15
「めーえーたーんっ!!!」
うーたんと二人でほのぼのしていたところに、また背後から声がかかる。
次いで、
「うぐっ!」
――再び、後ろからタックルをかまされた。
「……い、ってぇ……って、またかよ……」
気付けば、まるで前屈をするような体勢のまま背後から西崎に抱きしめられていた。
なんていうか、今日はみんな後ろから抱きつきたい気分なのだろうか? 揃いも揃って後ろから来やがって、と舌打ちしてやりたくなる。
「やっほ、めーたん! さっきぶりやんね〜」
「……西崎、お前な」
ひらひらと手を振っている暇があるならば、さっさと俺を離してほしい。不満ですという感情を顔いっぱいに浮かべて睨みつければ、西崎はようやく俺の腹に回していた腕を引き抜いた。
「って、おろ? 風紀の副イインチョーサマですやん」
「あはは、元気だねぇ〜。どうもぉ」
「どうも、こんばんはぁ。なにやっとるんです? こんなとこで」
そこで初めてうーたんの存在に気付いたかのような西崎の言葉に、うーたんはちょっと考え込んだのちにこう返した。
「なにって、ナニかな〜?」
めーちゃんと、と付け足すと、にっこり笑顔のうーたんはなぜか俺を指差した。はいいい?
「えっ……なん? めーちゃん、副イインチョーサマとそういう関係やったん?」
「いやいやいや」
「俺というモノがありながら?!」
「いやいやいやいやいや」
一体何を言っているんだ、二人とも。
一人一人ならどちらも良い友人であるはずなのに、一緒になるとどうしてこうも面倒くさいのだろう。意識をよそに逃がしたくなるのは仕方のないこと、のはず。
「めーちゃんの本妻はどちらか」なんていうわけのわからない争いを始めた二人をよそに、小さく溜息を吐きつつ距離を置く。そこへ、かさりと芝生を踏みしめる音が割り込んだ。
ぴくりと耳が反応するまま首を動かせば、炎の明かりを遮るように立ちふさがる人影。
「あれ、なんだか勢揃いなのな」
にっかり。笑顔を浮かべてうーたんと西崎を見遣るそいつが誰なのかなんて、顔が見えなくても解る。
「サービスタイムは終わったのか? 忍」
「ああ。なんか、親衛隊長が『最後くらい、どうぞご友人とゆっくりなさってきてください〜』って言ってくれてさ」
「ふうん? ま、なにはともあれオツカレサマ」
ぱふぱふとすぐ脇の芝を叩いて座るよう促せば、そいつ――忍は、「さんきゅーな」なんて言いながらゆっくり腰を下ろした。
二人並んで、夜空を見上げる。
山奥にあるせいで辺りに建物もなく、今は校舎や寮の明かりも消されている。そのせいか、普段は霞むようにしか見えない星々が、濃い藍の絨毯の中で煌々と光を放っていた。
「……きれいだねぇ」
「せやなぁ」
いつのまに口論を終えたのだろう。どちらが舌戦を制したのかは解らないが、気付けば、うーたんと西崎も俺の隣と忍の反対隣へ腰を下ろして同じように空を見上げていた。
「……ああ、きれいだ」
二人の言葉に賛同するように感嘆の声を漏らす俺。隣では忍がうんうんと頷く。
全然系統の違う男が四人、横一列に並んで星空を見上げる。
客観的に見ればすごく奇妙な光景なんだろうなとは思う。けれど、だからと言ってそれをやめようとは思わなかった。
もう一度、ほうと息を吐く。
左手にはうーたん、右手には忍と西崎。他のみんなも一緒だったら、この星空ももっときれいに見えたんだろうか。
そんなことを考えたところで、ふと思いついて俺は携帯を開いた。液晶の明かりが星空を邪魔してしまうのは、今だけ見逃してほしい。
「めーちゃん、何打ってるんだ?」
「ん〜……」
カコカコとテンキーを弾く指はそのままに、手元を覗き込んできた忍にニイと笑いかける。
「――ヒミツ、かな」
ヤギ@meemee-yagisan
@kasiwa-mochimochi 空、見てみ
星が綺麗だよ、とかはいちいち言わなくていいだろう。そう思ってただ一言だけを投稿フォームに打ち込み、そのままツイートボタンを押す。
理一は、気付くだろうか。それとも忙しくて携帯なんて見ている暇はないだろうか。理一のアカウントを作った時、リプライ通知のメールは受け取る設定にしておいたから、携帯をちゃんと携帯さえしていてくれれば届く筈、なのだけれど。
やっぱり普通に直接メールをするべきだったろうか。早くもそんな後悔しかけたとき、手の中で携帯が震えた。
