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なまはげはもっとああだ、脅かし方はもっとこうだ。……と、せんせーと二人で忍に謎の熱血指導をしてから、俺たちはオバケ屋敷を後にした。
そうして武道館で西崎の模擬試合を見て、そこでたまたま遭遇したシュウたちと合流して。
シュウと斎藤くんにお祝いを言って、一緒に遅い昼食をとって。ひどく不機嫌そうな会計くんを連れた、やけにご機嫌なミドリと会ったりして。
――そんな風に、初めての文化祭はあっという間に過ぎて行った。
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ヤギ@meemee-yagisan
ぼっちなう
すっかり日が沈み、暗闇に覆われたグラウンド内。あちらこちらからざわめきが聞こえる中、俺は一人、携帯片手にメラメラと燃え盛るキャンプファイアーの炎と睨めっこをしていた。
閉会式までは色んな人と一緒に居たのに、どうしてぼっちになってしまったのかというと、答えは簡単。
みんな色々用事があったから、である。
例えば二木せんせーは職員として来賓受付テント片付けやらキャンプファイアーの管理とかがあったし、西崎なんかは部活仲間たちと今日一日の打ち上げをしに行ってしまった。
シュウと斎藤くんに関しては言うまでもないだろう。
せっかく暗闇のなかでキャンプファイアー、なんていうロマンチックなシチュエーションなのだ。いくらぼっちが寂しいからと言って、二人の仲に割って入ろうものなら馬に蹴られてしまう。
理一は相変わらず仕事だし、そもそもそうじゃなくとも簡単に近寄れるはずもない。引き続き親衛隊へのサービス中な忍に関しても同じだ。
だから、仕方ない。仕方ないのだけれど。
「やっぱ、さみしーよなぁ……」
みんな、クラスメイトやら恋人やら、誰かしらと一緒になって笑い合っている。今日一日を振り返ってあれやこれやと語り合っている。
だというのに、何が悲しくてそんな中で一人、グランド隅の芝生で膝を抱えていなければいけないのだろうか。
夕飯時なせいか、なかなか動かないツイッターのTLも俺のさみしさに拍車をかける。
知らず溜息が零れ落ちた、その時。
「はい、どーんっ!」
そんな陽気な声と共に、背後から誰かにタックル――もとい、抱き着かれた。聞き覚えのある声に、衝撃で手から携帯が落ちたのも気にせず慌てて振り返る。
「うっ……うーたん!」
「いえーい!」
キャンプファイアーの炎にオレンジの髪をきらめかせながら、うーたんはにっかと笑ってピースサインを作って見せた。
「ツイッター見て、来ちゃった」
語尾に星マークでも付きそうな軽い口調で、うーたんは言うけれど。
「え、来ちゃった、って……来んの早くね?」
芝生まみれになった携帯を拾い上げて、画面を更新。そこに映し出された情報によると、俺がさっきツイートをしたのはまだ3分前のことらしい。
たまたま同じタイミングでツイッターを見ていて、俺がツイートしてからすぐに探し始めたにしても、いくらなんでも早すぎるだろう。
光源らしい光源はグラウンドの真ん中で煌々と輝く炎のみで、あたりは薄暗い。表情までしっかり視認できるのは至近距離にいるうーたんくらいだ。
それに、ちょっと辺りを見渡しただけでもこれだけたくさんの人がいるというのに――よく、こんな悪条件下でこれだけ早く俺を見つけられたものだ。
「……まじかよ、」
「うーたんどんだけ目いいの?」とか「どんだけ足早いの?」とか、言いたいことは色々あったけれど、あまりの衝撃に上手く言葉が出てこず、結局口にできたのはそんな一言だけだった。
それにうーたんは、相変わらずの軽い口調で答える。
「めーちゃんのことなら、いつどこにいてもすぐ見つけられるからねぇ〜」
「……おお、なんか一気にスケールでかくなっ、」
たな、と笑おうとして、ふと見上げたうーたんの、びっくりするほど真剣な目つきに目を見張った。
表情自体は緩い、いつもと何ら変哲のないへらりとした笑顔。だというのに、その目元だけがやけに怖い。
