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「お前、いつもムダにあちこち首突っ込んでくだろ。さっきだって、俺が割り込まなきゃもしかしたら鈴木の親衛隊たちに文句言いに言ってたんじゃないか?」
「それは……」

 図星だ。
 もし、せんせーがタイミング良くやって来ないで、話を聞いてくれなかったら。きっと俺は、正体不明の感情に急かされるままあの親衛隊に直接話をつけに行っていただろう。
 転入初日の食堂で、佐藤灯里に真っ向から向かっていったときみたいに。

「だから、いつか収拾つかねぇことになんじゃねえかって、俺はいつでも不安なんだよ」
「そんな、大袈裟な」
「大袈裟なんかじゃねえよ」

 笑ってごまかそうとした俺をばっさり切り捨てて、それに、とせんせーは尚も続ける。

「そういうことになったら、お前、それでも自分一人で抱え込むだろ」
「……」
「そういうのが、見てるこっちからしたらもどかしいんだよ」

 危なっかしくて仕方ねぇ、と吐き出すように付け足したせんせーに、俺は北棟での阿良々木のことを思い出してドキリとした。

 いつか、恐らくはそう遠くない未来に阿良々木から『協力』を求められたとして、その内容が無茶でどうしようもないようなものだったとしたら。
 俺は恐らく誰にも阿良々木のことを言わないだろう。そして、自分一人で解決する方法を何とかしてひねり出そうとするはずだ。

 今のせんせーの言葉は、まるでその阿良々木とのことすら把握している上で俺に釘をさしているのかのようで、なんだかちょっと、正直心苦しい。

「だから、頼れよ。どうしたらいいか解んなくなったら俺のところに来い。……言っておくが、これは別にお前の保護者代理に頼まれたからなんかじゃねぇからな。俺がそうしたいんだ。これは、」

 俺の、意志だ。

「ふたつぎせんせ……」

 きっぱりと言い切った二木せんせーに、俺は自然心を揺さぶられる。さっき北棟であったことを全て話してしまいたいような、その上でどうしたらいいのかとすがってしまいたいような、そんな気持ちにすらなった。

――けれど、それは、

「わるいごはー! いねーがー!!!!!」
「っ、ギャアアアアアアアアア!!!!!」

 ガサガサと大きな音を立てて柳の木の向こうの茂みから突如飛び出してきた影に、瞬く間にしおれていった。
 あれなんかデジャヴ、なんて頭の片隅では冷静に分析しながらも、もはや条件反射のように悲鳴を上げてせんせーの背に隠れる。

「わるいごはー!」
「ギャアアアアアアアアア!!!!!」
「いねー……あれ、めーちゃん?」
「ギャアアア……ア……あ? ……あれ、」

 忍だ。
 先ほどにも見た般若の面をつけたその姿にぽつりこぼす。すると、俺の盾にされていた二木せんせーが「お前ら、どっちも気づくの遅すぎ」と、呆れたように呟いた。

「つうか鈴木。お前、出てくるタイミング悪すぎんだろ」

 なんでこの場面で出てくんだよ、と二木せんせーは不機嫌そうに言う。はあと溜息を吐いたかと思うと、「お前も、いい加減離せって」と、がっしりとスーツの背中を握りしめていた俺の手をそっと解いた。
 あ、やべ。シワできてる。

「ええっ。俺、なんかしちゃいました?」
「した。超した」
「まじでか! すんません」
「謝ってすむなら警察はいらねぇんだよ」

 このスーツ、高そうなのに申し訳ないななんてことを俺が考えている間、せんせーと忍はよく解らない言い合いをしていた。……せんせー、小学校低学年の男児じゃないんだから。めっちゃ久しぶりに聞いたんですけど、そんなセリフ。

「ところで忍、お前、ソレなんの仮装なわけ?」
「おー、よく聞いてくれたのな! あのな、これ、なまはげっていうやつなんだってさー!」
「は?」
「アァ?」

 手にしていた包丁の模型を振りかざして「わるいごはーいねーがー」とケラケラ笑う忍。それに、なに言ってんだこいつはとばかりに俺と二木せんせーはおもいっきり顔をしかめた。
 ちなみに、同時に聞き返した声はガラの悪そうなほうがせんせーのものだ。

「忍、お前な……」
「なんだよ」
「それの! 一体どこがなまはげなんだよ!!!」

 さっきから繰り返している台詞からまさかとは思っていたけれど、そのまさかだったのか。
 いや、それにしても。確かに鬼の面と包丁を持っているところはなまはげだけれど、忍のそれはなまはげというよりは、ちょっとスタイリッシュで格好良くてなぜか包丁を持っている鬼、といった感じだった。
 まあ、クラスの人気者である忍に本物そっくりななまはげをやらせるわけにもいかなかったんだろうけど。だったら何もなまはげじゃなくてもいいじゃないか、と思わずにはいられない。

「っていうか、なんでオバケ屋敷になまはげなんだよ……」

 和洋折衷にしても適当すぎんだろ、と二木せんせー。確かに、どうしてこうなった感は否めない。

「……まあ、予定とは違ったが、結果オーライっちゃオーライか」

 やっぱり、みんな金持ちなだけに色々ズレてんなあと諦めに似た念を抱いたとき、ぼそりとせんせーが呟く。結果オーライ?
 一体なにがなのかと問いかければ、「さっきの話だよ」と二木せんせー。

「オバケ屋敷、入ろうぜって言った理由」
「あー、理由が忍だってやつ?」
「そっ」

 色々驚き続きすぎて、正直せんせーの言葉をあんまりちゃんとは覚えていないのだけれど。確か、忍が今もオバケをやってるからオバケ屋敷に来たんだ的なことだったような……?
 首をひねりつつ記憶をさかのぼって、俺はハッとして。

「もしかして、それって……」

 忍に会うために、わざわざオバケ屋敷に入ったってことだろうか。まさか、とせんせーを見上げると、二木せんせーはニヤリといたずらっぽく笑った。

「客としてオバケ屋敷に入んなら、そん中でオバケと会ったって何らおかしくねぇだろ? そんで、そこでちょっとくらい立ち話したって誰も咎められねーだろ?」

 だからだよ、と言葉を切って、せんせはーぐしゃりと俺の頭を撫でつけた。優しい手つきのそれを受け入れながら、俺はそっと微笑む。

 ……なるほど、だからか。
 どこに親衛隊がいるか解らない廊下で、何度俺が尋ねても答えてくれなかったのも、ほとんど強制のような形で俺をここに連れ込んだのも。
 そう思うと、なんだか胸のあたりがむずがゆくなる。

「せんせー」
「なんだ」
「ありがとー、ゴザイ、マス」

 どうにも照れくさくてぎこちない口調になってしまう俺にちょっとだけ笑ってから、せんせーは「どういたしまして」と呟いた。
 そんな俺たちを、いまいち状況を把握しきれていないらしい忍は不思議そうな顔で見ている。

「なんだかよく解らねぇけど、でも、まためーちゃんに会えて良かったわ!」

 本当に解っていないのか、或いはなんとなくは察しているのか。どちらとも取れないような忍の言葉に、俺とせんせーは思わず顔を見合わせてぶはりと噴き出したのだった。
 俺も、忍の案外元気そうな姿が見れて、良かったよ。





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