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二木せんせーが復活したのは、それから数分後のことだった。
――否。復活した、というのには少し語弊がある。
正確には、それまで黙りこくって様子を見守っていた西崎がせんせーの右頬に平手打ちをかます形で「強制的に」復活させたのである。
まあ、目もうつろに「まずは机周りを……それから寝室を……」とかブツブツ呟いているせんせーの姿なんて正直見るに堪えなかったから、気持ちは解らんでもないけど。
「――まあ、それは置いておいてもな」
西崎に思いっきり叩かれて赤くなった頬をさすりながら、せんせーは言う。
「鈴木のことなら、別にそこまで気にしなくても大丈夫だと思うぞ」
「へ? なんで?」
どういう意味かと首を傾げる俺。それに答えるようにせんせーが口を開きかけたとき、ヴーッとポケットの中で携帯の振動音が鳴った。
「……今の、お前のか?」
「そうだけど」
「んじゃあ、ちょうど良い。見てみろよ」
ほれほれ、とせんせーは俺を顎で急かしてくる。えっ、忍の話は? 内心その反応に不満を持ちつつも、まあせんせーが言うならと俺は携帯に手を伸ばした。
手によくなじむ黒の携帯を開き、手早く四ケタの暗証番号を入力してロックを解除する。すると現れた待ち受け画面には、新着メール一件の文字とヒツジの執事が封筒らしきものを抱えているアイコンが並んでいた。
それをカチカチと操作して、俺はハッと目を見開く。
「……忍だ」
届いていたメールは、たった今話をしていた忍からのものであった。
あまりにタイミングが良すぎる出来事に、なんだか俺のみにくい嫉妬がバレてしまったかのような気分になる。正体不明の焦りから逃れようと、縋るようにせんせーを見上げた。
二木せんせーは、そんな俺に何を言うでもなくただ頷く。読んでみろよ。と、そう言われた気がした。
ごくりとつばを飲み込んで、意を決して決定ボタンに親指をかける。ぐっと目をつむりそのまま指を押し込んだ。パッと一瞬にして画面が切り替わる。
俺は、恐る恐るメール文章に目を通した。
From;スーザン
Title;無題
本文;
めーちゃん、さっきはごめんね。
もっと話したかったし、本音言うと一緒に文化祭回りたかったわー!
残念!
めーちゃんのことだから、もしかしたらなんか気にしてるかもだけど、俺は大丈夫だから!
サッカーで鍛えられてるから体力もあるしさ。
だからめーちゃんは文化祭楽しんできてちょ☆
来年は絶対一緒に回ろうね!
ばいちゃ!ノシ
「…………あのバカ……」
ところどころにヘコんでいるような顔文字や絵文字を織り交ぜたメールに、俺はゆるゆると全身の力が抜けていくのを感じた。
いま息を吐いたら、魂まで抜け出てしまいそうな。そんな錯覚すら覚える。
「ホラ、な?」
「ですね」
二木せんせーは、いつのまにやら隣に立って俺の手元を覗き込んでいた。俺の言った通りだろ? となぜか自慢げなせんせーにクスリと笑い返すと、俺は返信ボタンを押した。
「さて、なんて返したものか」
俺も一緒に文化祭を回りたかったということと、疲れてんのに心配させてごめんということと、オバケ役がんばれよなということと。
散々悩んだ末に、大体そんな感じのことを短くまとめて俺はその文面を電波に託した。とんでけー、と。距離的には割とすぐ近くにいる忍まで無事届くように、送信中画面を見ながら念を込める。
送信完了画面に切り替わったのち、俺はちょっと迷ってから携帯の機能ボタンを押した。現れたサブメニューの項目をいくつか下がって行く。にやけそうになる口元を唇を噛みしめることでなんとか誤魔化しながら、俺は「保護」の二文字を選択した。
「あーっ! めーちゃん、メール保護しとるぅ!!」
ニヤニヤとうるさい西崎を、拳で黙らせたことは言うまでもない。
ていうか、せんせーも西崎も、人の携帯画面を勝手に覗くなっつうの。
・
・
・
それから数十分後。
剣道部の模擬試合の準備があるという西崎を見送った俺と二木せんせーは、なぜか一緒にオバケ屋敷の中にいた。
あえて言おう。どうしてこうなった。
「うおっ、すげえな。超本格的じゃねえか」
「そ、ですね……」
「さすがアレコレと機材そろえただけあるなー。ヘタな遊園地のよかよっぽど怖いんじゃねえか? これ」
「……そう、ですね」
いや、ちょっと待てちょっと待てちょっと待て?
