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 しかも、前までとは少し違う。

 文化祭の夜にあった「みつけた」というツイートを発端に、なぜかワタルは俺の行動を逐一報告してくるようになったのだ。それも、まるで本当に俺を観察しているかのような、実際の行動に沿ったものばかりを。

 ちなみに、今日届いたリプライの一部はこんなものだ。





 @meemee-yagisan 今日の昼飯はパスタか。それうまいか?

 @meemee-yagisan つーか昨日はうどんで一昨日はラーメンだったよな。麺類好きなのか?

 @meemee-yagisan 体育のサッカー、点入れてただろ。さすが俺のヤギだな

 @meemee-yagisan 授業中居眠りしてばっかだとまた怒られンぞ

 @meemee-yagisan ああほら、だから言っただろーが

 @meemee-yagisan お前その関西弁と一緒に居すぎ

 @meemee-yagisan 浮気だったらマジでブチ犯すぞ





 今日の俺の昼食はきのこの和風パスタで、五限の体育ではサッカーでシュートを決めた。六限はその心地よい疲れのせいで居眠りして二木せんせーに怒られた。
 更に言えば、午前中にもネトゲで夜更かししたせいで、こっくりこっくり、ついつい舟をこいで怒られていた。
 無論、昨日の昼食はうどんで一昨日はラーメン。放課後に一緒に寮まで帰ったのは西崎、である。

 見事なまでに俺のリアルとぴったり当てはまるツイートの数々に、無機質な明朝体を見ているだけでぞっとした。見ているだけで気分が悪くなってくる。慌ててマウスを動かし、ツイッターのウィンドウを閉じた。

「……どうしたもんかなぁ」

 最初は、リプライの内容も休み時間の廊下や食堂など、開放的な場での出来事に限られていたのである。けれどそれは徐々にエスカレートして、今では普通の教室棟からは見えないグラウンドや特別教室での出来事にまで言及してくるようになっていた。
 もはや、現実の「ワタル」に現実の「八木重陽」がヤギであるとバレてしまったとしか思えないリプライ達に、俺のヒットポイントはガンガン削られていく。それが疲労へと繋がり、理一にああ言われてしまったのだろう。

 けれど、だからと言って相談なんて出来るはずもない。
 ワタルとのことを良く知っているスーザンにも、なんとなく事情を知っているうーたんにも、頼ってこいと言ってくれた二木せんせーにも言えていない。
 過保護な宮木さんなんてもっての外である。

「ほんと、どうしたもんかなぁ……」

 薄暗い部屋の中で煌々と光を放つ液晶ディスプレイ。目が悪くなりそうだなあなんて思いつつ睨みっこをして、俺は大きく肩を落とした。













「――っていうことが続いてるわけなんだけどさ、どう思う?」
『どうって……見つかっちゃったんじゃないの? そのワタルくんとやらに』

 悩んだ末に電話で相談を持ちかけてみた――ら、ミドリは事もなげにそう言った。相談内容とは似つかわしくない、ごく普通すぎる受け答えに俺はがっくりと肩を落とす。

「やっぱり?」
『そりゃあね、そうでしょう。第一、重陽だって現実逃避してるだけで本当は解ってるんじゃないの? その人が、高確率で学園関係者、恐らくは黄銅学園せ――』
「あー! あー、あー。キコエナーイ」

 黄銅学園生徒、と続くはずだったろうミドリの声を遮って「聞こえない聞こえない」と繰り返すと、回線の向こうからクスクス笑う声が聞こえてきた。ミドリさん、ひでえっす。

『まあ、現実逃避したくなる気持ちは解るけどね。男にしつこく付きまとわれてる、だなんてさ』
「だろ? 男にストーカーされてるとか、マジワラエナイ」
『でもね、ちゃんと対策とかも考えたほうがいいんじゃないの?』

