいますよねぇ」

 中間でこれって、実技科目も加わったらどうなってしまうんだか。けらけら笑えば、ちょっと貸してくれと手を差し出される。俺は素直にそこへ開いたプリントをのせた。
 ちょっとどころじゃなくクシャクシャなそれをじっくりと眺めて、うーんと志摩は唸る。

「まあ、確かによそと比べたら少し広いかもな。だが、八木なら大したことないんじゃないか?」
「へ?」
「うちの編入試験は難しいと聞く。八木はそれをクリアしてきたのだろう?」

 だったら大丈夫なんじゃないか、と志摩は言いたいらしい。いや、まあ、大丈夫っちゃあ大丈夫なんだけども。

「大体は大丈夫なんですけどねぇ……ただ、
「ただ?」
「世界史だけが、ちょっと」

 暗記科目は苦手なのだと、返ってきたプリントを受け取りながら小声で打ち明ける。

 編入試験は確かに難しかった。正直、英数国の三科目だけじゃなければクリアするのは難しかったと思う。
 それでも合格点を取れた理由は簡単、社会と理科が無かったから。特に社会科。俺が今ここに居るのは、ひとえに社会科目がなかったからだと言えよう。

「暗記科目が苦手、というと。覚えるのが苦手なのか?」
「はい。じっとしたまんま、ひたすら重要用語覚えてくだけってのがどうにも耐えられなくて」

 あとは、教科書を音読しまくるとかも苦手だ。
 英単語ならひたすらに書いてれば覚えるけど、世界史とか日本史とか、前後に流れがあるものや他の用語と繋がりがあるものはそうもいかない。その上、世界史となると横文字ばかりでややこしいことこの上ないのだ。

 だから、暗記科目は――特に世界史は苦手なのである。

「ふむ、なるほどな」

 志摩は、よいしょと段ボールを抱えなおして、思案するような声を上げる。そういえば、どっかに行く途中じゃなかったんだろうか。時間とか大丈夫かなぁなんて、そんな不安が脳裏を過ったとき。

「教えてやろうか?」
「……え?」
「八木の言うとおり、世界史なんてほとんどが暗記だからな。それを教えるというわけにはいかないが、覚える優先順位や覚え方のコツくらいなら教えてやれるぞ」

 世界史は得意科目なんだ、と言って、志摩は口元の笑みを深めた。
 予想外すぎる、志摩からの提案。生徒会役員ということは志摩だって成績は良いのだろう。
 世界史が冗談抜きで本当に苦手だということも含めて、ここは「ぜひお願いします!」とジャンピング土下座付きでお願いしたいところ、だけれど。

「……それって、色々大丈夫なんですか?」
「? なにがだ?」
「ええと、その」

 親衛隊とか、親衛隊とか、親衛隊とか。っていうか、それ以外にあるはずもない。
 戸惑いを露わにする俺に、志摩は一度「親衛隊?」とオウム返しにしてから、ああ、と声を上げる。

「そうか。八木はまだ転校してきたばかりだったな」
「はあ、まあ、一応」

 ばかり、というのには時間が経っているような気もするけれど、間違っているわけでもないので一応肯定しておく。

「なら知らないだろうが、うちの親衛隊は穏健派なんだ」
「おんけん、は?」
「そうだ。だから、相手が俺によこしまな気持ちを抱いていたり、危害を加えようとしたりしない限りは特に何もしてこない」

 親衛隊にも、穏健派とかそういう種類があったのか。これまた初耳な事実に驚く俺に、だから大丈夫だぞと言い聞かせるように志摩は微笑む。

「まあ無論、八木が構わなければの話だが……」
「それはっ」

 構う構わないどころの問題じゃない。
 ぜひ! と、なぜか照れくさそうな志摩に向かって、俺は勢いよく頭を下げようとした――が。

「あれ」

 それを遮るように、携帯のバイブ音が響く。
「八木のか?」
「みたいです。すいません、ちょっと」

 勢いを削がれて、なんだかちょっと微妙な感じになりながら断りを入れ、携帯を取り出す。サブディスプレイに瞬く「受信メール一件」の文字に、俺は思わずげっと声を上げそうになった。

 ……これは、たぶん、恐らく。
 いつものやつ、だろう。

 解っていても心のどこかで「もしかしたら」という可能性を捨てきれない。俺は、どこかから監視されているような錯覚に背筋を凍らせながら、恐る恐る携帯を操作した。
 そして、



ワタル@lovelove-goat
  @meemee-yagisan 関西弁の次は書記か?誰でも彼でも尻尾ふりやがって

ワタル@lovelove-goat
  @meemee-yagisan いつになったらお前は俺のモンだっつー自覚をするンだろォなァ



 そんな甘い期待は、案の定、見事なまでに砕かれた。背筋を舐めるように這いあがった視線を伴って。

 ぞぞぞ、と鳥肌が立つのを感じながら慌てて液晶ディスプレイから顔を上げる。志摩が突然の俺の変化に不安げな顔をしていたが、それに構う余裕はなかった。

 バッと背後を振り返る。視界の先には先程あとにしてきたばかりの校舎。そびえたつそれの正面には、いくつもの窓が並んでいた。
 あそこから、見られていたのだろうか。目を眇めるも、光の反射も伴って、数多並ぶ窓ガラスの向こうにそれらしき人影を見つけることはできなかった。

 今も、まだ見られているのだろうか。
 考えるだけで恐ろしい。

「八木? どうかしたのか」
「いえ……なにも」

 なにもないです。……今は、まだ。
 後半は口にせず、俺はそっと携帯を閉まった。それから、やり場に困った視線を握ったままだった範囲表に落とした。

「さっきの話、なんですけど」

 目さえ覚めれば、志摩は普通の人間だった。それどころか、誠実そうな良い男に見えた。今少し話してみただけでも好感のもてる、良い同級生。
 せっかく親衛隊も問題なさそうなのだし、どうせなら「これも何かの縁」ということで親しくなってみたいところだったけれど。

「すごく嬉しいんですけど、でも、やっぱ迷惑かけちゃうと思うんで」
「……八木?」

 志摩をワタルの一件に巻き込むわけにはいかない。ワタルなら、怒りのあまり志摩にまで危害を加えるようなことくらい容易にしそうだ。ぐっと、唇を噛む。

「気持ちだけ、受け取っておきます」
「おい、八木、」
「それじゃ。部活、がんばってください」

 最後にそう付け足して、俺はへらりと笑った。困惑したような顔の志摩が何かを口にするより早く、ひらひらと手を振ってその場を立ち去る。
 足早に寮を目指す途中、ヤギ、と聞こえるはずの無いワタルの声が俺の背中を追ってきた気がした。





 俺は、どうしたらこの束縛から逃れられるのだろう。
 震えてもいないポケットの中の携帯がやけに恐ろしく感じられた。更に足を速めながら手探りに電源を切る。

 私生活を握られているというのはこんなにも怖いことなのかと、今更ながら俺は自覚したのだった。





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