まじで予想していたよりもかなーり本格的すぎて、正直怖いんですが?
受付のところで渡された小さな懐中電灯によって足元は照らされているものの、あたりは真っ暗と言っても差支えないほどに暗くて目が利かないし、ひんやりとした冷気が不気味さを掻きたてている。そしてなにより、俺が編集したおどろおどろしいBGMが見事なまでに見慣れた2年A組の教室を異次元空間へと変えていて、いま自分がどこを歩いているのやら、まったく解ったものじゃなかった。
任されたからには良いものを、なんて気合を入れてガチな編集するんじゃなかった。内心本気で後悔する。
「つうか、マジでなぜに急にオバケ屋敷入ろうとか言い出したワケ? アンタ」
一歩踏み出すごとに、先の方から聞こえてくる「ギャー」とか「きゃー」とか言う悲鳴にびくびくしつつ、隣を歩くせんせーに問いかける。俺たちが長い待機列に並んでまでここに入ったのは、せんせーの「よし、入るぞ!」という唐突にもほどがある一声が切っ掛けだったのだ。
なぜ「よし、入るぞ!」なんて言い出したのか。きゃいきゃい騒ぐ親衛隊の子たちに前後を挟まれながら待つ間にも何度か問いかけてみたけれど、二木せんせーはそれに一度も答えをくれなかった。
だから今度も素直に答えてもらえるなんて思ってはおらず。俺はただ単に、何か話していないと今にも「ぎゃー!」と情けない悲鳴を上げてせんせーに縋りついてしまいそうだったから、話のタネとして俺はそのことに触れてみた。それだけ。
けれど、予想に反して二木せんせーは
「あー、それはな」
と、ちょっとめんどくさそうに話し出す。
「鈴木」
「……忍?」
「アイツ、今もオバケ役やってんだろ?」
だからだとせんせーは言うけれど、一体なにが「だから」なのだろう。意味が解らない。
首を傾げる俺に、せんせーはガシガシと後頭部を掻いて「だから――」と説明をしようとしてくれた。けれど、
「ヴォオオオオオオオオイ!!!!!!!」
「っ、ぎゃあああああああああああああああ!!!!!!」
突如、せんせーが立っているのとは反対側、つまりガラ空きだった右手側から飛び出してきた影に、それどころではなくなる。
なんだこれ、なんだこれ?!
恐らくは見知ったクラスメイトの誰かであるはずなのに、特殊メイクのせいなのか、この異質な空間のせいなのか。どっからどう見てもバケモノでしかない影にパニックになる。
「ヴォオオオオオオオオイ!!!!!!!」
「ちょっ、ぎゃっ、うおっ。解った、解った解ったからこっち来んなばかああああああああああ!!!!!!」
執拗に迫ってくるフランケンシュタインのようなそいつに素手で応戦しつつ、たまらず後退する俺。それがおかしかったのか、フランケンシュタインは余計にこちらへ迫ってきた。
「ヴォオオオオオオオオイ!!!!!!!」
「うぎゃあああああせんせー助けてぇえええええええええ!!!!!」
奇声を発しつつ迫るフランケンシュタイン。俺はたまらず、奇声を上げながら二木せんせーを盾にしてその場から逃げ出した。
「ちょ、お前、ひっぱるな! っつうかこんなとこで走んなバカ!」
危ねぇ! なんて叱るせんせーの声を聞いている余裕なんて、どこにもなかった。
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