 ていうか、とミドリ。

『そもそも、どうして僕に相談してきたのさ?』
「どうしてって、友達だから?」
『僕も重陽のことは友達だと思ってるけど、そうじゃなくて。友達なら、他にもいるでしょってこと』
「いやまあ、いるけど。でもほら、適所適材って言うじゃん?」

 他の「友達」にはとてもじゃないが相談なんてできそうにないのだということを誤魔化しつつ言うが、ミドリは簡単には納得してくれない。

『学園一の権力者、生徒会長サマ』
「……は?」
『裏で、通称不良クラスなD組をまとめてる風紀副委員長、親衛隊持ちのスポーツマンなクラスメイト』
「えっ、ちょ、ミドリ?」

 急に何を言い出すんだ。なんだか俺の知り合いのような気がする特徴ばかりをあげられて動揺する。

『あとは、友達枠外だと片づけ下手な担任教師とか? 忠誠誓っちゃってる秘書の人とかいるみたいだけど』

 僕より彼らの方がよっぽど適所適材だと思うけど? なんて、俺の出した言葉を逆に返してくるミドリ。
 どこか得意げな口調に、俺ははっと気付いた。

「……会計か」
『うん、大正解』

 忠誠誓ってる云々な秘書こと宮木さんのことならともかく、それ以外の理一たちのことをミドリが知っているとしたら、情報源はただ一つ。兄ラブ! な弟クン以外にはいるまい。
 余計なことをしやがって、とつい悪態と吐けば『重陽、何か言ったかい?』と有無を言わせぬ声。

「何も言ってません」
『うん、よろしい』

 愛しの弟君を悪く言ったのは悪いけど、にこやかな声が逆に怖すぎます、ミドリさん。

『……アカネに、ね。重陽のことはただの友人だからってちゃんと話したら、それ以来いろいろと教えてくれるようになってさ。その時に話してくれたよ、重陽が黄銅学園でたくさんの男を手玉にとってるって』
「手玉ァ?」

 手玉ってなんだ、手玉って。
 情報間違ってんぞ会計くん! と盛大にツッコミを入れたい限りである。

『あれ、違うの? なんか色んな系統の男たちに言い寄られてるって聞いたけど』
「違いますー、言い寄られてませんー」
『そういった人たちと仲が良いのは?』
「それは……事実、だけど」

 だからといって、言い寄られているだなんていったら語弊がある。言えば、まあいいけどね、なんて意味深な声。

『なんにしても、そういったもっと身近でもっと力のある人にきちんと相談して、ボディガードお願いしたほうがいいと思うよ』

 「一友人として忠告するとね」なんてひどく真剣な声で付け足されて、俺はうっかり感動してしまう。いい友人を持ったなあ、と。
 けれど、

「……ミドリが俺のこと心配してくれてそう言ってんのはわかる、けど、さ」
『けど、なんだい?』
「ムダに心配性なやつばっかだから、相談したら超オオゴトになりそうなんだよ」

 先程ミドリがあげた知り合いたちに、ワタルのことを打ち明けたときのことを想像してみたとして。とにかく面倒なことになる未来しか思い描けないのである。そういった意味で、彼らは「適所不適材」なのだ。
 弱りきった俺の声に、ミドリはなにやら考え込むように「ふーん」と鼻を鳴らしたかと思うと、こう言った。

『特別大事にされてる自覚は一応ある、ってわけかぁ……やっかいだなぁ』
「ミドリ?」
『ううん、なんでもないよ』

 にっこり。これ以上聞いてくるなよオーラを背後に浮かべ微笑むミドリの姿が、声だけでありありと思い描けてしまって、俺は何も言い返せない。

『じゃあ、そろそろ切るよ。僕も忙しいから』
「あー、うん。悪ィ。聞いてくれてさんきゅ」
『どういたしまして。まあ、誰か身近な人に相談するってのも、考えておきなよ?』
「はいはい、了解。じゃあな」
『うん。じゃあまたね』

 ぶつり、とぎれる回線。
 先程聞き取れなかった言葉は何だったのかなあと、ぼんやり考えながら俺は携帯を持った手を下ろした。





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