02
そのでっかい門の前に着いたところで「ここから先は、学園の方が迎えにいらしてくださることになっていますので」と告げられ、俺は車を降りた。
積み込んでいたボストンバックやらを引っ張りだしたところで、わざわざ車から降りて手伝ってくれた運転手さんにペコリと頭を下げる。
「長い道のりを、送ってくださってどうもありがとうございました」
うちからここまで随分と距離があったのに、運転手さんは俺のためのトイレ休憩以外にはほとんど休んでいる様子がなかった。そのことを思って感謝の言葉を口にすれば、なぜだかちょっと驚いた風な顔をされる。
もしかして、なんか変なこと言っちゃったか?
リアルの世界で家族以外の人と関わるのが久しぶりだったために、なにかまずったかと焦る俺。しかし、運転手さんはすぐにハッとしたかと思うと、ビシリと背筋を伸ばしてシャキーンと効果音が付きそうなほど綺麗にお辞儀をした。
「いえ、お気遣い頂きありがとうございます。八木様のような寛大な御方のために、僅かな時間とはいえこの身を尽くせたことを光栄に思います」
「…………へっ?」
淀み無い口調で、スラスラとよく解らないことを話しだした運転手さんに、俺は再び唖然。
寛大? 誰が? ――まさか、俺が?
いやいやそれはない、と即座に否定をしたところで、ようやく運転手さんが倒した上体を起こした。
「それでは私はそろそろ行かせて頂きます。この学園で八木様に素敵な出会いがございますよう、お祈り申し上げます」
「はあ。ありがとうござい……ま、す?」
ほとんど言い終えてから、なんだかおかしいなと気付く。えっ、俺、ほんとになんかしたっけ?
「それでは失礼致します」
一ミリも無駄な動きをせず運転席に収まった運転手さん。窓を下げてそう言ったのち、すぐに車を発進させるのかと思いきや、ふと思い出したように続けた。
「申し遅れましたが、私、宮木(みやぎ)と申します。重陽様のお父様の秘書を勤めさせて頂いております」
「はあ、そうでしたか……。――って、えええ?!」
秘書?! 父さんの?! てことはこの人が、しょっちゅう仕事の付き合いとかで酔っ払う父さんを毎回送ってきてくれてる人だったわけ?
そのたびに母さんがリビングに通して、酔っ払った父さんへの愚痴を零しているのを二階の自室から聞いていたのだけれど。まさか、この人がそうだったとは。
自室の窓から遠目に姿を見たことはあったけれど、黒づくめ+サングラスのせいで全く気付かなかった。
今朝早くに、玄関先で見送ってくれた母さん。どうして教えてくれなかったのですかと、学園のお抱え運転手かと勘違いして緊張しまくっていた道中を思って少し恨めしくなる。
そんな俺に、運転手さん改め宮木さんは、そこで初めてサングラスを外してみせた。あらわになったのは、さっき見た海みたいな、キラキラ輝く蒼い瞳。
「恐らく、年末年始の帰省の際にはまた私がお迎えに上がることになるかと思います。どうぞよろしくお願い致します」
「えっ、あっ、ハイ! お願いします!」
「それでは、どうぞお元気で」
小さく会釈してから、宮木さんは開いた窓を閉めた。それに、俺は車から少し離れる。発進する黒い車。徐々に小さくなっていく。
このいかにもな高級車も、もしかして父さんの持ち物だったのだろうかと気付いたのは、すっかり黒い粒が見えなくなってしまったときのことだった。
「――さて、」
行きますか、黄銅学園へ。
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ピリリリリ。車内に、携帯電話の着信音が響く。宮木はそれが仕事用のものであることを確認すると、車を道の端に寄せて止めた。
今日の仕事は、主人の息子である重陽を学園へと送り届けることだけ。なのに仕事用の携帯が、しかも今のタイミングで鳴るということは。
――ハア、と溜息をついて宮木は通話ボタンを押した。すぐに聞こえてくる、予想通りの聞き慣れた声。
『ああ、もしもし? 宮木か? どうだったよ、うちのヒキコモリン』
「八木……」
実の息子をヒキコモリンだなんて言ってみせるその気安さに、宮木は肩の力を抜いて、プライベート時のように主人の名を呼び捨てにした。
『うん? なんか疲れてるな。アイツ、お前に迷惑かけたか?』
「別に疲れてんじゃねえよ。呆れてんの、お前の過保護っぷりに」
重陽様はとても良くして下ったよと続ければ、回線の向こうから『へえ?』とどこか意味深な声が上がった。
砕けた口調に対する苦言などはない。なぜならこの二人は多少の年の差はあれど元は友人同士で、主人と従者という関係ながらも仕事時以外はその関係は対等であるからだ。
「なんだよ、含み笑いしやがって」
『いんや? お前のハル信者っぷりは相変わらずだなと思ってさ』
「信者で結構だ。俺は、重陽様の為にお前の従者なんつーもんやってんだからな」
『ぶはっ! お前、いくらなんでも堂々と言い切るなよ。仮にも主人の前で』
傷付くわ〜なんてぼやく主人を、そんなこと思ってもいないくせにと切り捨てる。
「話はそれだけか」
『おうよ』
「ならプライベート用のほうにかけてこいよ」
『だってそしたら、お前出てくんねーじゃんよ』
「――バカじゃねーの」
ふざけた返答に、宮木は迷いなく携帯の電源ボタンを連打した。通話終了。これ以上付き合ってられるか、と舌打ちする。
ついでに電源まで落とした携帯を助手席へ放って、考えるのは、つい先程別れたばかりの重陽のこと。
仕事中の自分に対して、わざわざ「送ってくれてありがとう」だなんて言ってくれた。貰った言葉を思い返してみると、宮木はどうにも頬が緩むのを止められなかった。
「次に会えるのは年末、か……」
いち、にい、と指を折ってみると、その遠さに溜息が零れる。しかし、逆に4ヶ月待てばまた会えるのだと考えれば、4ヶ月くらいなんてことない気さえした。
「いっちょ、頑張りますか」
そんな風に自分に気合いを入れて、宮木は。代わって鳴りだしたプライベート用の携帯に手を伸ばしたのだった。
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wood@38-wood
4ヶ月後を楽しみに、頑張るか
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