柏餅@kasiwa-mochimochi
@meemee-yagisan みた
「……それだけ?」
なんだそれ、とぶはりと噴き出しそうになったとき、続いてまたメールが届く。今度はなにかと訝しみながらそれを開いた、次の瞬間。
柏餅@kasiwa-mochimochi
@meemee-yagisan ほしがきれいですね
相変わらずひらがなオンリーなそのリプライの内容に、俺はへにゃりと頬の筋肉がだらしなく緩むのを感じた。
月が綺麗ですね、ならぬ、星が綺麗ですね。理一はこれをどんなつもりで電波に乗せたのかと考えると、なんだかにやにやが止まらない。
「なあに〜、どしたのめーちゃん。さっきからニヤニヤしちゃってぇ」
「だから、ヒミツだっつってんだろ」
あやしい〜だなんて肘で小突いてくるうーたんから携帯の画面を隠しつつ、俺はひっそりと胸の内で思う。
なんだかよくわからないけれど、ひどくしあわせだ。
それはもう、いっそ、怖いくらいに。
・
・
・
「めーえーたーんっ!!!」
どこかで聞いたような名前に、ほとんど条件反射的に振り返る。
キャンプファイアーの炎だけが唯一の光源である薄暗いグラウンドの中。目を凝らし発信源へと顔を向ければ、見覚えのある平凡な男が別の男に後ろから抱きつかれ、体勢を崩しているのが見えた。
確か、あの抱き着かれているほうの男は今日北棟で会ったやつだ。生徒会長と逢引していて、その弱みを握ってやったやつ。
……あの男が、「めーたん」?
なんとも言えない違和感に俺が首を傾げていると、平凡男と抱き着いていた関西なまりの男、それからオレンジ頭の、たぶん風紀委員の男とのグループに、更に黒髪の男が加わる。
その黒髪の男には見覚えがあった。確か、爽やか王子とかなんとか言ってうるせぇチワワどもに騒がれているやつだ。
気付けば一列に並んで空を見上げ始めたそいつらに、なんだか変な組み合わせだ、と思う。普通なら、あんな目立つ男と平凡、更には関西弁や風紀が一緒に居るなんて滅多にないだろう。
一体、どんな繋がりなのか。推測をしかけて、ふと、俺はとある可能性に気付いた。
――もし、あの4人組の接点があの平凡だったら?
生徒会長と逢引するようなやつだ。あれくらいの変な人脈を持っていたとして何らおかしくはないだろう。
そう思うと、余計に先程聞いた言葉がひっかかる。めーたん。さっき、関西弁の男はあの平凡をそう呼んだ。
俺は、仲間内でそんな風に呼ばれているやつを、ひとり、知っている。
「おい」
「はっ、はい!?」
ちょうどそこらへんにいたチワワを捕まえて、俺は目的にの人物を指差した。
「お前、アイツの名前知ってるか」
「えっ……? ええと、」
チワワは、俺に急に声を掛けられたことが意外だったのか、はたまたその内容が意外だったのか。ぱちくりと目を瞬かせてからその指の先へ視線を移す。
「……鈴木様ですか?」
「たぶんちげぇな」
あの平凡にチワワが「様」なんてつけるはずもない。恐らくそれは、あの黒髪の名前だろう。
「その、鈴木様とやらの隣の……平凡顔の」
「……ああ!」
平凡顔、でチワワはピンと来たらしい。笑顔でこちらを振り返ると、にこやかに言った。
「転入生の、八木重陽ですね!」
「……ヤギ?」
「はい。八木です」
頷くチワワ。それに「そうか」とだけ返して、俺はさっさとどこかへ行けと言わんばかりに手を振った。チワワは俺がどういう性格なのかを知っているのか、それを気にするでもなくペコリと頭を下げて早足に去っていく。
チワワがいなくなったのを確認して、俺はもう一度あのグループの方へと目を遣った。
ヤギ、やぎ、八木。
己の舌先に馴染ませるように、その名前を繰り返す。単調なその作業の間に、俺の頭はたった今得た情報を驚くほど冷静に処理していた。
――嗚呼、成程。
そこから導きだされる答えは、一つ。
かちり。すべてのパズルのピースが揃ったような、そんな感覚がした。
「……やっと見つけた」
――一人そう呟くと、阿良々木渡(わたる)は、唇を歪ませニヒルな笑みを浮かべた。
・
・
・
ワタル@lovelove-goat
@meemee-yagisan みつけた
04.文化祭なう END
- 51 -
[*前] | [次#]