04






 その翌朝のことである。

「今日は良い知らせと悪い知らせがある」

 なにやら大きな包みを抱えた二木せんせーは、教室に入ってくるなり唐突にそう言った。
 デスクチェアに腰掛け、教卓に肘を付きゲンドウポーズをするせんせーの顔色はすこぶる悪い。一体何があったのかと、教室中に小さなざわめきが広がった。

「まずは悪い知らせから言おう」
「いや、そこは良い知らせから言えよ」
「いいか、よく聞け」

 俺のツッコミを完全にスルーする二木せんせー。ゆっくりと教室内を見渡すと、深く呼吸をしてから、告げた。

「うちのクラスのオバケ屋敷が、文化祭のアトラクション部門で人気投票一位になってしまったらしい」
「…………えっ?」

 えっ、それ悪い知らせか?
 そんな心の声があちこちから聞こえる。一瞬、耳がおかしくなったのかとすら思った。
 二木せんせーは、先程だんっと教卓上においた謎の風呂敷包みをそっと解き出す。誰もが固唾をのんで見つめる中、姿を現したのは――

――蛍光灯の光を受けて黄金色に輝く、トロフィー、だった。

「よっ、」

 よっしゃああああああああああああああああああ!!!!!!
 弾けんばかりの歓声が、2年A組の教室を覆った。

「……いや、どう考えてもいい知らせじゃん、これ」
「うるせぇ、こちとらお前らのせいで賭けで大損したんだっつの」

 ぜってぇ3Aの「レンタル執事」だと思った、と二木せんせー。
 え、待って。なにそれ、アトラクションなの? ていうか、3Aって理一のクラスだよな? 喫茶店って言ってなかったけか……?
 なんとも奇妙極まりない話に思わずぐにゃりと顔を歪める。

 そこで、賭けに負けたのがよっぽど悔しかったらしい二木せんせーが、未だきゃっきゃと盛り上がるクラスメイトたちに舌打ちを一つ。ばあん! と教卓を叩いた。

「……せんせー、いくらなんでも大人げなさすぎっしょ」

 溜息を吐く俺。隣では、純粋に喜んでいた忍がびっくうと肩を揺らした。

「いいか、お前ら。ここからが良い知らせだぞ」

 教室中を見渡して、二木せんせーはにいやりと嫌な笑みを浮かべた。
 文化祭で、うちのクラスが人気投票一位。それを「悪い知らせ」なんて言ってみせるせんせーのことだ。どうせろくな知らせじゃあないだろうなという諦めに似た空気が、暗黙の了解のように漂う。

 そして、案の定とでも言うか。そんな予感は正しかったらしい。
 せんせーは、トロフィーの背後からぴらりと一枚のプリントを取り出して、言った。

「――二週間後から、中間テストが始まんぞ」

 しっかり勉強しろよ? という悪魔のような囁きに、先程の歓声から一転、エエーッという悲鳴があちらこちらから上がったのでしたとさ。



「……え、つうか、マジで?」

 勘弁してください。













「ってか、定期テストなんて久しぶりだな……」

 一日が終わり、放課後。「帰りのHRで範囲表渡すからなー」という今朝の言葉通りに配られたA4サイズのプリントと睨めっこをしながら、俺は一人寮への帰路についていた。
 今日は忍も西崎も部活で、シュウは斎藤くんとデートの約束があるらしい。仲睦まじげで良いことだ。

「数U、古典、英語、オーラル……は、まあこんなもんか。しっかし、世界史……」

 範囲、広いなあ。何度見返しても変わらない活字体に嘆息する。
 ただでさえ暗記科目は苦手だというのに、今から二週間でこの広い範囲内の言葉をさらいきらなければならないのか。まだ始まったばかりのテスト期間が一気に憂鬱になった。

 ほんと、一体どこが「良い知らせ」なんだか。至極愉快そうだった今朝の二木せんせーが少し恨めしい。八つ当たり気味に範囲のプリントをぐしゃぐしゃと折り畳む。
 そしてそのままポケットに突っこもうとした、その時、不意に背後から声が掛かった。

「……八木?」

 ワタルのこともあり、一瞬ビクつきながらも振り返る。けれど、剣道着姿で段ボールを抱えたその姿に、ほっと体の緊張を解いた。

「書記さん」
「久しぶり、だな」
「はい。お久しぶりです」

 ぺこりと会釈してみれば、どうして敬語なんだと彼は苦笑する。文化祭前日以来の志摩書記は、なんだか少しだけ顔色が良くなっているような気がした。

「この間は……なんというか、すまなかったな。急につっかかったりして」
「いえ、別に。気にしてないです」

 むしろ、俺の方こそ自分が理一と友人だからって私情入れまくりでなかなかキツいことを言ったような気がする。なのにこうも真っ直ぐに謝られてしまうと良心が痛んだ。こちらこそなんだかすみません、と曖昧に口にする。
 すると、志摩はぱちくりと瞬きをしたのちに、破顔した。

「どうしてお前が謝るんだ」 
「いや、だって」
「あれは、完全に俺が悪かったろう」
「そんなこと……」

 誰にだって、過ちのひとつやふたつやみっつくらいあるだろう。少なくとも俺にはある。たぶん、よっつくらいは。
 だから、生来真面目そうな志摩が高校生活中に一回くらい道を踏み外したって、それくらいなんてこと無いんじゃないだろうか。思う俺をよそに、いいんだと志摩は首を振る。

「八木には感謝しているんだ」
「……感謝ぁ?」

 そんな、感謝されるようなことを俺はしただろうか。困惑する俺に志摩は続ける。

「あの時、あの場所で八木に会わなければ……ああいう風に、厳しい言葉で現実を突き付けられなければ、きっと俺は、今もまだ間違いを犯したままだったはずだ」

 ぐっと、志摩の指先が段ボールの角に食い込む。がっしりとした力強そうな指の先が白くなるほどの強い力。
 そこには志摩の後悔や、自分自身への嫌悪、怒りなど。そういった感情が込められているような気がした。

「けど、そうはならなかったじゃないですか」
「八木のお陰で、な」
「それは、」

 それは、違うと思う。

 例え俺がああ言ったからって、志摩本人に変わる気が無ければ変わるものも変わらないし、現に、食堂で対峙した佐藤灯里には何かが変わったような様子は見られない。
 だから、俺のお陰とかそういうのじゃない。そう思うのに、上手く伝えられない自分が歯がゆかった。

 ぐしゃり。知らず知らずのうちに握りしめた手の中で、テストの範囲表が音を立てた。それにつられて、志摩の視線がそちらへ向く。

「それは?」
「テストの範囲表です」
「ああ。そういえば今日配られたんだったな」

 納得したようにうなずく志摩に、これ幸いとばかりに俺は話題を変えた。

「ていうか、この学校2期制だったんですね。中間テストって言われて、もう11月になるのに中間なわけ? って聞いて、初めて知りました」

 そう。なんと、黄銅学園は2期制の学校だった。つまり前期が4月から9月前半まで、後期が9月後半から3月までという区分になっているらしい。
 だから今度あるのは中間テストで、後期一回目のテストになるそうだ。

 俺が転入してきた頃は、ちょうど後期が始まったばかりだったということも、今日忍たちに教えられて初めて知った。





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