02






『ごめんねぇ会長〜、ってさ』
「謝ってきたわけ?」
『ああ』
「そんで許しちゃったってわけ? 拳骨一発だけで?」
『だけ、って。お前なぁ』

 電話の向こうで、理一がはあと溜息をつく。

『一発殴れば十分だろ。本村も反省してたし』
「……ほんっと、理一って見かけによらず甘いよな」
『どういう意味だ、それ』
「いかにも『俺様がルールだ』みたいな顔しといて、中身とのギャップが激しいよなってハナシだよ」

 俺の言葉に理一はなにか言いたげに唸った。けれどそれは、俺が「機械音痴だし」と意地悪に付け足したことで結局何も言わずじまいに終わる。

 毎日恒例の近況報告の電話中、理一は俺に、文化祭開けの月曜日から会計の本村アカネが生徒会に戻ってきたことを教えてくれた。そのときの状況が、先程の会話の通りである。
 五月から始まったとして……かれこれ、もう半年か。それだけのあいだ職務を放棄され自分一人に全部を押しつけられていたというのに、拳骨一発で全部チャラだなんて。やっぱり、理一は甘いと思う。

 まあ、理一がそれで良いなら構わないけれど。理一にとってひどく不利益な状況になったりしない限りは。

「でも、なんで急に?」

 少し前にミドリにお説教を食らったときですら、行動は控えめになったものの仕事に戻ることはしなかったというのに。それがどうして突然、理一に謝ってまできたのだろうか。
 純粋な俺の疑問に、理一は「あー……」と複雑そうな声を上げる。

『そりゃ、あれだよ。あいつブラコンだろ?』
「そうだな、ブラコンだな」

 これに関しては誰も否定などしまい。

『けど、文化祭のときさ。あの転校生とあいつの兄貴とで揉めたっつったろ?』
「あー、そういえば」

 そんなこともあったような。確か、それでうーたん達の代わりに理一が呼び出されたのだったか。

『なんでも転校生に兄貴のことを悪く言われたのがダメだったんだと。その瞬間、一気に目が覚めたっつってたな』
「あー、なるほど。そういうことか」

 面倒くさそうな理一の説明にひどく納得する。
 本村アカネは、俺とミドリが知り合いだと知っただけでキレるようなやつだ。ミドリのことを悪く言われるなんてもってのほかだったのだろう。

 それと同時に、文化祭の最中にミドリたちと会ったとき、本村アカネがやけに不機嫌そうだった理由も判明した。たぶん、ミドリが機嫌良さげだったのも同じ理由だ。
 アカネのほうはミドリのことでの怒りが収まらないままで、ミドリのほうは、恐らくアカネがそうやって自分のことで怒ってくれたということが嬉しかったのだろう。
 ミドリは、ちょっとひねくれてこそいるものの、なんだかんだ弟のことを好きなようだから。

 やっかいな兄弟だなあと思う。
 そんなにお互い想い合っているなら、いっそ、本村アカネもミドリの学校へ転入してしまえばいいのに、とも。

「あ、そういえば」
『なんだ』
「志摩のことなんだけど」
『……なんだ』

 志摩の名前を出した途端、わかりやすく理一の声がワントーン下がる。これはこれでやっかいなやつだなと内心苦笑した。

「うちのクラスの剣道部のやつが言ってたんだけど、志摩、なんか部活に戻ったらしいぞ」
『へえ、剣道部にか?』
「そうそう。なんか、副部長に頭下げて部に居させてくれって頼んだりしたらしー」

 一部始終を目撃した剣道部員とは、言わずもがな西崎のことだ。その出来事があった翌日の朝、登校してくるなりすぐさま教えてくれたのである。
 なんでわざわざ? と聞いたところ「なんや、めーちゃん気にしとったみたいやから」と返ってきたあたり、なんだかんだ西崎も良いやつなのかもしれない。ちょっとだけ認識を改めた。

「まだ副部長とちょいちょいギクシャクしてるらしいけどな」
『ま、そういうのは時間が解決してくれるだろ。きっと』
「だよな、きっと」

 志摩とその副部長とやらは親友であったらしいから、なおさら心配の必要なんてない。大体そんなものなのだ、人間関係ってやつは。

 人間関係といえば、この学園内ではもう一つ、人間関係で大きな変化があった。やっぱりというか、黄銅学園のトラブルメーカーこと佐藤灯里に関することである。
 なんと、あの阿良々木が佐藤灯里にまとわりつかなくなったらしい。むしろ、無理矢理一緒に連れて行かれそうになっても力づくで追い返しているんだとか。
 それに関しては文化祭より前からそうだったとか、文化祭の日から避け方が露骨になったとかいろいろ意見はあるけれど。

 とにもかくにも、実質、今現在佐藤灯里の周りにいる「取り巻き」は副会長の早瀬静貴ひとりだけである。元はもっといたらしい生徒会役員以外の取り巻きたちも、いつのまにやら姿を消してしまったようだ。

「なんつーか、そろそろみんな目が覚めてきたんかね」
『かもしんねぇな。ありもしない夢を見続けるのは、せいぜい半年が限度っつうことだろ』

 俺ならアレ相手には一日と保たねぇな、なんてうそぶく理一。
 文化祭を機に志摩に本村アカネと一気に人手が増えたおかげか、理一は最近ようやく目の下の濃いクマが消えた。声も前と比べて元気な気がする。
 孤軍奮闘にもほどがあるあの状態があれ以上続いていたらと、考えるだけで恐ろしい。そうならなくて良かったと、一人ひっそりと息を吐いた。

『――ていうか、ハル?』
「えっ、あっ、うん? なに?」

 ああ、ほんとに良かった。と、ついだらしない表情になりかけていたところで電話口から呼びかけられる。予想外のそれにびくりと肩が跳ね、思わず椅子の上で正座をした。

『お前さ、なんか疲れてねぇか?』

――ぎくり。

「そ、そうかぁ?」
『ああ。なんか、声が疲れてる』
「いや別に、そんなことねーけど」

 ……本当は、そんなこと、ある。声が疲れているかさておきて、今の俺はとてもじゃないが「元気いっぱい」とは言い難い状態にあった。
 けれどそれをバカ正直に、心配性な理一に言えるはずもない。俺は涼しい声で「大丈夫大丈夫」と繰り返した。

『まあ、ならいいけど。無理はすんなよ?』
「ん、だいじょーぶだって」
『じゃあ、そろそろ切るな。おやすみ』
「おー、おやすみ」
『ネットのしすぎで夜更かしすんなよ?』
「はいはい、わかってますって」

 じゃあな、と最後に短く告げてから通話を終了する。長い通話時間が表示された画面を確認してから、はーっと長く溜息をついた。

「……意外に鋭いなぁ、理一」

 正座にした足を崩しながら、テーブル上に折り畳んだ携帯を置いてマウスを手に取る。カチカチと短い操作を数回。ノートパソコンの液晶画面に映し出されたのは、見慣れたツイッターの画面。
 俺はその中からリプライなどを表示する欄を選択して、パッと現れた俺宛のツイートの数々に顔をしかめた。

――文化祭の日以来。
 生徒会や佐藤灯里の周辺に変化が起きたように、俺の周りでも大きな変化が一つ。





 どうしてかまた、あの日以来。
 ワタルからのストーカー行為がひどくなっているのであった。





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