俺、なんか変なこと言ったっけ。妙な冷や汗が背筋を伝った。
「……うー、たん……?」
「言っとくけど、ふざけてなんか、ないよ」
「え?」
微かに動かされた唇から漏れた言葉は、俺の耳にはきちんと届かなかった。思わず聞き返せば、その途端、うーたんの表情が一変する。
ゆらゆら揺れる炎に照らされたその顔からは、うーたんがどんな時でも絶やすことのなかった笑顔が、その気配すら残さず消えていた。
「ふざけてなんかない、ほんとだよ。俺は、きみが呼ぶならいつだって、どこにだってすぐに駆けつける」
「うーたん、何言って……」
「本当だから」
うーたんから発せられるオーラのようなものが何だか痛くて、つい茶化そうとする俺をたしなめるように、うーたんは鋭い口調で言う。
「普段があんなんだから、悪ふざけってとられてもしょうがないかもしれない。けど、俺、本気だから」
うーたんの手が、そっとこちら側へと伸ばされる。俺が突然の変化に驚き動けないでいるうちに、その大きな掌はがっちりと俺の後頭部を掴んで、俺の顔を引き寄せた。
近付く顔と顔。うーたんが俯き、オレンジ色の前髪が俺の額に垂れる。うーたんはそれをゆっくりとした動作で掻き上げると、露わになった俺の額に自分のそれをくっつけた。こつん、ちいさな振動が骨を伝わる。
あったかいなぁと、悠長にそんなことを考えている場合じゃあないことを承知の上で、考えた。
「……あり、がとう?」
すぐ眼の前にあるうーたんの瞳に間抜けヅラの自分が映っているのを見つめながらためらいつつ言えば、うーたんは「なんで疑問形なの?」とぷはり吹き出した。
――あ、笑った。
見慣れた表情がオレンジ色の下に浮かんだことに、やけにほっとする。
「でも、あはは、うん。どういたしまして〜」
「うん、ありがとう」
もう一度俺がお礼を言うと、うーたんはニッと唇の両端を吊り上げてから、なんだか満足げに額を離した。
そして、何事もなかったかのように俺の隣へ腰を下ろす。ぼすん、とその勢いで芝生が宙を舞った。
「今日、全然一緒に居れなかったね〜」
むーっ、とうーたんは不満げに唇を尖らせる。
「だって、うーたん風紀の仕事だろ? しゃーないじゃん」
「でも、せっかくめーちゃんと同じ学校になれて、せっかく文化祭なのにさぁ〜」
「ハハハ」
「一緒に回りたかったよーう。俺、今年が最後だしさぁ」
「……あ、」
そっか。うーたんって俺とタメだし、3年だから、今度の春にはもう卒業なんじゃん。
なんか、ツイッターとかだとあんまり年齢とか気にしてなかったからすっかり忘れてた。
「うーたんが卒業したら、寂しくなんね……」
転校してきてから、ひと月ちょい。この派手派手なオレンジ頭ももうすっかり見慣れてしまった。
普段は特にどうと思うこともないけれど、きっと、いざオレンジ色が視界をチラつくことがなくなったらすごく寂しくなるだろう。
ぼそりと呟き、なんとなく隣のうーたんに寄りかかる。するとうーたんは、クスリと笑ってごそごそとポケットを漁り始めた。
「……卒業しても、一緒でしょ?」
そんな言葉と共に見せられたのは、やっぱりオレンジ色のケースに包まれたアイフォンである。光を放つ液晶画面には、つい先程の俺のツイートも含まれたツイッター画面が映し出されていた。
――離れていても傍にいるよ、ということなのだろうか。
なんだかどこぞの少女漫画にでも出てきそうなクサい台詞を、自分で脳裏に浮かべておいて自分で笑ってしまう。
「来年、また遊びに来るから」
「おー」
「そん時は、一緒に回ろうよ」
「……言ったな?」
「言ったよぉ〜」
約束、とピンと立てた小指を差し出される。今時指きりかよ、と思いつつもそれに自分の小指を絡ませれば、うーたんは小声で「ゆびきりげんまん」の歌を歌い始めた。
ガキくさいなあと笑いながらも、たまにはこんなのもいいかなと思ってしまう自分が、ちょっとだけ憎い。
「うっそついたら」
「針千本のぉ〜ますっ」
「指切った!」
「ゆ〜びきった!」
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