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 阿良々木渡は苛立っていた。
 ただひたすらに、腹が立って腹が立って仕方なかった。

 その証拠に、元より決して良いとは言えない人相は更に凶悪さを極め、目尻は吊り上っている。体の内を巡る衝動をどうにかしたくて手の中の携帯電話をぐしゃりと握りつぶした。
 明るいグリーンの折り畳み式携帯はついひと月ほど前に買い替えたばかりだったが、渡の行動にためらいの類は一切見られない。

 ツイッターのログを表示していた液晶画面が割れ、光を失う。ただのガラクタと化したそれを渡は前方へ放り投げた。
 そして、歩きながら踏みつぶす。
 役立たずにもう用はない。無言の内にそう告げているようであった。

 向かいから歩いてきた小柄な生徒が、一部始終を目撃したのかヒッと小さく声を上げる。声に反応して渡が顔を上げれば目があった。
 途端ぶるぶると震えだしたその生徒に、別にお前にキレてるわけじゃねェよと舌打ちする。

 別に、渡はその生徒に対してキレているわけではない。携帯自体の性能に苛立っていたわけでもない。

――ただ、
 そう、ただ。

「くだんねェ勘違いなんぞしてた、自分にキレてんだっつうの……」

 渡の怒りの対象は、間違いなく――自分自身、であった。













 ことの始まりは五月のことである。

 春からこの黄銅学園に入学して。インターネットが繋がらず想い人であるヤギと話すことも、唯一の繋がりであるツイッターを見ることもままならない環境やら、なにかとうるさい親衛隊やらに辟易していたところにそいつはやって来たのだ。
 言わずもがな、「そいつ」というのは現在学園内を騒がせている転校生、佐藤灯里のことである。

 佐藤灯里が、それまで一人部屋だった渡の部屋に同室者としてやってきての、第一声はこうである。

「俺、佐藤灯里っていうんだ! 気軽に灯里って呼べよな!」

 うるせえ。それが、渡の佐藤灯里に対する第一印象だった。
 けれど、苛立ちからぐにゃりと歪んだ顔は、更に続いた自己紹介の内容に徐々に戻って行くことになる。

「ちなみに誕生日は一月一日な! めでたいだろ?! そんで、血液型はO型! 好きな動物なヤギなんだ! なんてったってヤギ座だからな!!!!」

 一月一日生まれで、O型の、ヤギ座。その三点、特にヤギ座という部分にピクリと体が反応した。
 目の前に仁王立ちする、もっさりとした髪のオタク風な彼をじっと見つめる。体は華奢で、日光になど生まれてこのかた当たったことがないという風に肌も白かった。

 引きこもりのあいつなら、ありえる。渡は咄嗟にそう思った。

 それから、脳内にある「彼」のデータと今目の前にいるこの転校生のデータを順に比較して行った。
 誕生日。確か、「彼」は月と日が同じ数字の日生まれだと前に零していなかったか。血液型も、「彼」はO型だと言っていた。

 星座……は、聞いたことが無い。
 けれど、あの少々面倒くさがりでおおざっぱなところのある「彼」ならば、自分に関係するものをハンドルネームとして使用している可能性が高い。そう、例えば星座とか。

「…………ヤギ、か?」

 これだけ条件が揃えば、目の前の彼が「ヤギ」であるという奇跡のような出来事が起こったとしてもおかしくはない。
 思いながらも確認をしてみたのは、佐藤灯里と名乗ったこの少年のやかましさと、いつもさりげなく相手を気遣う「ヤギ」とのイメージがいまいち被らなかったからである。
 けれど、

「おうっ! ヤギだぜ!」

 目の前の少年――佐藤灯里は、朗らかな笑顔でそう肯定した。

 だから渡は認識した。佐藤灯里が、今までずっと追い求めてきた「ヤギ」なのだと。
 そして歓喜した。ヤギが自ら自分の傍にやって来てくれたことと、自らワタルに正体をばらしてくれたことに。

「ヤギ。」

 だから、渡には気付けなかった。

「俺、ワタルだ……苗字は、阿良々木」

 佐藤灯里の「おうっ!」という返事が、恐らくは単に、好きな動物を聞き返したのだと受け取られた問いかけに対する答えだったということに。













 初めて違和感を覚えたのは九月のことである。
 それまでも度々、生徒会役員たちに連れ回されて行方知れずになることの多かった佐藤灯里が、いつまでたっても帰ってこず、電話をしてもつながらず、という日があったのだ。

 元々気が短い渡のことである。おとなしく帰りを待つなどできるはずもない。
 せめてどこに居るのかくらいは突き止めてやろうとばかりに、佐藤灯里が転入してきて以来、今更必要ないだろうとずっと見ていなかったツイッターを開いたのだ。

 そうしたら、どうだ。「ヤギ」である彼のツイッターには、小一時間ほど前に「スーザンなう」などと呟かれているではないか。
 元はネトゲ仲間であった男と「ヤギ」が、自分の知らないところで会っている。そう考えただけで目の前が沸騰しそうだった。

 ただ激情に任せて、以前と同じように大量のリプライを送りつけたのは言うまでもない。だがそのどれにも返事などは帰ってこず、あげくの果てにはアカウントをブロックされてしまう。
 怒りのあまり渡が手にしていた携帯を握りつぶしてしまった――そのとき、案の定生徒会役員たちと一緒にいたらしい佐藤灯里が帰ってきた。

 当然、渡は佐藤灯里を問いつめた。一体どこへ行っていたのか、スーザンと一緒にいたというのは本当なのか、どこで会ったのか、どうしてリプライを返さなかったのか、自分をブロックしたのか。
 怒濤の勢いで次々に質問を口にした渡。それに、佐藤灯里はぽかんとしたのちこう言った。

「何言ってんだ? 渡。どうかしたのか?」

 唖然、呆然。
 何を言っているのだと聞きたいのはこちらのほうだと、渡はただひたすらに混乱した。

 慌てて学園を抜け出して、渡は新しい携帯電話を買った。そうして新しいツイッターアカウントを作り「ヤギ」のツイッターへとアクセスする。
 先程は感情が高ぶっていたせいでしっかりとは見ていなかったツイートの数々を、何度も深呼吸を繰り返しながら、順にたどっていった。

 結果、渡は知ったのだった。
 「ヤギ」は今日どこかの学校へ転校していて、そこでスーザンと会ったのだと。
 つまり、今の今まで「ヤギ」だと思い込んでいた同室者の彼は「ヤギ」ではないのだと。

 そして先日、文化祭の夜に気付いたのだった。
 以前、エレベーター付近でぶつかり、土下座をしてきたあの男。北棟で生徒会長と人目を盗んで会っていたあの男こそが、九月にこの学園へと転入してきた、正真正銘本物の「ヤギ」であることを。

 彼こそが「ヤギ」なのだと気付いたときの渡の後悔はひどかった。どうしてあんなのをヤギだと思いこんでいたのだろうと、自分自身の目をえぐってしまいたくすらなった。

――けれど、まあいい。
 本物の「ヤギ」が見つかった今となっては、そんなのは些細なことなのである。





 このまま本物を「たべて」しまえれば、全てはプラマイゼロどころか、渡にとっては激しくプラスなのだから。





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